第73話 お見逃しなく
入場を終えた両メンバーは舞台となる特製ステージへと上がり、向かい合うようにして横一列に並んだ。事前に誰が出場して来るかは双方とも知っていたであろうが、顔合わせはこれが初となる。出場者達は興味深そうに敵陣の顔ぶれを観察していた。
「それでは冒険者ギルド代表のシン・レニィハート総長、ルミエスト代表のアート・デザイア学院長は前へお願いします!」
会場にランの声がそう響くと、シンとアートがそれぞれメンバー達の前に出て来た。
「やあやあ、随分と久し振りだね、アート。で、何で今回の対抗戦に、学院長の君も参加しているのかな? 折角の生徒の活躍の場を、指導者が奪っちゃ可哀想じゃないか」
「それは私の台詞だよ。君を含め、今年は随分な冒険者を連れて来たものだ。将来超有望な私の生徒達とはいえ、いくら何でもこの面子はやり過ぎじゃないのかな? まさか、これから世界でも救いに行く気なのかい?」
「実はそうだったりするかもね。ついでにこの対抗戦も、いつも通り勝たせてもらおうかな? そう、いつも通りね」
「大層な自信だ。が、大業を成すのであれば、慢心は切り離すべきだと忠告しておこう。いつか人心が離れるぞ?」
「「……フッフッフ!」」
両メンバーが正々堂々と戦う事を誓い、その証として握手を交わす。そんな開会式での一場面中にも、シンとアートは早速激しい火花を散らしていた。双方とも表情は笑顔そのものなのだが、ギッチギチに指が食い込んだその手には、明らかに万力の握力が篭められている。
「おー、二人ともやるな。お互いすっげぇ殺る気なのに、殺気めいたオーラが全然感じられない。握手は兎も角として、相当に訓練を積んでないとできない事だぞ、あれは」
「シンちゃんもアートちゃんもぉ、冒険者であると同時に上に立つ者ですものねぇ。握手は兎も角ぅ、処世術の一環としてぇ、周りに感情を悟らせない術を身につけているのかしらん?」
「握手は兎も角さ、感情を直にぶつけたい派のアタシらとは真逆だねぇ」
「うふん、そうかもねん!」
「え、それって俺も入ってんの?」
「当ったり前だろ? むしろ、何で自分はそっち側だと思ってんだい? アンジェとも毎日よろしくやってんだろう?」
「まっ!」
「グロスティーナ、まっ! じゃないから! バッケ、何でそんな変な方向に話を持っていく!?」
「ククッ、別にいやらしい意味でとは言ってないよ? 狩りの師として、アタシもあの半人前が上手くやってるのか気になってさ。ほら、アンジェの恋を成就させたのは、アタシのお蔭と言っても過言じゃないだろ?」
「ふんふん。つまるところ、セラちゃんとお姉様みたいな関係なのかしらん? ままっ、素敵いぃ! 私もいつか、恋する乙女の力になりたいわん!」
「それはそうとケルヴィン、今度アンタの味見をしても良いかい? アンジェのこれとは言っても、やっぱり気になるもんは気になってさ!」
「ぐっ……! 圧倒的にツッコミが追い付かねぇ……!」
アートとシン以外のS級冒険者達も、何やら愉快に自由に雑談に興じているようである。大観衆の注目の中だというのに、緊張という文字が全く見当たらない。そんな冒険者ギルド側のメンバーの様子を眺めながら、甲冑を着込んだグラハムは何やら感心しているようだった。
「ふぅむ、流石でござるなぁ。対抗戦という大一番が始まろうとしているのに、日常の最中にいるようなあの落ち着きよう…… 正に常在戦場! S級冒険者、侮り難し!」
「いや、あれらはそんな難しい事なんて考えてないから。本気で雑談に興じてるだけだから」
すかさず、ベルがそれは違うと断言する。その隣に並んでいたリオンとクロメルは、何とも言えなさそうに苦笑いを浮かべていた。
「いやいや、決してそんな事はないでござるよ。それに…… 何やら、油断ならないのはS級冒険者だけではない様子。残る二人も只者ではないぜよ」
グラハムの言う残る二人というのは、ケルヴィンの横にて並ぶA級冒険者達の事だった。一人はお団子頭という特徴的な髪をした小柄な少女、もう一人は大変に筋肉質なマッチョ男だ。となれば、これ以上説明は必要ないだろう。スズとオッドラッドである。ケルヴィンと同じ舞台に上がれた事が余程嬉しいのか、スズはこの場に立っているだけで感極まり、オッドラッドは観客に自慢の肉体美を見せびらかしたいのか、マッソウなポージングを決めていた。
「……まあ、普通ではないかもね。普通では」
確かに、色々な意味で只者でも普通でもない光景だった。
『対抗戦のメンバー、スズちゃんとオッちゃんに決まったんだね。シンちゃん、残念だったなぁ……』
『パウルさんも残念さんです。あんなにやる気になっていたのに、です……』
一方、ほんの一時の事だったとはいえ、シンジールとパウルという原石磨きに協力していたリオンとクロメルは、彼らがメンバーに選ばれなかった事が、少しだけ残念そうだった。
とまあ、様々な思考や想いが巡りつつも、式は順調に進んでいった。両陣営代表者による誓いと握手、各所お偉いさん方の挨拶が済んだところで、対抗戦の開会式は一先ず終了だ。途中、バッケが盛大に欠伸をしていたり、それをグロスティーナが咎めたり、スズが満足したり、オッドラッドがポージングを決めたり、筋肉に対抗してアートが輝き出したりなんかもしたが、何とか開会式は終わったのだ。あまりの情報量に観客の一部が疲弊しているようにも見えるが、恐らくは気のせいだろう。
「おっ待たせ致しました! いよいよ対抗戦第一試合が目前ですよぉー!」
「「「わあああああっ!」」」
「ああ、良き歓声! これこそ大舞台の試合といった感じですね! 実況冥利に尽きるとは、正にこの事! 私、魂から震えています!」
「ランさん、感動するのも結構ですが、試合についての補足をお願いしますね」
「そそ、そうでしたそうでした! 忘れてなんていませんとも! えーっとですね、全五試合ある対抗戦の組み合わせは、両陣営から提出されているメンバー表に則って行われます。メンバー表の内容は、それを管理する一部運営のみが知り得る情報ですので、まだ実況の私もどういった組み合わせになるのか把握していません! この場で知って、ぶっつけ本番の実況です! ワクワクですね!」
「例年通り、管理者である私がその試合の直前に情報を開示し、そこで試合の組み合わせが判明するパターンですね。という訳で、早速第一試合の組み合わせを発表致します」
歓声で一杯になっていた会場が静まり返り、皆がミルキーの次の言葉を待つ。
「―――第一試合、ルミエスト代表、ベル・バアルさん。冒険者ギルド代表、スズさん」
「あら、派手な演出ね」
「わわっ……!」
その瞬間、ステージの上で代表メンバー達と並んでいたベルとスズに、魔法で生成されたスポットライトが当てられる。まだ明るい時間帯だというのに、それら赤色と青色の光はハッキリと観客達の目に映っていた。よって、一試合目に出る者が誰なのかも一目で分かる。
「おおっと、最初の試合は何とも華やかなものになりそうです! ベルさんは今年首席で入学し、長いルミエストの歴史上でも最高の逸材と噂されている注目学生です! 出身は北大陸の大国、グレルバレルカ帝国! 未だ謎の多い彼女ですが、果たして試合ではどのような戦い振りを見せてくれるのでしょうか!? 今、紅き乙女の実力がベールを脱ぐ!」
「彼女はシエロ寮ではなく、セルバ寮に来て頂きたかったんですけどね。本当に惜しいです。シエロの寮長は爆死するべきではないでしょうか?」
「そ、それはどうなんでしょうね……」
ランは思った。相変わらずの毒舌を振るうミルキーだけど、彼女は彼女でマール寮長のホラスが希望していたグラハムをセルバ寮に引き抜いているから、あまり他の寮の事はとやかく言えないんじゃ――― と。言葉には絶対できないけど、心の中でそう強く実況しておいた。
「た、対する冒険者ギルドはスズさんは――― おおっと!? 手元の資料によりますと、彼女は大国トラージの冒険者ギルド支部にて、ギルド長を務めているとあります! 見た感じの年齢は私達学生と同じくらいなのに、何という地位に就いているのでしょうか! これはS級冒険者とは違ったベクトルで凄い!」
「ええ、私も大変興味深く思っています。しかし、総長が出るのであれば、ギルド長もまた出場して問題ないという理論なのでしょうか? うーん、こちらも学院長が出ている以上、何も言い返せませんね」
「今年は例外だらけって事でひとつ! S級冒険者ばかりに注目が集まっていましたが、スズさんもまた別格の力を見せてくれるのか!? 注目の試合はこの後直ぐですッ! どうかお見逃しなくッ!」