第71話 対抗戦当日
ルミエスト対抗戦、当日。学園都市内に建造された特殊試合会場で行われるこの行事は、大勢の客人が集まったあの入学式よりも、更に千客万来な様相を呈する。都市外に並ぶ屋台のキャラバンの規模も、明らかに以前のそれよりも大きなものとなっていた。それもその筈、この祭りには生徒達の関係者、王族や各方面の権力者達が、保護者としての立場で会するからである。分かりやすく喩えるとすれば、授業参観や生徒の親同士の懇親会と称した、世界サミットが近いだろうか? 自身の子が直接対抗戦に出場せずとも、各国の有力者が集まりやすい対抗戦という催しは、二親等内の関係者であれば比較的容易に参加できる上に、冒険者ギルドの有力者とも関われる。と、コミュニティーの形成と外交の面において良い事尽くめの場なのだ。S級の昇格式、或いは獣王祭をも超える規模で行われるとなれば、当然相応に警備は厚くなり、それだけ更に人口密度は高まっていく。という訳で、この日は学園都市の内外問わず、どこもかしこも大混雑だ。
「氷国レイガンド、準備が整ったとの事です!」
「オーケー、転移門開けるよ」
また、来場者の規模が規模なだけに、学園都市内に一門だけ存在する転移門も、この日だけは使用される事が許可されている。扱いの難しい転移門を使うのは専ら大国強国だけである為か、この方法で移動して来る事は、西大陸においてある種のステータスになっているようだ。
「はい、完了。転移門使うとこ、あと何回あるんだっけ?」
「ええと…… バッカニア王国、トライ連邦、プルトオルア皇国、神聖カガンカラ帝国の四国ですね。シン総長、もう随分と転移門に魔力を送っていますが、そろそろ交代致しましょうか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。そっちは全く問題ないから」
軽い調子でそう答えるのは、冒険者ギルド総長のシンであった。転移門は双方の了解なくして起動はできないが、それでも万が一の事態が想定される為、門への魔力供給役を兼ねて、シンがこの場所の警備に当たっているのである。
「そ、そうですか。流石はS級冒険者と言いますか、信じられない規模の魔力量ですね。本来であれば、何十人という魔導士が交代交代で供給するものですのに」
「まあ、S級冒険者なら片手間にこのくらいはできないとね。これ終わったら対抗戦にも出場しなくちゃだし」
「そ、そうですか。ハ、ハハ……」
転移門の管理担当が引きつった笑顔を浮かべる。できて当然という冗談みたいな発言もそうだが、本を片手に転移門へ魔力を送るシンの姿は、正に片手間に仕事をしている、といった様子だったのだ。この場にいるシン以外の衛兵、技術者、魔導士一同は彼と同じく、心の中で色々とツッコミつつも、笑顔を取り繕うしかなかった。
「というか今更だけど、レイガンドやカガンカラにも転移門を使わせるの? その辺の国、最近きな臭くない? ここに通して大丈夫?」
「と言いましても、申請は真っ当なものでしたし、学園内にお子さんもいらっしゃいます。政治的な理由で使用を断る方が、平等を謳うルミエストとしては問題になってしまうのです。転移門で移動できる人数は限られますし、それに、その…… その為のシン総長と言いますか」
「へ? ……ああ、そうだったそうだった。何かあれば私が止めれば良いのか。ごめん、本に夢中で気付かなかったわ。あははははっ」
暫くあっけらかんとした後、思い出したようにケラケラと笑い出すシン。周りの者達は笑顔を維持するも、こいつマジかよ。と、心の声を揃わせていた。
「じゃ、私としては問題を起こしてくれた方が都合が良いなぁ。その方が本番に向けての準備運動になると思わない?」
「思いませんッ!」
これには担当者も、流石に声に出しておいた。
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「わあ、すっごい人の数!」
選手入場の出入り口から、リオンが顔を覗かせる。会場の客席には見知った生徒がいれば、ビシッと宮廷服を着こなす紳士、或いはカラフルな民族衣装を羽織る女性、はたまた豪華絢爛な衣装を纏った見るからにお偉いさん! といった感じの来賓もいる。国による文化の違いは服装の違い。よって、どこを見ても新たな発見があり、この光景を眺めているだけでも、リオンにとっては目を輝かすのに十分なものだった。
「会場、もしかしてもう満員なのかな? ケルにい、ちゃんと来れたかな~?」
「戦いを前にして、あのバトル馬鹿が迷子になる訳ないでしょ」
「あ、ベルちゃん。って、あれ?」
リオンが振り向くと、そこには漆黒の胴着姿のベルがいた。
「その胴着、どこかで見覚えが…… あっ、獣王祭の時の!」
「あら、よく覚えていたわね。本当ならいつもの格好が一番だったのだけれど、パパが露出が高いって猛反対してね。制服で戦う訳にもいかないし、仕方ないからこの胴着を着る事にしたの」
「あー、そういえば記念に貰えたもんね。僕も大切に保管してるよ。今日はいつもの黒衣だけど」
基本的な取り決めとして、生徒側もギルド側も装備の指定をされていない。高価なだけにそれなりの性能を誇る制服のまま戦う生徒がいれば、この日の為に用意しておいた秘蔵品を使う者もいる。あくまでも学内のお祭りなので、双方の良識に任せるといったスタイルなのだ。
……但し、そのスタイルで良かったのは、あくまでも去年までの事。あらゆる面でハイレベルとなった今年の対抗戦は、一体どのような装備が飛び出すのか、全く予想不可能なものとなっている。
「えー、リーちゃんもベルっちも制服じゃないん!? 私達ってば花の学生なのに!」
「雷ちゃんは制服のままなんだね」
「だって可愛いぢゃん!」
「気のせいかしら、濁点の字が違わない?」
ベルの鋭い指摘。ただ単にそれがラミの中で最近のトレンドになっているだけで、特に深い意味はないらしい。
ちなみにこの場にはいないが、クロメルやグラハムも制服ではない。クロメルはエフィルやメルフィーナが拵えた最上級クラスの装備で、グラハムはツバキが用意したというトラージの伝統衣装で挑む事になっている。
「むー! 私達女子四人で制服の可愛さを見せつけたかったのに~~~!」
「勝手に何言ってんのよ。どっちにしろ、私は制服もエヌジー。スカートは絶対駄目だって、そっちでもパパがうるさくてね」
「そこが良いんぢゃん! ベルっちのパパ、分かってるけど分かってねぇ!」
自分が見る分には歓迎だが、大勢の人前で着るのは許さない。それがグスタフスタイルだった。
「そういえば、学院長はどんな格好で試合に出るのかな? 制服がありなら、仕事服のまま?」
「あー、何か違うっぽいよ。ダイアの意志を継ぐとか言って、妙な衣装に着替えてたし」
「「妙な衣装?」」
この後に行われる開会式にて、金色に染まったアートが登場するとは、この時の二人は夢にも思っていなかった。兎にも角にも学園都市ルミエスト、冒険者ギルドによる対抗戦がいよいよ始まる。
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