第57話 大国の思惑
それから成績の見せ合いっこを終えたリオン達は、このまま食堂で共に食事をする事となった(戦闘不能となったシャルルは医務室へ、ベルを勧誘していた者達は解散済み)。寮は違えども同じ新入生同士、交友を深めたいというリオンたっての発案である。
「へ~、グラハム君ってデラミスのリフィル孤児院出身なんだ。ケルにい――― 僕のお兄ちゃんがコレットと一緒に行った事があるって、前に聞いた事があるよ」
「ほほう、それは奇遇――― というよりも、『死神』ケルヴィン殿とデラミスの巫女殿の蜜月は、孤児院でも噂になっておりましたからな。共に来られたのも、当然と言えば当然でござる」
「み、蜜月!?」
「その通り。それまで男気のなかった巫女殿が、精悍な顔つきの男子を連れて来たとなれば、孤児院のシスターや童達が噂しない筈がない。拙者は一年ほど前に孤児院を卒業したのじゃが、里帰りをした際に嫌というほどその話を聞き申して。今や孤児院に死神殿と巫女殿の仲を知らぬ者はおらんぜよ」
「そ、そんなに噂になってるんだ……」
昔からコレットと関わりのあった孤児院の者達からすれば、彼女が男を連れて来た事はそれほど衝撃的だったのかもしれない。というよりも、噂自体は何も間違っていないので、訂正の必要がそもそもない。ベルなどは吐き捨てるように、「不潔ね」と呟いている。
「フハハ、まあ子供達の中には巫女殿に恋をしていた者もおりましたから、それだけ噂が広まるのも早かったのでござろう。しかしながら相手はS級冒険者、その者らも今ではすっかり諦め、新たな恋を探しておる。まあ拙者としては諦めず、そのまま高みを目指して欲しかったのじゃが…… それもまた青春でござる!」
最後にグラハムが良い話風にまとめた。が、一方で集った者達のうち何名かは、その恋を諦めたのはある意味で正解だったと、心の中でコレットのトリップ顔を思い浮かべながら、そう思っていた。
「またまた、そんな言って~。グッちも巫女に恋していたんじゃないの~? ほらほら、本当のところを言ってみ、言ってみ?」
「それはないでござる。拙者はシスター・アトラ一筋でござる」
「アトラ? へえ、それが誰だか知らないけど、グッち一切照れないじゃん。覚悟決まってる~」
「かたじけないでござる~」
ラミに合わせて語尾を伸ばすグラハム。意外とノリが良いらしい。
「あれ、それじゃあもしかして、グラハム君ってエレンさんの事も知ってるの?」
「知ってるも何も、シスター・エレンは孤児院の母、つまりは拙者の母様じゃ。リオン殿はご存知だろうが、母様は色々あって暫く行方不明となっていた。じゃけぇ、ルノア姉さんとアシュリー姉さん――― 冒険者風に言うと、『氷姫』のシルヴィア姉さんと『焔姫』のエマ姉さんが見つけ出してくださったのだ。いやはや、拙者も世界を巡って探していたのじゃが、姉さん方に先を越されたっちゃ。尤も、一件落着に変わりはない。拙者は満足しているでござる」
どうやらシルヴィアとエマがトライセンを離れてエレンを捜していたのと同じく、グラハムも独自にエレン捜しを行っていたようだ。成績を見る限り、グラハムの運動能力はリオンに次いでいる。それだけの実力を有しているのだろう。リゼア帝国で政治に関わっていたエドワードもそうだが、あの孤児院の出身者は大物が多いのかもしれない。
「ヒソヒソ……(あ、あの、クロメルさん…… 先ほどから大国の重鎮の方や、名高い冒険者の方々のお名前がバンバン出ているのですが……)」
「ヒソヒソ?(へ? えっと、パパ達の事ですか? パパはパパですし、コレットさんやシルヴィアさん達はお友達ですよ?)」
「ヒソー!?(ぱぱともぉあぁー!?)」
ドロシー、器用にヒソヒソ話に興じる。これもオール50位を成した故の技なのだろうか?
「母様は破天荒な方でな。拙者が童であった頃は、よく姉さん方と一緒に絞られたもんじゃけい」
「あはは、すっごく楽しそう」
「然り、大変楽しいものであったぞよ。発見の知らせを受けて里帰りした際は、柄にもなく幼き頃に戻った気分じゃった。だが、真に驚くところはそこではなかったんでござる。なんとその時、母様以上に凄まじい御仁が孤児院に居てな、この世のものとは思えぬ強さを身に纏っておられたのだ。遊戯の延長で試合を申し込んだのじゃが、拙者と姉さん方が束になっても敵わなかったんぜよ。いやはや、世界を巡ってそれなりの力を身につけたつもりだったが、拙者はまだまだ井の中の蛙であったようだ」
「あー……」
またまた集った者達のうち何名かが、とある黒髪最強勇者の顔を想い浮かべる。エレンとセットという事で、孤児院に居たのも納得だ。リオンやベルとて、あの勇者を相手に勝つのは至難の業、というよりも決戦の時に勝てたのが奇跡に近かった。グラハムがシルヴィア達と組んで挑んだとしても、固有スキルを封じていない時点で勝利するのは難しいだろう。
「まあそんな衝撃を受けたのもあって、また一から自分を磨き直そうと思ってな。この学園に通おうと考えたのも、その要因が大きいのでござる。幸い、エドワード兄さんに勉学を教わっておったから、試験自体は全く問題なかった。そして不足している金銭や推薦については、伝手を探してトラージのツバキ殿に行き着いたという訳よ」
「わあ、ツバキ様も太っ腹だね!」
「まったくでござる。卒業後にトラージに仕えればそれで良いと、就職先まで提供してくださったのだ。聞けば、姉さん方も今はトラージに席を置いているらしい。フフッ、また姉さん方と肩を並べる時が来ようとは…… このような好条件、他ではあり得んぜよ!」
「あ、ああー……」
つまるところ人材至上主義のツバキらしい、強引な勧誘だった。
「ところで、ラミ殿はガウンの獣王レオンハルト殿より推薦を受けたと伺っているでござる。貴殿はどのような思いで、この学園都市へ? レオンハルト殿と言えば、獣人でありながら奸智に長けていると聞く。やはり、何か深い訳でもあるで候?」
「え、私? ううん、私はただ暇してたから、かな~? リーちゃんがルミエストを受験するって、たまたま友達のサラっちから聞いてさ。何それ学園生活とか超絶私向けじゃんとか思って、とりまレオちゃんの家に行ってお願いしたんよ。それでオーケー出た感じ」
超絶中身のない理由であった。
「わあ、獣王さんも親切さんなのですね」
「うんうん、超話が分かる奴だった~」
クロメルとラミがほんわかと話をする。
(あ、あの獣王様が!? そんな事ってあり得る、のかな? 雷ちゃんに対して、何か見返りを要求している風でもないし…… 怪しい、絶対に怪しい……!)
その一方、かつてレオンハルトの対人指導を受けた経験のあるリオンは、善意の裏に何かがあると熟考していた。
実際のところ、ガウンとルミエストが強い関係を保てば、祭りや自国の店舗出店、宣伝を行い入学金以上の金が回収できると、算盤を弾いた獣王はそう結論付けていたようだ。現在もルミエスト郊外で行われている宴にも、絶賛ガウンの屋台を出店中である。
「……リオンにグラハム、ついでにラミ。ちょっと良いかしら?」
話が盛り上がる中、不意にベルが三人に声を掛ける。
「む?」
「どうしたの、ベルちゃん?」
「何で私だけついで?」
「ついではついでよ。今日の深夜、学舎の中庭に来なさい」
「「「学舎の中庭?」」」
「そ、大きなモニュメントがあるから、直ぐに分かるわよ。寮は上手く抜け出して来なさい。当然、拒否はできないからね?」
笑顔のベルを見て、三人は揃って首を傾げた。




