第65話 続・求婚騒動
リオン達が食堂を去った事で、求婚騒動はひとまず沈静化したようだ。周りの生徒達もこれ以上の進展が望めない事を知り、各々の場所へと戻って行く。それでも話のネタにはなっているようなので、騒動の噂程度は学園に広まるかもしれない。
「あ、あの、シャルルさん? 大丈夫、ですか……?」
「フッ、フフッ…… 僕はバッカニアが誇る褐色の貴公子、シャルル・バッカニアだよ? この程度の回転と衝撃、別に何ともな――― ぁくもなぁ~いかな~!? クッ、この痛み! 左足の古傷が開いてしまったかもしれない……!」
「そんなっ……!」
但し、どうやら未だに騒がしい者もいるようで。エドガーに吹き飛ばされ、回転と共に彼方に消えて行ったシャルルが、食堂の端っこで蹲っていたのだ。シャルルの横にはドロシーの姿もあり、彼の容態を心配しているのか、必死に手当てをしようとしていた。
「わ、私は白魔法の心得がなくって…… い、急いで医務室へ向かいましょう! 立てますか? 肩、お貸ししましょうか?」
「是非に! あと、とっても痛むのでゆっくりでお願いします!」
そう言ってドロシーの肩を借り、ゆ~~~っくりと立ち上がるシャルル。何というべきか、周りからしてみれば、シャルルの下心が透けに透けていた。かつての彼の言葉を借りるとすれば、下心がスケスケ! である。
(ああ、ドロシー君の優しさが心と体に染み渡るよ~。リオン君もこの場にいたら、まず間違いなく僕の事を心配してくれただろうけど、彼女はラミ君に連れて行かれちゃったしね~。うん、こればっかりは仕方ないさ~。そんなに心配しなくても、君の心の内は僕に届いているよ、リオン君♪ ……でも、こうして優しくされたのって、本当に久し振りかも? あの天使のようなリオン君と同じくらい、ドロシー君も優しいんだなぁ。一見地味だけど、こうチラッと顔を覗けば、意外と整っていてあれおかしいな胸の高鳴りが凄い事にもしかして本当に僕怪我したとか―――)
凄まじい速度で思考を巡らせ、新たな恋に気が付きそうになっていたシャルル。しかし、これまた凄まじいタイミングで割って入る者がいた。
「―――やあ、君は確かドロシーと言ったかな? 弱者を救済するその健気な姿勢、余の琴線に触れた。どうだ、余の妻にならないか?」
そう、無敵メンタル王子ことエドガー・ラウザーである。
「うわ、また行ったよ。うちの大将の琴線ゆるゆるだよ」
「し、しかし今回の相手はまあ、かなり妥当なラインな気がしないでもない、か?」
「アクスぅ、女の子相手に何て失礼な事を言うんッスか。不敬つか失礼ッスよ。人間失格ッス。この不敬失礼人間失格マンが」
「ちょっと辛辣過ぎじゃないか!?」
少しばかりの意見の相違はあったが、ベルやリオン達と比べれば脈があると踏んだのか、結局御供の二人は口を挟まず、このまま見守る方向で行くようだ。
「ちょっとちょっと! 君、いきなり現れて何のつもりなのかな? というか、さっき僕を突き飛ばしてくれたのって、確か君だったよね? 謝罪はまだだっと思うんだけどな~? レイガンドの第一王子様は、暴力をそんなに好んでいるのかな~?」
「む? ああ、誰かと思えば、シャルル・バッカニアか。すまないな、軽く押しただけのつもりだったのだが、思いの外にシャルルが軽くて脆くてな。そもそも存在が認知し辛かった。だが、負傷するほどのものではなかっただろう? 足を引き摺っているようだが、本当に負傷しているのであれば、そのような動作はしない。下手な演技は止めておけ」
「は、はぁ!? 演技じゃないんですけど!? 本当に古傷開いてるんですけどぉ!?」
「だから、下手な演技は止めておけと言っている。これでも余は前線での戦闘経験がある。人体の構造、負傷した者の動き方には人一倍詳しいのだ」
「ぼ、僕の人体は人一倍繊細なんですぅ!」
「あ、あの~……」
言い争うシャルルとエドガーの耳に、何ともか細い、小さな小さなドロシーの声が入って来る。彼らはその声を聞き逃さなかった。
「どうしたんだい、ハニー?」
「ハニー!?」
「どうかしたのか、妻よ?」
「つ、妻!?」
同時にグルリと振り向き、同じような台詞を話すシャルル&エドガー。何気に息はピッタリであった。
「い、いえ、私は決してそのような大層なものではなくて、ええと、ええと――― 取り敢えず、シャルルさんを医務室に連れて行きますので……!」
「っと、僕とした事が、色々と早まってしまったようだ。ま、そういう事だよ、エドガー君。僕達は医務室に行くから―――」
「―――待ちたまえ。今日の余は待たされてばかりなのだ。もうそろそろ、直接妻の声を聴きたいと思っていたところでな。ドロシーよ、先に返事を聴かせてはくれまいか?」
「また無視かいッ!? ド、ドロシー君、こんな奴の言う事なんて耳に入れる必要はない。さ、僕と共に医務室へ行こう!」
「あ、あのっ、あのっ……」
シャルルに引っ張られる形で、ドロシーは医務室の方へと歩き出す。この時既にシャルルが普通に歩いていたりするのだが、ドロシーは気付いていないようで。その代わりに食堂を出る寸前になって、彼女はエドガーへ振り返った。
「あ、あの、私は王族の方に見初められるほど、大した女ではありませんので…… えと、平民の出ですし、分を弁えなくちゃいけないと言いますか…… だから、ですので、エドガー様の隣に立つには、相応しくない、です…… では……」
それだけ言い残して、ドロシーは食堂を去って行った。残されたエドガーは、彼女が去って行った食堂の出入り口をただただ見詰めているばかりだ。
「………」
「あ、あの、エドガー様? あまり気にされない方が良いかと。彼女はエドガー様との格の違いを自覚し、自ら妻の座を引いたのです。ですから、エドガー様が気に病まれる事は―――」
「―――本日四連敗ッスね。歴史的快挙ッス」
「ペロナぁ!? お前、いい加減に時と場合というものをっ!」
「余からの求婚を蹴ってまで、人を助け、支えようとするか。フッ、面白い女だ。リオンやベル達と同様に、ますます興味が湧いて来たぞ、ドロシー……!」
「「……へ?」」
エドガーは落ち込んでいなかった。というか、彼の中で妻候補がまた一人増えてしまっただけのようだ。アクスとペロナは顔を見合わせ、またかよと大きな溜息をつく。
(それにしても大将、昔から求婚癖はあったッスけど、ここまで酷かったっけ? 流石に国への影響くらいは考えて、冗談の通じる相手を選んで求婚してたと思うんスけど。うーん、何か違和感があるような、ないような…… ま、いっスかね。考えるのめんどい。帰って寝よ寝よ)
ふとした疑問を抱きかけたペロナであったが、大雑把な性格が災いしてなのか、それ以上に疑問を先に進ませる事はなかった。
「いや~、今日は面白いもんが見れたな。俺もプロポーズする時の参考にするか! 駄目な意味でのな!」
「ハハッ、駄目な方かよ~」
「でぇーきぃーーたぁーーー! 私渾身の作品!」
「そ、そっか。良かったね……」
エドガー達が去った後も、食堂ではちらほらと求婚騒動の話がされていた。こんな面白おかしい場面を見れたのは、運が良かった自分達だけ。そんな特別感に浸るのも、生徒らにとっては気分の良いものだったのだ。
「………」
しかし、生徒達は知らない。校舎の屋上より食堂での一連の様子を覗き見る、大柄な人影があった事を。
活動報告にて12巻の書影を公開中です。
こちら5月25日に発売ですたい。




