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黒の召喚士 ~戦闘狂の成り上がり~  作者: 迷井豆腐
アフターストーリー1 学園都市編
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第75話 パラダイス

 臨戦態勢のまま睨み合うベルとスズ。一見得物を持たない素手同士の構えに見えるが、それは大きな間違いだ。ベルの脚には言わずと知れた黒銀の魔人クラレントが、そしてスズからも得物を忍ばせている気配が無数にある。ルミエスト側でそれを知るのは、こうして直接対峙するベルのみだろう。


「へえ、暗器が満載なのもアンジェ譲り? そんなに詰め込んで重くないのかしら?」

「あ、まだ問答を続けます? ベルさんって思ったより悠長なんですね。てっきり、もっと気の短い方かと思っていました。勘違いしちゃってすみませ――― おっと?」


 唐突に途切れる。半笑いのスズからの返答を待つよりも早くに、ベルが新たなる攻撃を繰り出したのだ。距離を詰めるのは一瞬、顔面目掛けて放たれた強烈な蹴りに対し、スズは後方へ体を逸らす事でこれを見事に回避。しかし、ベルの蹴りは単発などではなく、その後も連続して放たれ続ける。


「またまた私の勘違いですか。いえ、最初の印象通り?」

「口と身の軽さだけは達者のようね。私が手加減しているうちに、さっさと力を見せてほしいのだけれど? まさか、それが本気?」

「それこそまさか、ですよっ!」


 攻撃と口撃を断ち切るようにして、スズが懐より何かを取り出し、ベルに向かってそれを振るう。攻撃の隙間を縫うようにして放たれた刹那の一撃。独特のしなりを利かせながら空気を切ったそれは、目の良いベルからしても、ハッキリと捉えられるものではなかった。


(鞭? いえ、微妙にしなり方が違う…… ああ、なるほど、三節棍・・・か。珍しい武器を使うのね)


 関心をスズから謎の武器へと切り替えたベルは、蹴り上げた脚に風を纏わせ、前方全ての範囲を吹き飛ばした。スズは振るった謎の武器、三節棍ごと舞台の後方へと吹き飛ばされてしまう。


「お、おおっとぉ!? 開幕から何という、何という猛烈な展開なのでしょうか!? 私、正直目が追い付いていません! 解説のミルキー教官、如何ですか!?」

「え? もう解説が必要なんですか? 目が悪いのなら眼鏡をかけた方が良いのでは?」

「予想外な方向からのお叱り!?」

「それよりも注目すべき事があるでしょうに…… ご覧ください。舞台、まだ無傷!」

「「「おおっ!?」」」


 凸凹な実況と解説は兎も角、息つく暇もない展開に会場は大いに盛り上がっていた。一方、どこかの巨匠とその弟子達は、なぜかガッツポーズを決めたりハイタッチを交わしたりしている。


「な、なかなかの強風……! ですが、武術に魔法を組み込んで来ましたか。少しは私を認めて頂けましたか? 武術だけで相手するのは厳しい、という意味で」

「どうかしらね。身のこなしは及第点だけど、この程度の風に吹き飛ばされるようじゃ、ちょっとガッカリかしら。あ、でもその三節棍にはちょっとだけ興味があるわ。まあ使い手が珍しい、ってだけの意味だけど」

「ええっ! ベルさん、この『風雷棒ふうらいぼう』にご興味が!? 何とお目が高い! これはマスター・ケルヴィンから賜った私の家宝でして、とってもとっても凄いんですよ! 私の為に作ってくださった、世界でただ一つの三節棍なのです! ああ、マスター・ケルヴィンの想いが脳と手に馴染む、馴染んじゃいます!」

「きゅ、急に何よ……?」


 ベルは舌戦をしていたつもりだったのだが、何がトリガーになったのか、スズは急に瞳を輝かせ、まるで自分の宝物を褒められた子供の如く喜び始めた。これにはベルも面食らい、意味が分からないとばかりに引いてしまう。


(こ、これ、多分演技じゃなくて本気の感情ね。さっきまでの戦闘狂顔が嘘みたい…… というか、喜怒哀楽が激し過ぎじゃない? デラミスの巫女と全く同じという訳じゃないけど、それと似たような空気を感じるわ)

(褒めてくれた褒めてくれた! マスター・ケルヴィンからのプレゼントに興味を持ってくれた! もっとマスター・ケルヴィンの威名が轟くように、私自身が成長した事も見せつけなくちゃ! へへ、へへへへ……)


 しかし流石というべきか、やはり勘の鋭さは凄まじかった。


(それにしても、アレ、風来坊って言うの? 変な名前ね、絶対ケルヴィンのネーミングセンスだわ)


 ただ、ほんの少し勘違いもしてしまう。ちなみにネーミングについては勝手に設定されるという、ケルヴィンの談。


「ああ、失礼しました。マスターの話が出ると、どうも感情の制御ができなくって。それじゃ、続きといきましょうか。魔人闘諍ジンスクリミッジ、でしたっけ? セラ・・からお伺いしてますよ。次はそれを使ってもらえるよう、良いところをお見せしますね」

「……なかなか上等な決意じゃない」


 若干のピキピキを額に見せるベルに、再び死神スマイルへと移行するスズ。彼女達の姿は次の瞬間にはその場より消え去り、脚甲と三節棍をぶつけ合いながら舞台を駆け巡っていた。


(へえ、言うだけの事はある。さっきより速くしてるのに、まだ私に付いて来れてる。というか、変な技を織り交ぜて来てるのかしら? 当たったように視認できても、実際にはそんな感触がないし。何と言うか、位置が若干ブレてる? ますます珍しい技の使い手ね)

(うわあ、的確に嫌なところばかりを突いて来る! 表面上は怒っているようでも、内面では至極冷静じゃないですか……! 『柳』で何とか凌いでますけど、それもかなりギリギリ……!)


 ケルヴィンの下で修業した期間中、スズは信じられない速度で成長していた。しかし、だからと言ってベルと対等に戦える領域に至ったとは、彼女自身が微塵も思っていない。一見互角に見える現在の攻防も、ベルが適度に手加減をしてくれているからこその状況なのだ。


(でも、これこそが格上の方とのバトル! マスター・ケルヴィンが日頃から望まれていたパラダイス! 忠実な僕である私が、堪能しない訳にはいかない! 手加減上等、その隙を突いて噛み殺す!)


 嬉しさのあまり、口角が上がり歪んだ笑みを浮かべてしまう。そう、ケルヴィンに焦がれ憧れるスズにとって、この理想的な逆境はどこぞの死神よろしく、ご褒美でしかなかった。死神がかつて通った道を歩み、自らもその横に足跡を残す――― スズにとってそれ以上の誉れは、この世に存在しないのだ。


「ほら、またぶっ飛ばすわよ。さあ、どうする?」


 ベルの脚甲より、舞台全てを覆い尽くすほどの暴風が放たれる。先の風より威力・範囲と共に上だ。どうにか対応しなければ、次は吹き飛ばされるだけでは済みそうにない。


「スゥ……」


 対してスズは三節棍の棍を繋ぐ鎖を掴み、片方の棍をブンブンと振り回し始める。格好としては鎖鎌の分銅を振り回す形に近いだろうか。そんな事をする意図をベルは読み取れなかったが、何かしようとしているという事だけは理解した。


 ケルヴィンがこの日の為にスズに贈ったこの三節棍、『風雷棒』はその名の通り風と雷の力を宿す武器である。三つに分かれた棍は特殊な磁力によって分離が自由自在であり、慣れは必要であるものの、時には一本の棒として打撃を与え、時にはヌンチャクのように振り回す事が可能となっている。スズはこの風雷棒を使い、ベルの攻撃は打破しようとしているようだ。


 一方、今正に困難を打ち破ろうとしている愛弟子の姿を前に、鍛え上げた張本人ケルヴィンはどうしているかというと―――


「凄まじいねぇ。正直アタシ、ここまでとは思っていなかったよ」

「ええ、ベルちゃんもまだ全然本気は出してないみたいだけどぉ、それにしたってこの成長振りは凄いわん……!」

「ああ、まさかこんな展開になるとは…… 舞台、全然壊れねぇな! すげぇ!」


 ―――未だに形を保ち続ける、特製舞台の頑丈さに感動していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふうらいぼう ふきのとうの曲でしたね
[一言] 期待値が高まる分壊れた時には・・・
[一言] まさか舞台がここまで進化するとは…
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