第84話 双月
舞台は混迷を極めていた。空では雷が轟き蝶が舞い、地上では獣が暴れ筋肉が躍る――― 文字にすると本当にカオスなのだが、実際にそうなのだから手に負えない。ただ一つ言えるのは、この戦場はS級の戦いの中でも特に異様であるという事だ。
「いっけぇ、紫電の巨番犬!」
「やだんっ!」
雷獣が宙を駆けるグロスティーナに襲い掛かると、彼は逃げるように更に空高くへと舞い上がった。雷獣がその後を執拗に追い、この間にも雷雲からは稲妻が大量に落とされている。所謂上下からの挟み撃ちに合ってしまうグロスティーナであるが、その回避能力は凄まじく、未だにたった一度の攻撃も当たっていない。
「華憐な蝶になった私、生半可な攻撃は当たらないわよん!」
「………」
「って、リオンちゃんは息を止めているから、会話ができなかったわねぇ。乙女同士お喋りができないなんて、本っ当に残念っ! なら、代わりに私が喋ってあげようかしらん。リオンちゃん、貴女良い事言ったわねぇ。勝つ為なら、やれる事は善悪問わず全部やれ、だったかしらん? それ、正解よん。時には悪女になる事だって、女の魅力になるのん。なぜならば私は、こうやって空を舞っているだけで毒を振り撒き、貴女達を仕留める事ができるのだからぁ」
「……ッ!」
二つのS級赤魔法に、リオンが放った空顎が加わる。
「飛ぶ斬撃ぃ!? やだんもう刺激的! ほおっ! はあっ! それでも私は舞うのっ! 蝶のように可憐に、妖精のように幻想的にッ!」
しかし、それでもグロスティーナを捉える事はできない。堪らず、リオンはそのまま『天歩』でグロスティーナを追い、更なる猛撃を放ち続けた。
「おー、派手にやってんなぁ! やっぱ戦いはこうじゃねーと! どこに落ちて来るか分からねぇ稲妻は、俺好みに派手! ぶっ壊される度に再生するこの舞台も、愉快で実に良いッ!」
一方、地上の舞台では、オッドラッドが荒れ狂うこの状況に満足していた。落雷を躱す為に耐えず足は動かしているのだが、自身を大きく見せる為のポージングも一切止めようとしない。ここまで来ると、ある意味で病気である。
「なあ、アンタもそう思うだろう!?」
グロスティーナとリオンが本格的に戦い始めたから、そろそろこっちもおっ始めよう。オッドラッドはラミを指差し、そう宣言したつもりだった。 ……が。
「……おろ?」
対戦相手であるラミの返事がない。というか、姿も見当たらない。さっきまではそこに居た筈なのにと、オッドラッドは辺りを見回す。何度も見回す。だが、居ない。筋肉、困った。
そんなオッドラッドはさて置き、場面は再び空中の戦いへと戻る。
「うふん! 流石にこれ以上攻撃が激しくなると、蝶妖精な私も厳しいわん! という訳でぇ――― 毒蜂刺針!」
豪腕が空を切り、宙を揺らす。一見何を破壊する訳でもない、ただの素振りのようにも思える強打であるが、もちろんそれだけでは終わらない。グロスティーナが放ったのは、かつてゴルディアーナが使用していた空気弾に、猛毒を付与したものだった。それをリオンが放って来る空顎に向かわせ、迎撃する事で猛攻を軽減する。しかも空顎と衝突した空気弾は、その場で毒を撒き散らし、更に空気中を汚染してしまう。正に攻撃と防御が一体となった戦法といえるだろう。
「ふぅー! 魔法を回避しているのもあって、流石に疲れるわねん! でーもー、私とリオンちゃんの攻防は殆ど互角! そんなんじゃ、私を崩せないわよん! 近付き過ぎたら私の格闘領域、距離を取っても毒に侵されるぅ。八方塞がりねん!」
その言葉を耳にした途端、リオンは体に激しい電撃を走らせた。稲妻超電導、最大出力。一閃の雷撃と化したリオンはジグザグにグロスティーナへと迫り、近距離攻撃が届かない範囲でその周囲を駆け巡った。
(ちょっ、いくら何でも速過ぎッ! 目で追うのがやっとじゃないのん! こうなったら刺し違える覚悟で、どでかいカウンターをおおんっ!?)
直後、グロスティーナに電流が走る。但し、こちらはリオンのように補助魔法を付与したのではなく、明らかに攻撃を食らっての反応であった。
「痺れる吐息、ど真ん中に命中じゃん? やっぱ私、魔法より息吹の方が性に合ってる的な~」
痺れるグロスティーナが声のする方に視線をやると、そこには行方不明(オッドラッド談)になっていた筈のラミの姿があった。彼女の口元には電撃の残滓らしきものが僅かに走っており、グロスティーナはこの痺れの原因はそれであったのだと確信する。
(体の痺れが一気に拡がっていくぅー! というか、何で彼女がここに居るのん!? オッドラッドちゃんが相手をしているんじゃ―――)
「―――姉弟子、すまーん! 何かそっちに敵が行ったみたいだぞー! 俺は飛べんから、気合いと根性で頑張ってくれー!」
(オオオ、オッドラッドちゃーん!?)
口が動かせないグロスティーナは、代わりに心の中で叫びを上げていた。
(いえ、こんな時こそ落ち着くのよ、グロスティーナ! 淑女は取り乱さないものなの! でもでも、彼女が竜王の系譜って事は知っていたけれど、そもそもこれだけ毒を撒いた状況で、息吹を使える事自体が異常じゃない!? リオンちゃんは白魔法を使えない筈だし、竜王ちゃんもまた然りっ! 一体どんなマジックを!?)
高速で思考を巡らせ、冷静になろうとするグロスティーナであるが、残念ながら真実には至らなかったようである。正解はリオンの固有スキルである『絶対浄化』による力、これによりリオンの周囲、また通り道の毒は無毒化され、それどころか澄むほどの綺麗な空気となっていた。
更に言えば、挑発するグロスティーナの言葉や拮抗する攻防にしびれを切らし、自ら距離を詰めたように見せたのも、毒を吸わないよう息を止めているように演技していたのも、全てがリオンの作戦であった。体を電気で発光させ、雷獣を率いて派手に立ち回れば、自然と意識はリオンに集中してしまうというもの。ラミがこっそりとその後を追えば、息吹に必要な呼吸が可能になるし、何よりも二人で一人を攻める事ができる。オッドラッドがかなり悠長であった事も相まって、リオンの『先に片方を集中的に潰しちゃおう』作戦は、上手い具合に事を運ばせられたのだ。
「よし、斬牢完成。八方塞がりだったのは、どうやらそっちの方だったみたいだね、グロちゃん」
「ッ!?」
絶え間なく動き回っていたリオンが、ラミと二人でグロスティーナを挟撃する位置取りで空中に立ち止まる。そしてグロスティーナの周りには、静止する斬撃が幾重にも張り巡らされていた。
「もちろん、これだけで終わらせるつもりはないよ。やれる事は何でもやっておかないとね」
「そーいう事ー。これ、私とリーちゃんの友情の証だしー」
リオンが紫電の巨番犬を、ラミが雷神雲を手元に全て引き寄せ、その雷の形を別のものへと変えていった。言うなればそれは、電気で形成された巨大な球体だ。観客席から見上げれば、空に二つの月が浮かんでいるように見えたかもしれない。但し、激しく眩しくはあるのだが。
「じゃ、リーちゃん。超人なら痺れが治る頃だと思うし、そろそろやっちゃう?」
「だね。斬牢閉鎖、からの―――」
「「―――電磁双星!」」
宙に静止した斬撃の壁が、空に浮かんだ双月が、互いを引き寄せるようにゆっくりと動き出す。その中心に居るのは、当然ながらグロスティーナだ。
(ビュ、ビューティフル……! って、それどころじゃなかったわん! 動け、動くのよ、私の美しく頼もしい筋肉! 今こそ真の覚醒の時ッ! 無理でも、気くらいは動かして防御に徹しなさい! ぬううぅ~~~…… 毒姫の抱擁!)
活動報告にて『黒鉄の魔法使い6』の書影を公開しております。