第68話 代表決定
「アート学院長、一つよろしいでしょうか?」
朗らかな笑顔、そして至極丁寧な口調でそう言い放ったのは、なんとリオン達と一緒にいたベルであった。入学式で見せた優等生の仮面を被り、一歩前へと歩み出るベル。いつの間にか寝癖も綺麗に整えられ、いつものヘアースタイルへと早変わりしている。その圧倒的存在感を余すことなくアピールする彼女は、美の化身と自称するアートにも全く引けを取っていなかった。
「ベ、ベルっち!?」
入学式でも爆睡を決め込んだ為、優等生ベルの存在をそもそも知らなかったラミの驚きようは、それはそれは凄いものだった。が、ベルはそんな彼女を無視してアートの方を向き続けている。
「おい、彼女は……」
「ええ、ベル・バアルよ……」
「メリッサ生徒会長を初日に打ち負かしたっていう、あの……」
この場に残った上級生の間より、ひそひそと囁き声が聞こえて来るが、ベルはそれさえも無視する。というよりも、そもそも眼中にない様子だ。
「おお、なかなかのスター性とカリスマ性だね。それで何かな、首席入学のベル君?」
「先ほど、二年生と三年生の先輩方が合わせて九名辞退されましたが、それでもまだこの場には一年生が七名、三年生が五名もいます。例年、対抗戦の候補者は総当たりの模擬戦形式で決めていました。今年も同じ方法で決めるのであれば、ここからメンバーを取捨選択し、五人にまで絞り込むのは些か時間が掛かり過ぎるかと」
「ふむ? まあいつもと比べれば、そもそも一年生の候補者が多いからね。それは仕方のない事だと思うけど…… もしや、君には代案があるのかい?」
「まさか。新入生である私如きが、おこがましくもそこまでの事なんてできません。私が何を言おうとも、上級生の先輩方が納得されないでしょうし」
「「「ッ……!」」」
チラリと、上級生達の方へと視線を移すベル。その瞬間、上級生達は何か得体の知れないものに睨まれたかのように、背筋に冷たいものが走る感覚に襲われる。
「ベルさん、そこからは私が」
「はい、メリッサ生徒会長」
「えっ? メ、メリッサ……?」
戸惑う上級生達を余所に、ベルの視線の先にいた生徒の中から、生徒会長のメリッサが前に出る。なんてことはない。ベルは上級生達を見ていたのではなく、初めから彼女に合図を送っていたのだ。
「アート学院長、私から提案です。総当たり戦などではなく、私にメンバーを選出する権限を頂けないでしょうか? その代償として、いえ、実力が相応しくない私自身は、そのメンバーの中に入りませんので」
「「「!?」」」
「ほう、メリッサ君がそこまで言うのか。だとすれば、もう少し強い理由が欲しいものだね。時間云々ではなく、君が自分を犠牲にしてまでそうさせる理由を、ね?」
「理由は先ほど学院長が仰いました。今年の対抗戦、冒険者ギルドからはS級冒険者が出て来る、と。それはつまり学園側もそれに準ずる実力者が出る必要があります。ああ、いえ、これには少し語弊がありますね。正しくは、冒険者ギルド側にS級冒険者を出さざるを得ない理由ができた、でしょうか?」
メリッサはアートから視線を外し、今度は一年生の方を向く。
「先ほどお話しして頂いたベルさんを始めとして、今年の新入生の力は特別中の特別、ルミエスト史上最強と言っても過言ではないでしょう。恐らくはS級冒険者にも対抗し得る、そのくらいの力を既に有しています。そんな彼女らが模擬戦という形式でとはいえ、総当たりで戦う事になったら…… まず間違いなく、この模擬戦場の耐久性が持ちません。最悪の場合、学園内の他に施設にも影響が出るでしょう」
「さ、流石にそこまでは……」
ふと、上級生の一人がそんな言葉を口にした。
「S級冒険者の昇格式、そこで行われた戦いを耳にした事はありますか? 百年に一度の天才と称される、彼の有名な舞台職人のシーザー氏。そんな彼が手掛けた舞台も、S級冒険者の手にかかれば、ものの数秒で完全破壊されてしまいます。それでも昇格式で模擬戦が開催できるのは、神皇国デラミスの巫女様、この学園の首席卒業生でもあるコレット・デラミリウス様が、不壊の結界を周囲に施しているからです。要はこの場で一年生達を戦わせるには、今のこの状態では準備が余りにも足りていない。そして今から準備をするには、時間が余りにも掛かり過ぎる。先ほどベルさんは、それが言いたかったんですよね?」
「ええ、その通りです。一を聞いて十を知るとは、流石はメリッサ生徒会長」
「「「………」」」
信頼の置けるメリッサにそこまで言われては、他の上級生は黙るしかない。昇格式の次元の違いについてはもちろん知っているし、何よりも最初に首席候補であるメリッサが、自分程度では対抗戦に相応しくないと、そう宣言していた。ならば、彼女よりも成績の劣る自分達は――― そこから導き出される答えは、三人とも同じものだった。
「なるほど、メリッサ君の言いたい事は分かった。それで、君が選出する対抗戦メンバーについてだけど…… もう内訳は決まっているのかい?」
「五名を選ぶとするのであれば、一年生のベルさん、ラミさん、リオンさん、グラハムさん、最後に四人と比べ大分実力は落ちますが、クロメルさんが有力かと。私の見立てでは次点のクロメルさんでさえ、例年のA級冒険者に軽く勝利できるほどですから」
「なるほど…… ベル君はどう思う?」
「メリッサ生徒会長と全くの同意見です。私から特に申し上げる事はありません」
ベルが満足そうに顔をほころばせる。もしこの場にグスタフがいたら、その笑顔の眩しさを受けて失明していたかもしれない。それくらいに良い笑顔だった。
「メリッサ君の案、確かに受け取ったよ。どうだろう、皆? 他に反対意見がないのであれば、このままメリッサ君が選出したメンバーで行こうと思うのだが?」
「ベルお姉様が賛同された面子です! 私から反対意見なんてある筈がありませんわ!」
「まあ、俺達も…… なあ?」
「メリッサにそこまで言われたら、ねえ?」
「だな。代表になれないのは悔しいが、それ以上に出て恥をかく訳にはいかねぇ。S級冒険者の相手なんて、想像しただけで冷や汗もんだ」
カトリーナを筆頭にメンバーに選ばれなかった生徒の殆ども、この提案に異を唱える様子はない。ただ、極一部の者達はそうではなかったようで。
「待て、余は反対だ。ベル・バアルらは良いとしても、余が次点のクロメルに劣ると考えられるのは、許し難い」
「おっと、腑抜けたスクールメートばかりではなかったか。俺からも異議申し立てさせてもらうぜ。三年のナンバー2として、流石にそんな子供には負けていられないからな」
そう言ってメリッサ案に反対したのは、先日求婚騒動を起こした一年のエドガー。そして、何やら制服がピカピカと黄金色に輝く上級生だった。こちらは物理的に非常に眩しい。
「エドガー君にダイア君か。その口振りから察するに、クロメル君の選出が不服なのかな?」
「「当然だ」」
金ピカの生徒、ダイア・ドルゴーは上級生の中でもメリッサに次ぐ戦闘力の持ち主だ。例年通りの選出であれば、順当に対抗戦に参加していただろう。しかし、だからこそメリッサの選出に外された事が、彼は許せなかったようだ。
「ダイアさん……」
「まさかとは思ったが、入寮日に負かされたという噂は本当だったのだな、メリッサ。フッ、今になって今年の新入生に興味が湧いた。この金色の魂を持つ俺とどちらが上か、実際に拳を交えなければ納得のしようがないなぁ!」
「なるほど、力比べか。余としてはただ間違いを正したいだけなのだがな。尤も、この模擬戦は先日の返事を聞く良い機会でもあ―――」
「―――約二名反対される方がいらっしゃるようですね。クロメルさん、折角ご指名された事ですし、メリッサ生徒会長の判断が如何に正しかったかを示して頂けませんか? もちろん、この模擬戦場が壊れないよう、適度に手加減をしてです」
話にベルが割って入り、エドガーの言葉を強制的にストップさせる。次いでクロメルに眩い笑顔を向け、模擬戦場のステージへ上がり、優しく撃退するように促した。
『時間がもったいないわ。私が許可するから、徹底的にボコボコにしてあげなさい。いい? ボッコボコよ? 死んでさえいなければ、私の方で上手く処理しておくから』
『ええっ……』
但しその裏で行われる念話では、ベルの本音がだだ漏れであった。これにはクロメルも大困惑である。
その後、アートがこの代表決定戦を特別に承認。三人はステージへと上がる事になるのだが―――
「よ、よろしくお願い、しますです……」
「む? 体どころか気まで小さいのか? だが、油断をする俺ではない! まずはこの金色の魂を持つ伊達男、ダイア・ドルゴーと手合わせ願おうぐおああっーーー!?」
「フッ、瞬殺か。流石はベル・バアルが認めるだけはある。どうやら余の婚約者がもう一人、増えてしまいそうだな! クロメルよ、我が妻となぁっっがあぁーーー!?」
―――クロメルがエドガーとダイアを優しく瞬殺、ルミエスト側のメンバーはものの数秒で決定してしまうのであった。
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