第62話 ジャンキーは伝播する
スズと合流し宿の酒場へと向かった俺達は、比較的人気の少ないテーブル席に座る事に。育ち盛りなパウル達の為にも、バランスの良い料理を注文してやらねば。
「ご注文をお伺いしま~す」
「とりあえず、このメニューにあるものを全部三品ずつ」
「へ?」
「「「待て待て待てぇー!」」」
ウェイトレスにそう注文していると、スズを除く三人に一斉に止められてしまった。何だ何だ、一体何ぞや?
「マ、マスター、いくら大の男が四人もいるからって、んな注文の仕方はねぇだろ。俺もパーティで酒場を借り切る時はあるけどよ、流石に注文はテーブルの上に置ける品数に止めるぜ? つか、絶対に食い切れねぇ量じゃねぇか、それ……」
「そうだぁそうだぁ! それに、俺は筋肉に適したものを口にしたい! カロリーの過剰摂取は禁物だぁ!」
「君は野菜をもう少し食べなよ…… って、そうじゃなかった。マスター、一応言っておくけど、今この場にレディ・メルはいないからね? いつものノリでの注文は禁物だよ」
「あ、あー! そうだったな。ついいつもの癖で」
メルがいると来た瞬間から次々と料理が消えて行くから、毎回こうして先手を打っていたんだ。シンジールの言う通り、ちょっと迂闊だった。
「マスター・ケルヴィン! 期待して頂けるのであれば、このスズ! メル様の代理となって全ての料理を消化してみせます! やらせてください!」
「「「「いやいやいや!」」」」
先ほどの三人に俺が加わって、全力でスズを止める。メルの真似をするなんて、S級モンスターの群れの中に単身で突っ込むよりも無謀な行為だ。俺なら初手で白旗を上げるし、デザート魔竜なあのムドでさえ、甘味の大食い勝負で余裕で負かされているんだぞ。
「うう、不甲斐なくて申し訳ありません……」
「人一倍にやる気があるのは良い事だが、たぶんそれは内臓を全部胃に変えても無理だから、真似しなくても大丈夫だ。つか、絶対に真似しちゃいかん」
「あの~、ご注文は~……?」
「ちょ、ちょっと待ってくれる?」
そんなこんなで、取り急ぎ普通に注文を済ます。俺の感覚が麻痺しているんだろうが、料金を耳にした時、食費がこんな僅かな額で済んだ事に驚愕した。えっ、本当にこれだけで良いんですか!? 良心的! と、マジで店員に言ってしまいそうになったほどだ。俺、S級冒険者の稼ぎがあって本当に良かったよ……
「今度は唐突に涙ぐんでいやがるな……」
「また念話とやらをしているのかい、マスター?」
「あ、いや、ちょっと思うところがあってだな。気にしないでくれ」
「それよりもよぉ! さっき言っていた、対抗戦の話を聞きたいぞぉ!」
「ああ、分かってるよ。ちょっと待ってくれ」
分身体クロトに予め用意していた資料を出してもらう。ひぃ、ふぅ、みぃ――― よし、人数分あるな。こいつを四人に配る。配下ネットワークに繋がっていないと、色々とアナログで大変だ。ああ、そうだ。オッドラッドの声がうるさいから、この席の周りに無音風壁も張っておくか。これで周りに情報が洩れる心配もない、と。
「ほい、回してくれ」
「あ、ありがとうございます! ……確か対抗戦に出て来るのって、ルミエストの学生さんなんですよね?」
「ああ、その中でも戦闘力に特化した五人だ。その年によっては教員がチームに加わって、変則的な戦いになる場合もあるらしいが…… まあ、基本は一対一の5セットだと思ってくれ」
「俺らだって西大陸でそれなりに活動してんだ。それくらいの事は知ってるぜ。けどよ、よく今年のルミエストの内情なんか知ってんな? 今在学してるっていう妹がスパイでもして、情報を流してんのか?」
「馬鹿、そんな事をしたらリオンの学生生活が後ろめたい感じになっちゃうだろうが。俺とリオンの間で連絡し合ってんのは、神柱と学園生活に関する事くらいだよ。この情報はシン総長を通して、冒険者ギルドに調査してもらったもんだ。本当なら事前情報なしで本番に臨みたかったんだが、総長が少しでも勝率を高めろってうるさくてうるさくて…… 仕方なく! お前らに情報を開示する事にした!」
「ああ、確かにマスター・ケルヴィンの行動方針とは真逆ですもんね、事前調査って。理解しました、私もとても残念です。自分の力不足が憎い……!」
「何が残念なんだよ、何が……」
俺の心意気に賛同してくれるのはスズだけであるらしい。残念だ、非常に残念だ。願わくばセラやジェラールに絞られているであろう、パブの居残り連中に同志がいますように。あと、そいつらも遠征の基準を早く満たしてくれますように。
「ババっと見て、飯が来る前にさっさと終わらせてしまおう。はい、有力生徒を紹介しまーす」
「や、やる気がねぇ……」
「安心しろ、話す事は話す。まずは今年卒業する事になる三年から。例年通りであれば、対抗戦に出て来るのはほぼほぼこの学年の生徒だったんだが…… 今回の注目株は二人しかいないな」
「二人だけかぁ!? これまたえらく少ないなぁ! ちゃんと肉を食っているのかぁ!?」
「オッドラッド、そこは関係ないでしょ……」
「となれば、ええと…… 言い方は悪いのですが、いつもより生徒の質が低かった、という事でしょうか?」
「いや、質自体はむしろ例年より良い方だよ。首席卒業生候補、そしてルミエスト現生徒会長でもあるメリッサは、歴代の対抗戦代表と比較しても全ての評価が高水準になってる。勉学に秀でて人望に厚く、家柄までも良いと欠点がない。ハイスペックなオールラウンダーと言えるだろうな。彼女の次に評価の高い、ええと、黄金の貴公子……? を自称する男子生徒も、そのメリッサに迫る程度には優秀みたいなんだが――― ぶっちゃけ、この二人に関しては割愛したい。どうせ出て来ないだろうから」
「そうだろうね」
「だろうな」
「かーつぅあーい!」
「比較対象がリオン様やクロメル様ですからね……」
リオンの強さを目の当たりにした、或いは直に体験したシンジール達は直ぐに理解したようだ。そう、優秀と言っても、所詮は学生レベルに毛が生えた程度なのである。
「メリッサや黄金貴公子程度なら、例年通りそこいらの真っ当なA級冒険者にでも任せていれば、余裕を持って対抗戦に勝てていた。だが今年は知っての通り、俺や他のS級冒険者、更には癖はあるがA級トップの実力を誇るお前達までシン総長に招集された。その理由が次のページだ」
上級生の調査ページを早々にすっ飛ばして、メインとなる一年生のページに進ませる。
「今年のルミエストの新入生には、お前達のよく知るリオンとクロメルに加え、セラの妹であるベルが北大陸から留学している。純粋の戦闘力ではベルがトップ、次点でリオン、かなり下がってクロメルといった感じだ。今のお前達の実力は、クロメルとどっこいと思って良い。前にクロメルと好勝負を演じたパウル君は、その辺よく分かっているよな?」
「はっ、どうだかな。だがよ、ここ最近の俺は強くなってるっつう実感に溢れてんだ。次にやったら俺が圧倒するぜ?」
「あ? んな簡単にクロメルに勝てる訳ないだろ? あと怪我させたら俺が相手になるぞ?」
「いや、そこでキレるなよ……」
クロメルの成長力を舐めたお前が悪い。怪我をさせようとしたお前も悪い。
まあ真面目な話、四人のうちの誰かが対抗戦に出るのであれば、クロメルの相手がちょうど良いと思っていたのは確かだ。けど今年は、予想以上に他の新入生もやばい。クロメルでさえ代表入りが怪しいくらいだ。
「あ、あの、マスター・ケルヴィン? この資料、S級冒険者の『氷姫』の弟分で、彼女に匹敵する実力を持つ新入生がいるとか、雷を司る竜王な新入生がお忍び入学してるとか、摩訶不思議な内容になっているんですけど……」
「ん? ああ、全部本当の事だぞ? 更にS級冒険者兼学院長の『縁無』アート、その義理の娘アーチェが教員枠で入って来るかもしれない。ハハッ、こうして見ると豪華な面子だよな。自然と笑みがこぼれるよ」
「「「………」」」
「マママ、マスター・ケルヴィンが招集された段階で、ただ事ではないとは思っていましたが…… まさか、ここまでのお相手が集まっていただなんて! か、感動です! マスター・ケルヴィンと並んで、そのような高名な方々と手合わせできる! それだけで私は、死を覚悟する事ができました! 皆さんもそうですよね!?」
「「「………」」」
「あ、あれ? 皆さん?」
さて、スズのこの反応は予想していたけれど、他の三人はどう出るかな? 雰囲気に呑まれてそのまま固まってしまうのか、それとも―――
「―――ハッ、おもしれぇじゃんか! これで俺様が勝ったら、名実共にS級ってこった!」
「そうだね。言わばこれは、S級に昇格する前に行われるって噂の試練だ。私達は今正に試されている」
「だなぁ! 俺はこのグラハムってのとやり合いたいぞぉ! なかなかに良い肉体だぁ! マスター、俺にやらせろぉ!」
死線を潜れば潜るほどに、それは確かな自信と力、そして苦境を踏破する喜びへと繋がる。どうやらこいつらも、俺の喜びを少しは理解できるようになってきたようだ。指導して来た甲斐が漸く出て来たってもんだ。
「フッ…… その意気や良し! お前らが諦めずに望み続けるのなら、俺がそこまで導いてやる! 圧倒的格上を倒したいか、お前らぁ!?」
「「「「おーーー!」」」」
俺達の心は今ここで一つとなった。
「お待たせしました~。ご注文の料理で――― わっ、うるさっ!?」




