第61話 調査開始
「えーっと、次はルミエストの西側の隣国か。シン総長の調査資料じゃ、A級程度の討伐対象が一件発生しているな。お前らー、日が暮れる前に辿り着いて、ついでにそいつを倒すぞー。気張れー」
「ハァッ、ハァッ!」
「こ、この走り方を維持するのは、あまり私らしくないと言うかぁゲホゲホっ!」
「シンジールさん、走りながら喋ると直ぐ息切れになってしまいますよ? 呼吸は一定のリズム、走る時は無駄な動作をしない事を心掛けてください」
「りょ、了解だよ、レディ・スズ……!」
「うごぉぉぉ! 筋肉が重ぉーい!」
リオンより神柱行方不明の連絡を受けた俺は、パウル、シンジール、オッドラッド、スズを連れてルミエスト周辺地域を回っていた。神柱の調査はもちろんの事、こいつらの鍛錬も兼ねているので、移動は全て自らの足だ。ダッシュダッシュ、もう一本ダッシュと、四人の速度に合わせて全力疾走が基本である。目指すは一日バトル漬けになっても尽きない体力! そして全ての基礎となる屈強な足腰! さあ、走れ走れ。走るほどにお前達は、強く逞しく美味くなるぞ!
「むっ、予定よりもちょい遅れ気味か? お前ら、スピードアップ! あの太陽に向かって走りまくれ!」
(((し、死ぬ! 死んでしまう……!)))
何やらパウル達の心の声が聞こえて来た気がしたが、俺にそんな能力はないので、恐らく本当に気のせいだろう。何よりもこいつらは今、強くなる喜びを一身に浴びているところなんだ。弱音を吐く暇なんてないだろうさ、ハッハッハ。
「ふ~、ハードです……!」
「「「うげぇ~~~……」」」
「あ、あの、お連れの方々は大丈夫ですか? 休憩所くらいなら、お貸し致しますが……」
とある関所にて身分証明をしていると、パウル達の休憩姿を見かねたのか、兵士の一人が気を遣ってそんな事を言ってくれた。
「いえ、どうぞお構いなく。これも鍛錬の一環ですので。それに時間も押していますので、このまま討伐対象となっているモンスターの巣へ向かおうと思います。全速前進です」
「さ、流石はS級冒険者、迅速な対応助かります。 ……えと、何か面白い事でも?」
「はい?」
「い、いえ、とても良い笑顔をされていたので」
「おっと、これは失礼。これは癖みたいなものでして」
「そ、そうですか。では、どうかお気をつけて……」
いかんいかん。次の遠足地が楽しみで、また無意識に笑っていたようだ。さっきの人、どことなく引いていたような気もするけど、きっとこれも気のせいだろう。全く害のない笑みだと専らの評判だし。S級冒険者たるもの、些細な事に動揺していてはならないのだ。
しかし、今更ながらS級冒険者の権限というものは結構なものだな。冒険者ギルド支部を領土内に置く大体の国は、ギルド証一つで通れてしまう。東大陸では事前の申請や転移門の利用、奈落の地、北大陸ではそもそも無断でお邪魔する事が多かったから、今まで実感がなかったよ。
「良し、ここの関所も無事通過だ。さっ、お前ら! 今日十ヵ所目となる楽しい楽しいピクニックへ、早速出発しようじゃないか!」
「マスター・ケルヴィン! 発言の許可を!」
「お、おう?」
そう言って、ビシッと敬礼しながら許可を求めるスズ。忍者でなければ、拳法っぽくもない。何だ、そのセラに操られた連中みたいな立ち振る舞いは? さてはセラめ、妄信しがちなスズに変な事を吹き込んだな? 後でスズの誤解を解いておかなければ。
「別に俺の許可なんて要らないって。で、どうしたスズ?」
「はい! パウルさんにシンジールさん、オッドラッドさんが倒れました!」
「えっ?」
「「「………」」」
スズが示す方向を見ると、確かに三人が仲良く川の字になって倒れていた。
「あー、マジな限界だったのか…… いや、初の遠出で九ヵ所も回れたんだから、よくやったと褒めるべきだな。スズ、俺がパウルとオッドラッドを担ぐから、次の街まで一番軽いシンジールを背負ってもらっても良いか?」
「そ、そんな、マスター・ケルヴィンのお手を煩わせる訳にはいきません! 私がまとめて皆さんを背負います! 私、まだまだ元気です!」
ムンッ! と、自らのやる気の高さをアピールするスズ。但し、その足は若干ふらついている。無理をしているのが丸分かりだ。
「……誰かが限界を越えたら、他の面子も休息に入る。今までもそういう方針でやって来ただろ? それにだ、スズにまで倒れられたら、俺が四人を担ぐ事になるのを忘れられたら困るな」
「サ、サー! 了解です! わがままを言って、申し訳ありませんでした!」
再びビシッとした敬礼をするスズ。うん、素直に分かってくれたのは嬉しいけど…… マスター呼称の時みたいに、シンジールやパウル達にまで伝染しないうちに止めさせないとな、これ。
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近場の街に到着した俺とスズは、その足で宿屋へ向かう事にした。俺ら野郎共用の大部屋が一室、女性であるスズに一人用の部屋を一室借りる。その際、従業員に気を失ったパウル達の事を心配されたが、美味い飯を食えば回復すると笑いながら答えておいた。
「そそそ、そんな! 私は大部屋の方で構いませんから、マスターこそ個室の方に!」
「はいはい、これが部屋の鍵なー。こいつらが気が付いたらドアをノックするから、それまでは自由行動という事で。じゃ!」
「マ、マスター!?」
強引に個室の鍵を渡し、さっさと三人を引き摺り部屋へと入ってしまう。スズは自分をもう少し客観視できればなぁ。
『―――そんな訳でさ、今日は一泊してくるよ。明日一番に予定していた討伐対象を何とかして来るから、帰るのはそれからかな』
パウルらを部屋のベッドへ放り投げ、一先ずパブに滞在しているエフィルに念話で連絡。今日は帰れない事を伝えておく。
『承知致しました。明日に備えて、栄養満点の食材を購入しておきますね』
『いやいや、だから無茶するなって。いつも言ってるけどさ、こんな時くらいはゆっくりしてくれ』
『で、ですが―――』
そんないつものやり取りをエフィルと暫くし、念話を切って一息つく。今日はそれなりに満足のいく一日だった。けど、それはあくまで俺個人の話。シン総長が提供してくれた依頼、その討伐モンスターはどれもS級には届かず、神柱関連の収穫はほぼなしと言って良い。ルミエスト周辺をいくら回っても、それらしい目撃情報や噂話を得る事もできなかった。誰にも気付かれる事なく隠れているのか、それとも神柱の中身を取り出した何者かと共に行動しているのか――― ううーむ、謎は深まるばかり。クロメルの時みたいに、向こうからやって来てくれれば有り難いんだが…… まあ、流石にそんな都合の良い事はないよな。うん、ないない。
「うっ…… こ、ここは、どこだ……? うぷ! すっげぇ気持ち悪い……」
「フフッ、おっきな川が見えるよ…… その向こうで手を振ってるのは…… マダム!?」
「全身の筋肉が悲鳴を上げているぜ…… これで、明日の俺はよりマッソォ……!」
「おっと、気が付いたか三人とも」
個性豊かな起床をするパウル達に対し、しっかり飯が食えるように回復魔法の諸々を施してやる。これで良し、スズを迎えに行くとするかな。
「あんだけひでぇ気分だったのに、今は頗る寝た後みてぇに爽快…… 今更だけどよ、マスター・ケルヴィンの魔法って信じられねぇ性能だよな」
「その信じられない域にまで達してもらわないと、S級冒険者になれない事を忘れないでくれよ? 俺の場合は魔法が主体だけど、他のS級冒険者だって同じかそれ以上に厄介な能力者ばかりなんだ」
「うぐっ……」
「道は遠いねぇ……」
「フゥハハ! 案ずるな、今日のように筋肉を増やしていけば、いずれS級に相応しい最強の肉体になるぞ!」
ゴルディアーナ並みの筋肉ってなると、余裕でセラ以上って事になるんだが…… ま、ネガティブよりかはポジティブな思考の方が良いか。
「それはそうとお前ら、対抗戦の情報をピックアップして来たから、飯を食いながら共有しよう。まずはスズと合流だ」
5月25日に次巻発売予定です。
もう12巻だぁ。