第66話 ランチタイム
エドガーの求婚宣言から逃れたリオンとラミは、校舎の中へとやって来ていた。
「マージあり得ねー。私やリーちゃんに手ぇ出そうだなんて、万年早いっしょ。これが学園外だったら、雷の一つでも落としてるところだったし」
ここまでリオンの手を引いて来たラミは、心底機嫌が悪そうだった。そんな彼女の機嫌を表すかのように、髪の毛にバチバチと紫電が舞っている。
「雷ちゃん、何も無視する事はなかったんじゃない? ちゃんと断らないと、エド君に悪いよ」
「リーちゃん、それは判断甘々だし。あーいう輩って、どこまでも自分の都合の良いように考えてんの。私達が全力でお断りしたところで、何かと理由つけて諦めないっしょ。つか、その段階で私が殴りそうになる」
「あはは、そういう理由か~。だから抜け出したんだね」
「流石に学園内で暴力沙汰は起こせないかんね~。私を推してくれた獣王ちゃんの面子もあるし~」
第一試験で熟睡していたラミであるが、一応はレオンハルトの立場を考えていたようだ。
「つかつか、結局飯食べれなかったじゃん! 今食堂に戻るのも、何かアレだし! あー、腹立つ!」
「あ、そういえばまだだったね。クロトの保管の中に、メルねえ迎撃用の備蓄があるけど、それを食べる?」
「な、何の備蓄だし……!?」
メルねえ迎撃用の備蓄である。そんな些細な事はともかくとして、二人は校舎の屋上で改めて昼食をとる事にしたようだ。怪訝な表情を作るラミ、そして鼻歌交じりなリオンは、小走り気味に階段を上って行った。お腹が減った事と備蓄の中身が気になるのとで、自然と足が速くなっているようである。
「リオン新入生、ラミ新入生、階段はゆっくり確実に上ってください。転んでから後悔しては遅いですよ」
「あ、ホラス教官! すみません、不注意でした!」
「反省してま~す」
そんな中で教官とすれ違えば、当然注意されるものだ。恐らく片方は全く反省していないが、備蓄の中身が気になるので仕方のない事だった。
「……貴女達、何でそんなに表情が食い違っているのよ? 何か面白い事でもあった?」
「あ、ベルちゃん! 一緒にメルねえ迎撃用の備蓄を食さない?」
「一から十まで意味不明よ」
更に道中ベルともすれ違ったので、お昼にお誘いする。ベルとしてはマジで意味不明でしかなく、彼女もラミと同じ表情を自然と作っていた。しかし、ベルもリオン達と同様にまだ昼食を済ませておらず、特に断る理由もなかったので、共に屋上へと行く事に。
「わーい、一番ノリ! うーん、良い天気!」
校舎の屋上は生徒達にも開放されており、夜を除いて自由に出入りする事ができる。今日は運の良い事に誰もおらず、貸し切り状態であった。
「やっぱりお昼を食べるなら、景色の良い屋上だよね!」
「そうなん?」
「そうなの?」
「そうなの!」
譲れない拘りがリオンにはあるらしい。そして、屋上にはいつの間にやら料理の山が築かれていた。
「……何、この量?」
「食べ物の山だし。鬼うける」
「ク、クロト、確かにメルねえ迎撃用の備蓄を出してって言ったけど、いつもみたいに全部は出さなくても大丈夫だから。僕達三人とアレックスの分だけでオッケーだよ」
納得したようにプルルンと震えるクロト。どうやら保管の中から出す分量を勘違いしたようだ。料理の山の大部分がクロトの中へと消えていき、ちょうど定食分量の料理のみが残される。
「いっただきま~す!」
「いただき~」
「いただくわ」
「ワウ!」
それから三人と一匹は適当なところに腰掛け、漸くのランチタイムへと突入するのであった。
「あっ、折角久し振りに皆が揃ったんだし、クロメルも誘えば良かったな」
「不要よ。同じ寮の同級生達から自作弁当の味見をさせられていたの、さっき中庭のベンチで見たわ」
「すっげぇ人気じゃん」
「そ、それはお腹一杯になりそうだね…… それはそうとベルちゃん、何か嫌な事でもあった? 何だか微妙に機嫌が悪そうな顔をしているよ?」
「そういうリオンこそ、連れの竜王の気が立っているようだけど?」
「おっ、分かる!? そうなんだよベルっち、聞いて聞いて~!」
「誰がベルっちよ……!」
リオン達は先ほど起こった出来事を、お互いに話し合った。結果、リオンとラミに求婚をしたエドガーが、それよりも前にベルにも求婚を行っていた事が判明する。
「うわぁ、あの色男ってばベルっちにも求婚してたん? 最悪~」
「ええ、貴女達と同じように唐突にね。もう少し頭の良い男だと思っていたのだけれど、私の勘違いだったのかしら? 勘が外れるなんて、本当に珍しいわ」
「勘といえばさ、その求婚? の話が出た時に、ケルにいとジェラじいがピーンと来ちゃったみたいで、ルミエストに襲来する一歩手前だったんだよ~。メルねえ達が止めてくれたから良かったけど、ベルちゃんの方は大丈夫だった? その、グスタフさんとか」
「ああ、やっぱりリオンの方もそうだったの?」
「えと、もっていうと?」
この時点で何となく察しのついたリオンであったが、一応聞いておく。
「腐っても私やセラ姉様のパパなのよ? 愛娘に対する勘の鋭さは、本当に馬鹿じゃないかってくらい鋭いわ。つまるところ、ここから遠いグレルバレルカでピーンと来て…… あとはまあ、リオンとこと同じよ。放っておいたら海を走って来そうだったから、ビクトール達悪魔四天王が体を張って止めてくれたの」
「よ、よく止まったね?」
「そこはまあ、尊い犠牲を色々と、ね?」
「あはっ、ベルっちの家ってマジバイオレンス~」
「ハルちゃん達としては、全然笑いごとじゃないんだけどね……」
ちなみにグスタフを止めた最後の決め手は、予めベルが用意しビクトールに持たせていた、絶縁警告状であったという。
「お互い、困った親族を持つと大変ね。ああ、そうそう。対抗戦の話はもう聞いたかしら? リオンとラミ、ここにはいないけれど、クロメルも候補者に入ったそうじゃない」
「そういうベルっちは?」
「私が入らない筈ないでしょう?」
「だよね~。えっと、一年生で候補者になったのは全部で七人だよね? 僕達とクロメルで四人、残る三枠は誰なんだろう?」
「順当に考えれば、グラハムは間違いないでしょ。他にパッと浮かんで来る奴はいないわね。うちの寮で言えば、さっきのエドガーとその取り巻き、それとカトリーナが多少マシってレベルかしら。ま、誰にしたって所詮は泡沫候補よ。考えるだけ無駄ね。あいつらにケルヴィンの相手が務まるとは思えないし」
「それな」
「ケルにいもそうだけど、冒険者ギルドのメンバーが本気だもんね……」
「………」
けど、対人戦で一番怖いのはリオンなのでは? なんて事を一瞬思い浮かべたベルであったが、口と表情には出さないでおいた。良い子である。
「候補者が決まった事だし、近いうちに対抗戦メンバーを決める事になる筈よ」
「あっ、そうだよね。一年生の他にも二年生三年生がいるんだし、もっと絞られる事になる筈だもんね」
「どうやって決めるん、ベルっち?」
「そりゃあ、これでしょ?」
ベルは備蓄を頬張りつつ、二人の目の前で拳を固めてみせた。