第103話 拳で語る後衛職
ほんの数秒ほどの対峙、熟考――― その最中に二人が選び出した戦術の答えは奇しくも同じもの、接近戦による肉弾戦であった。
「「ぐっ……!」」
互いに杖を放り投げ、真正面からの突貫、繰り出される拳、綺麗に決まるクロスカウンター。そんな状態になろうとも二人は一切止まろうとせず、殴っては殴られ、蹴られては蹴り返しの熱い格闘戦が勃発。召喚士と魔導士という、共に後衛職とは思えないこの展開に、周囲の者達は驚きを隠せないでいた。
「お、おいおい、舞台に何か生えたかと思えば直ぐに崩れて、今度は殴り合い? 一体どうなっているんだ!?」
「というか、杖は? 何で殴り合っているの?」
尤もそれ以前に、そこまでに至った経緯を理解していない者が殆どな訳だが。
「え? あっ、殴り合い、ケルヴィンさんにドロシーさん、殴り合いを始めてしまったぁー!? というか、展開が速過ぎて実況が追い付かずッ!」
「それは最初の試合からでしたね」
「ですねっ! 頑張れ私、頑張れ観客の皆さん! どちらが笑っても、これが最後の試合です! 目が乾いてでも、限界まで目をかっぽじれぇー!」
あまりに速い試合展開であったが為に、この試合中ランルルは喋る暇もなく止まっていた。が、長い肉弾戦に移行した事で、漸く現状を理解できるようになったようだ。まあ前述の通り、理解と言っても解説のミルキーでさえ、残像のみしか見えていないのだが。
「ははぁっ! 良いねぇっ! 策の講じ合いもっ! 好きだがっ! こんな大喧嘩もっ! また良しっ!」
「無駄にっ! 喋っているとっ! 舌を噛みっ! ますよっ! ですからそのままっ! 噛みちぎれぇっ!」
互いが敵をぶん殴り、蹴り上げ、急所を貫く。そんな遠慮のない物理攻撃が飛び交う様は、やはり魔法を嗜む者同士の戦いとは思えないものだった。ただ、二人がこのような戦いに挑んだのには、もちろん理由がない訳ではなかった。
ケルヴィンの場合、まず第一に警戒しているのは、時間を操るドロシーの時魔法だ。遠距離から魔法や大鎌の斬撃を飛ばして攻めるには、ドロシーの急加速を捉える事ができない。加えて、またいつ時間を止めて来るかも分からないともなれば、極力ドロシーに大魔法を詠唱させる隙を与えないのが最善であった。ドロシーの速度に対応ができ、かつ攻撃が確実に当てられ、余計なインターバルを与えない――― それらを考慮した結果、この肉弾戦が最適であると判断した訳だ。
対するドロシーの場合、一番懸念すべきは魔力の枯渇だった。ケルヴィンの殺害こそ失敗したが、先に詠唱した堕ち尽くは、ドロシーが持つ時魔法の中で最も魔力を消費する、強力なものだった。それこそ今の彼女に残された魔力では、堕ち尽くの二度目の使用ができないほどである。では回復薬を使うなどして、魔力を回復させてはどうか? という選択肢もあるにはあるが、ドロシーは見た目相応に小食であり、メルのように一瞬でそれらを飲み干す事はできないのだ。そんな事をしていては、自らケルヴィンに隙を見せつけるようなもの。彼女は残された僅かな魔力で戦わなくてはならず、無駄に魔力を消費する事もできない苦境に立たされていた。その上で打開策を熟考した末、最善策であると考えついたのが、とある固有スキルと生き急ぐでの早送りを要所要所で使う、この肉弾戦だったのである。
「が、あっ!」
「ぐう……!」
セラより学んだ格闘術を活かし、多重衝撃を篭めた拳をケルヴィンがドロシーに叩き込む。所謂レバーブローとされるその攻撃は、妙に硬いドロシーの鋼の肉体へ幾度も衝撃を与え続け、内部へ内部へと打撃を浸透させていく。鉄仮面の表情を保っていたドロシーにも、流石に苦悶が見受けられてきた。
しかし、ドロシーもそのタイミングでケルヴィンの顎を目掛け、踏み込みの利いた鋭い打撃を浴びせていた。耐久面と同じく、鋼鉄の肉体は拳にも適用されている。見た目はか弱くとも、その実、全身鎧のジェラールに本気で殴られたかのような感触は、ケルヴィンの脳を揺らす大きな要因となっていた。
「おーっと、これは目まぐるしい戦いになりました! 残像ですら見えない双方ですが、聞こえて来る凄まじい打撃音でやべぇ事になっているというのは、何とか分かります! とてもではありませんが、最初に杖を持っていた人達だとは思えなーい! 解説のミルキー教官、これは今のところ、全くの互角と言っても良いのではないでしょうか!?」
「……いえ、恐らくではありますが、互角ではないかと」
「えっ?」
そう言ったミルキーであるが、彼女も周りと同じく、この戦いの全てを見極めている訳ではない。ただ、朧気に見える二人の戦いにおいて、敵に与える攻撃の手数には、かなりの差があるように思えていたのだ。そして、彼女の予想は正解を引き当てていた。
(これは、不味いッ……!)
心の中でそう嘆いていたのは、他でもないドロシーであった。壮絶かつ激烈な接近戦は、一見互角に渡り合っているように思える。が、それはあくまでも、雰囲気でしか観戦する事ができない観客達の感想だ。実際にはドロシーが一打入れるまでに、彼女はケルヴィンから二打を食らわせられていた。
このようになったのには明確な理由がある。残り少ない魔力で生き急ぐを要所でしか使えないドロシーと、魔力を一切気にせず常時風神脚が使い放題の魔力馬鹿とでは、全体的なスピードに差があり過ぎるのだ。というよりも、魔力超過を施した風神脚の方が純粋に速いが為に、そもそも手数では勝負になっていない。
更に致命的なのが、ケルヴィンがセラの如く格闘術に魔法を乗せられるのに対し、ドロシーはその術を持たないという事だ。接近戦にて隙を見出し時魔法を繰り出すつもりでは、接近戦と共に最初から魔法を繰り出して来るケルヴィンには敵わない。手も足も出せない現状は、もはや自明の理であろう。
そして実のところ、唯一勝っていると思われていた鋼鉄の肉体も、さして有利に働いていなかったりする。この点が最後の駄目だしとして挙げられるだろう。ケルヴィンは鋼の攻撃の防御策として、攻撃を行う拳や足以外の体の表面に、薄く粘風反護壁を展開させていたのだ。ゴムの如く弾力と反発性を持つこの障壁は、ドロシーが放つ打撃の威力を弱体化させ、攻撃面の軸を反らす事でバランスを崩させてしまう。最初こそ有効打として働いていた鋼の攻撃も、今となっては大した脅威にはなっていないのだ。
(このままではジリ貧、ならば―――)
―――ならば、多少なりの無理を通さなければ勝機はない。覚悟を決めたドロシーは、遂に最後の足掻きに出る。
「ッ……!」
ケルヴィンが攻撃を放つ瞬間を見極め、そのタイミングで杭留めるを解除。胸と肩を抉っていた深手が時を取り戻し、それと共に止まっていた血液も一気に流れ始める。
(攻撃を、受けようとも……!)
直後にケルヴィンの攻撃を食らうも、ドロシーは歯を食いしばってカウンターの貫手を放っていた。狙うはもちろん、ケルヴィンの負傷箇所である心臓部だ。如何に障壁を邪魔をしようとも、傷を更に抉り、その先の心臓に辿り着けば勝負は決する。残る魔力を振り絞り、攻撃への移行を早送りで最大加速。鋼と化したオープンブローは、正にドロシーにとっての執念の一撃であった。 ……しかし。
「剛黒の黒剣」
突如として彼女の足元より生えて来た一本の巨剣によって、突き出した貫手が遮られてしまった。貫手は巨剣の剣身を砕くも、その奥にていつもの笑顔を見せるケルヴィンには届かない。
もう彼女に時魔法を使うほどの魔力はなく、体内に蓄積したダメージにより、傍から見ても立っているのがやっとの状態だ。最早手立てなし、ケルヴィンの並列思考の一つもそう思い始めたその時、どこからともなく紙をめくる音がした。
「……『自害せよ』」
今年最後の更新です。来年もよろしくお願い致します。




