第81話 タッグバトル
「いやあ、悪いねぇ。引き分けちまったよ」
そう言って対抗戦メンバー控室に戻って来たのは、先ほどまでグラハムとの激闘を繰り広げていたバッケであった。相当のダメージを負いボロボロではあるのだが、猫っぽくにゃははと笑い表情はどこか満足気なので、あまり謝っている印象は受けない。
「まさか試合が時間をオーバーしちゃうとはねん」
「ああ、アタシもあそこまで長引くとは思ってなくてねぇ。久し振りに全力が出せたのは満足だけど、あの鎧を全部剥げなかったのは心残りだよ。あの色男、肝心な場所は全部隠したままで通しやがって」
バッケとグラハムの戦いは、運営委員会が想定していた予定時間を大きく超えてまで行われた。対抗戦史上前代未聞の事ではあるが、残りの試合や閉会式の事を考慮して、途中で試合を打ち切る事を決定したのだ。そして双方ともほぼほぼ互角の試合展開であった事から、第二試合は引き分けと判定された訳だ。
「でも、とっても良い戦いだったわよん(はぁと)。実力が拮抗した者達の、肌と肌とのぶつかり合い…… ああん、興奮しちゃう!」
自らを抱き締め、先ほどの試合内容を噛み締めるグロスティーナ。彼としてもバッケ達の試合は胸躍るものであったらしい。
「はい! マスター・ケルヴィンも終始よだれが止まらない状態でした!」
「うんむ! 自らもあの中に交じりたいと、筋肉が疼いているようだった!」
「ちょっ!? スズにオッドラッド、そんな余計な情報は教えなくても良いから!」
「おっ、マジかい? よし、ケルヴィン! いっちょ寝るか!」
「寝ねぇよ!?」
「はいはい、漫才もその辺にしておこうか。確かに良い試合だったけど、結果的に成績は一敗一引き分け――― 未だに劣勢なんだ。そろそろ勝利が欲しいところだよね?」
パンパンと手を叩きながらそう言ったのは、冒険者ギルド総長のシンだ。
「引き分けが出たのは予想外だったけど、それでも残るは三戦しかないんだ。団体戦として勝利するには、もう負ける事は許されない。何と言ったって、冒険者ギルドの面子がかかっているからね! ついでに、私の面子もかかってる!」
「まあそうなるわよねぇ。冒険者の最高戦力であるS級をこれだけ揃えて負けましたじゃ、色々と格好が付かないものねん…… じゃ、私達がそのお手伝いをしちゃいましょっか! ねっ、オッドラッドちゃん?」
「ふぅんむ! 同じ師に仕える同志、スズの仇を討つ良い機会かもなぁ!」
対抗戦の三戦目はタッグバトル。どうやら冒険者ギルド側は、グロスティーナとオッドラッドの筋肉コンビが出るようだ。既に着替えを済ませていた彼らは、いつでも戦いに出られる状態にある。
「……えっと、やっぱりその格好で出るのか?」
「あったりまえじゃな~い。この格好が筋肉の造形美をよ~く見せられるのん!」
「おう、そういう事だ! 筋肉的にも理に適っている!」
「そ、そうか……」
「じゃ! そろそろ行って来るわねん!」
「おっしゃあ! 俺はやるぜぇーーー!」
グロスティーナが大胆に尻を振りながら、オッドラッドがサイドチェストを決めながら舞台へと向かって行く。控室に残るケルヴィン達は、それら逞しい背中を見送ろうとしたのだが、想像以上に絵面が凶悪であった為、途中で視線を切ってしまった。
「あいつら、全身タイツ姿で行っちまったな……」
「しかも、妙に体の肉質が浮き出るやつだったね。確かに筋肉は見やすいだろうが…… アタシの好みではない!」
「でも、お二人のコンビネーションは本物です! 今度こそ勝てる筈、筈…… 勝てます、よね……?」
「少なくとも、私は相手をしたくはないかな~。うん、色々な意味で相手はしたくない」
「んな事より、まずは不完全燃焼の解決だ! さ、ケルヴィン! ベッドへ行くよ!」
「行かねぇよ!」
冒険者ギルド側のメンバーは、今日も自由だった。
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「皆の衆、すまない! 拙者、引き分けてしまったでごわす!」
戦いから戻って来るなり、グラハムは仲間達の前で土下座をしていた。それも叩き付けた額で床を粉砕する、凄まじい勢いで。
「グラちゃん生真面目過ぎだって。何謝ってくれちゃってんの?」
「そうだよ、頭を上げて! S級冒険者を相手に引き分けって、むしろ誇って良い事だよ!」
「そうだね、ラミ君とリオン君の言う通りだ。君はよくやってくれたよ。少なくとも、あと一勝すれば全体での敗北はなくなるんだ」
「グラハムさん、凄かったです!」
「み、皆の衆……!」
仲間達がグラハムを温かい言葉で出迎える。笑顔と拍手がグラハムを包み込み、彼は目頭が熱くなるのを感じていた。 ……しかし、そんな感動の場面にも一言申したい者が居るようで。
「ハァ、ハァ……! ちょ、ちょっとグラハム……! 貴方、一体どれだけ舞台を破壊しようとしていたのよ……!?」
「ベ、ベル殿!?」
そう、舞台の魔力供給役として、急遽ミルキーによって派遣されたベルである。お腹を押さえながら登場した彼女の表情は、なぜか苦し気だ。
「あの色ボケ女も全っ然加減を知らないし、試合は馬鹿みたいに長引かせるし……! 貴方達、私に何か恨みがあるの!? 危うくどこかの虹吐き巫女みたいになるところだったわよ!」
「べべ、ベル殿!?」
グラハムらが激闘を繰り広げる裏方で、ベルは特製舞台に修復の為の魔力をずっと送り続けていた。流石のベルも何度か魔力が枯渇しかけた為、回復薬を服用しながら何度も何度も、飽きるほどに送り続けていたのだ。小食な彼女にとって、これはある種の拷問に近かったのかもしれない。飲み過ぎで体調は悪くなるし、何よりも吐き気が半端なかった。
しかし残念ながらグラハムには、ベルが激怒している理由が分からない。それもそうだ、何せそんな事なんて知らないし、彼だってずっとS級冒険者に襲われていたのだ。グラハムも命懸けだったのである。
「ベルちゃん、途中から姿が見えなかったけど、どうしたの?」
「裏方で馬鹿みたいに働かされていたのよ! って、うぷ…… 過度に叫ぶと、気持ち悪……」
「えと、マジで顔色悪くない? 保健室行った方がいんじゃね?」
「そ、それじゃあ、私が付き添いを。私は出番も最後ですし」
「ふう、ふう……! グラハム、次は貴方の番だからね……!」
「何がで候!? さっきから怖いですぞ、ベル殿!?」
クロメルと共に保健室へと向かうベルは、最後の最後に意味深なグラハムへの指名を残していった。
「ま、まあよく分かんないけど、次は私とリーちゃんの番じゃん? 景気良く勝っちゃうっしょ!」
「そ、そうだね。ベルちゃんの分まで、僕達で頑張らないと! 相手は誰かな? 楽しみ!」
「ここで勝負を決めても全然構わない。全力でやってしまってくれ」
「不甲斐ない拙者に代わって、どうか勝ってくだされ。御武運を」
指先から激しく電気を発しながら、スカートをなびかせるラミ。双剣を腰に装着し、元気いっぱいに飛び跳ねるリオン。軽い準備運動を終わらせたマブダチ二人は、タッグバトルが待つ舞台へと向かうのであった。 ……しかし、彼女達はまだ知らない。その先には、はち切れんばかりの筋肉達が待つ事を。
「あ、そうだ。グラハム君に連絡する事があったんだ。これを持って、この場所に向かってくれ」
「これは…… MP回復薬、でござるか? 助かるが、そこへは一体何を?」
「行けば分かるよ♪」
一方で、グラハムも決戦の地へと向かうのであった。