第78話 火の国対水の国
「ベルちゃん、最初のビクトリーだよ! おめでとー!」
ベルが舞台より帰って来るなり、リオンが彼女へとダイブする。結構な勢いで突貫するリオンのダイブは、常人が受ければその瞬間に腰の骨が砕け散るほどに強力なものだ。いつもケルヴィンにするような簡単なノリで、ついそんな喜びの表現をしてしまったらしい。
「っと、危ないじゃないの。私なら兎も角、あの一般人にはやらないでよ? 結構な確率で死ねるから」
「やらないよー。僕、ちゃんとダイブする相手は選んでるんだよ?」
「胸を張って言う事じゃないわよ……」
「じゃ、精一杯喜びを表現するね!」
「ちょ、ちょっと!」
リオン、ベルの腰に抱き着き離れようとしない。ただ、彼女も満更ではない様子だ。
「まあまあ、何はともあれ記念すべき勝利でござる。今はこの勝利の美酒に酔うと致すでごわすよ」
「そう喜んでばかりはいられませんよ。ベルさんが先ほど戦った相手、恐らくは相手メンバーの中で補欠に当たる人員です。できれば我々の中でも屈指の実力を誇るベルさんには、S級冒険者の相手をお願いしたかったのですが……」
監督役を任されているメリッサが、険しい表情でメンバー表を見詰めている。
「メリッサは悲観的に考え過ぎよ。他のメンバーだって私ほどではないにしても、それなりには働いてくれるでしょ。ま、そこまで評価してくれるのは嬉しいのだけれどね」
「そうそう、もっと私らを信頼するべきっしょ、パイセン! 仮にグラちゃんが負けても、私とリーちゃんが勝つし!」
「拙者も負ける気はないでござるよ?」
「うう、最後を任されている私は不安しかありません、です……」
「おっと、最年少のクロメル君が弱気になっている。これはラストの試合が回って来る前に、私達で勝負を決めるべきかな?」
「では、拙者が次もバシッと決めて来るでござる!」
ガシャリと甲冑を鳴らし、グラハムが重量感たっぷりに立ち上がる。そして丁度その時、アナウンスが流れて来た。
「いやはや、皆様まだまだ興奮冷めやらぬようですが、そろそろ第二試合の組み合わせ発表を行いたいと思いまーす! ミルキー教官、お願いします!」
「はい、第二試合はですね…… ルミエスト代表、グラハム・ナカトミウジ君。冒険者ギルド代表、バッケ・ファーニスさん」
「おお、遂にS級冒険者の登場ですか! 『女豹』のバッケ様と言えば、S級冒険者であると同時に一国の王妃としても有名な方ですね。バッケ様が治める情熱の国ファーニス、一度は行ってみたいです! パインなかき氷!」
「間違いに対する一応の訂正をしておきますが、治めているのは御亭主のファーニス王ですからね。ファーニスはなぜかよく勘違いされるんですよね。それにしても、この組み合わせは…… うーん……」
「ミルキー教官、如何されました?」
「いえ、グラハム君の相手がよりにもよって彼女なのが、少しばかり気になりまして。正直不安で不満です」
「へ? え、ええっと、そういえば今年入学のグラハム君は、ミルキー教官が担当するセルバ寮の所属でしたね。ミルキー教官が期待する新入生と言えども、やはり相手がS級冒険者では心配なのでしょうか? 教え子に対する愛ですね、愛!」
「……まあ、そういう事にしておきましょう。グラハム君、不味いと思ったら直ぐにギブアップするように。教官としての忠告です」
「おおっと!? ミルキー教官、意外にも甘々だぁー!」
「フフッ、ランルルさん?」
賑やかなアナウンスから悲鳴が続いている。どうやら実況席で一悶着が起きているらしい。
「おお、女豹殿が相手でござるか! 相手にとって不足なし! いとおかし!」
「グラハム」
「む? 何でござるかな、ベル殿?」
「あの舞台、私の想像よりもかなり頑丈だったわ。それなりの技で一部を破壊しても、瞬間的に修復されてなかった事にされる。だから、思いっ切り暴れても問題ないわ。変な手加減は不要よ」
「フッ、元からそんな気はないでござるよ。では、行って参る!」
未だリオンに抱き着かれているベルのアドバイスを受け、グラハムが舞台へと出陣する。同じタイミングで反対側からは、対戦相手であるバッケが決戦の場に上がって来ていた。
「よう、色男――― なのかは、その鉄仮面じゃちょいと分からないか。ま、何か好みの匂いだし、多分良い男なんだろ! なぁ!?」
琥珀色の髪を風でなびかせる彼女は、竜皮で作られた軽鎧を纏い、これまた竜素材を用いたと思われる長剣を肩に担いでいた。あと、出会い頭に何か叫んでいた。彼女なりの挨拶なのかもしれない。
「貴姉にとって良い男に当たるかは分からぬでござるが、日々研鑽は積んでいるつもりで候。下手な戦はせぬ、安心されよ」
竜素材の装備に対するグラハムの得物は、物干し竿ほども長さのある刀だった。あまりにも刀身が長い為、既に鞘から取り出した抜き身の状態だ。普通の体格では構える事さえ難しいこの刀も、巨体を誇るグラハムが持てば、逆にしっくりとくるサイズ感である。
「へえ、お目に掛かった事のない業物だねぇ。アンタのアレもそれくらい凄いと、アタシとしては嬉しいんだが…… ま、そこは闘争の中で確認させてもらうとするか。そのトラージ産の防具、やばいくらい剥ぎ甲斐がありそうだしねぇ」
「……ッ!」
グラハムの全身を舐めるように見ながら、実際に舌なめずりも行うバッケ。端的に言って、セクハラのオンパレードである。流石のグラハムも、背中に冷たいものを感じ始める。
先ほどのアナウンスにて、ミルキーが危惧したのは正にこの事だった。バッケと戦い負かされた男は、その後にとんでもなく酷い目に遭う――― 事の真偽は不明であるが、冒険者の間で流れていたそんな噂話を、ミルキーは耳にしていたのだ。あの忠告は贔屓でも甘いのでもなく、一教官としての率直な言葉だったのである。
「ミ、ミルキー教官、そのくらいで勘弁してください! ほら、お二人も試合の開始を待っているようですし!」
「ハァ、まあ決まりですからね。言っておきますが、これ以上は危険だと運営委員会で判断されれば、その時点で試合は終了となります。双方、頭に留めておいてください」
「やっぱり甘々なんじゃ…… いえ、何でもないですよ!? は、はい! 早速行ってみましょう! 対抗戦第二試合! 試合――― 開始です!」
誤魔化し混じりに開始される第二試合。空砲が会場に鳴り響き、観客達は声援を送りながら試合の展開を見守る。しかし、合図が鳴っても二人はその場から動こうとしない。剣と刀を構えたまま、相手の出方を窺うのみだ。一試合目とは打って変わって、静かなる幕開けである。
「……おや、飛び込んで来ないね。その図体で様子見かい?」
「そちらこそ。言動からして、直ぐに飛び込んで来ると察していたで候。というよりも、手加減されるおつもりでござるか?」
「どういう事だい?」
「貴姉には竜の血が流れている筈。であれば一般的な剣士のそのスタイルは、全力ではないと思い至った。拙者、仲間に全力で行けと念を押されているでござる。手加減を前提とした相手に、そのような事はしたくないでござるよ」
「……ク、クハハハハ! へえ、アタシについてそこまで知っているのかい!? 嬉しいねぇ、竜の血が滾っちまうよ! なら、お言葉に甘えて最初から飛ばして行こうか。喜べ、こいつを公式の場で見せるのは、今回が初めてだ!」
そう叫んだバッケが自身の胸元に両手を突っ込み、何かを取り出した。恐らくは保管機能付きのマジックアイテムを仕込んでいたんだろう。最初から持っていた剣と合わせ、全部で十本もの剣を舞台へと突き刺すバッケ。どうやらこの剣は、ただ突き刺すだけでもこの特製舞台を傷付ける事ができるらしい。
「十本の、剣……? こ、これはまた、予想もしない事を。まさか、十刀流をするとでも言うつもりでござるか!?」
「あ? いやいや、惜しいが多分それ、字が違うよ。元よりアンタと、剣術で争うつもりなんてない。アタシのはね――― 十刀竜だっ!」
バッケを中心に突如として吹き上がる爆炎。その炎は舞台に突き刺した十本の剣を巻き込み、炎の塔を天にまで穿らせた。




