第55話 学生証の秘密
シエロ寮にて一悶着が起こってから、暫くして。太陽が真上へと昇り、時刻はお昼時となる。
「リーちゃん、食堂へ行こう!」
「わわっ!?」
「ら、雷ちゃん!?」
ガチャリと勢いよく扉を開けて、リオンとドロシーの部屋へと突貫して来たのは、ラミ・リューオであった。引っ越し作業が漸く終わり、綺麗になったと一息ついた瞬間のこの展開だ。ドロシーはもちろんの事、流石のリオンも驚きを隠せない様子である。
「おっと、そっちの子はリーちゃんのルームメイト? 良いねぇ、素朴でバリ良いじゃん! 磨き甲斐があるよ! これからの学園生活、私やリーちゃんと一緒に輝いて行くしかないっしょ!」
「え、え、え?」
「も~、雷ちゃん? さっきもだけど、話と行動が唐突過ぎるよ。シーちゃん、意訳するとね、私とも仲良くしてほしいです。友達になりませんか? って、言ってるんだよ」
「そ、そうだったんですか!?」
「目指す先はBFF~」
「将来的に親友になれれば嬉しいな、だって」
「え、ええー……」
言葉は通じるのに、意味が理解できない。そんな不思議なラミの言葉遣いに、ドロシーは翻弄されっ放しであった。ともあれ、リオンの翻訳もあって自己紹介は無事に終わり、勢いのままラミの言う食堂へと行く事に。
「ここがそうじゃん!」
ラミの案内で辿り着いた先には、それはそれは建物が巨大かつ、何もかもがスケールの大きな――― まあ、端的に言ってしまえば凄い大食堂があったのだ。ルミエストに来てからというもの、そういった規模の施設ばかりを目にする為、段々と感覚が麻痺してくる。
「わあ、おっきい! これって食堂って言うより、高級レストランなんじゃ?」
「えと、利用者よりも料理人さんやウェイターの方が多いような……」
「細かい事は気にしなーい。ま、それだけの学費を払って、それだけ未来を期待されてるって事っしょ。知らんけど。あ、私肉が食べたい、肉肉!」
「え、雷ちゃんって肉食べるの!?」
リオン、竜が肉を頼むという眼前の光景に、今日一番の驚きを表してしまう。
「うん? そりゃ食べるでしょ、むしろ主食っしょ。私はドラゴ――― ううん、食べ盛りの乙女なんだし? 肉食がデフォと思ってくれて良いよ。あ、食的な意味じゃなくても肉食だけどねー」
「あ、あれっ? もしかして、肉食が普通? 言われてみれば確かに、他の竜が肉じゃないものを食べてるところって、あまり見た記憶がないような…… 火山の時に、ボガもお肉を食べてたし……」
「んー? 変なリーちゃーん?」
竜の主食は野菜に糖分、それが常識だと思い込んでいたリオン。だがしかし、よくよく考えてみるまでもなく、そんな常識は最初から存在しないのだ。身近にいた野菜好きと甘党は、あくまで例外中の例外扱いなのである。
とまあ、そんなリオンショックを挟みつつも、三人はウェイターに注文を済ませる。ラミは宣言通りの肉と肉の肉料理、リオンは小盛りの定食的なセット料理を、ドロシーはスープとサラダを頼んだようだ。
「ええっ、二人ともそれで足りるの!? 代金は学費でもう払ってるようなもんだし、いくら食べてもおけなんだよ? もしかしてダイエット中とか?」
「ううん。僕は小食だから、これでも多いくらいだよ」
「私もこれで十分過ぎるくらいなので。村では寒波の際に一食抜く時もありましたし、口にできるものがあるだけありがたいです」
「はえー、リーちゃんの胃の小ささは噂に聞いてたけど、シーちゃんはシーちゃんで苦労してたんだ~。マジリスペクト」
「あの、僕の噂って一体どこから…… ま、まあいっか。そういえば、シーちゃんってどこの出身なの? ちなみに僕は東大陸のパーズ」
「私はガウンになるのかなー、一応? うん、ガウンガウン―――」
ラミは自らにそう言い聞かせるようにして、ガウンの名を連呼している。ガウンの推薦を経てここに来ている筈なのだが、どうも本人はその自覚がほぼないらしい。
「私は氷国レイガンドの、えと…… 辺境の村の出身です。貧乏と貧困で名前もないような村でして、お恥ずかしい限りなのですが……」
「レイガンドって事は、エド君と同じ国の?」
「エド君ですか……? あ、ああー、エドガー王子! いえいえいえ、括りとしてはそうなるでしょうが、そう言われると恐れ多いですよ……」
自分はもちろん知っているが、あちらは自分の存在なんて知らないし、眼中にもないだろうと断言するドロシー。
「そんな事はないんじゃないかな? そんな状況からルミエストに入学できたのって、逆に凄い才能だと思うけど。僕なんてケルにいや周りの人達に沢山助けられて、やっと入学できたって感じだもん」
「だよねー、私もリーちゃんの意見に賛成かなー。ぶっちゃけシーちゃん、入学金とか推薦とか、全部自力で何とかしたんでしょ? やっぱマジリスペクトだわ」
「いえいえいえいえいえいえ! 本当にそんな事はないんです! たまたま私の運が人生で一番のツキを呼び寄せたのか、村に立ち寄ったとある方の目に留まって…… それから学園都市を勧められて、入学に必要なものを何から何まで用意してくれたんです。だから私、学園を卒業して立派になって、その方にお礼をして、それから故郷の村の役にも立ちたいと思っているんです」
「へ~! でも、それはそれで凄くない? そこまでシーちゃんに尽くしてくれる人がいるって事っしょ? 凄くない?」
「うんうん! あと、その人にそこまでの才を見出させたシーちゃんも凄い!」
「で、ですから凄くないんです……! 本っ当にみそっかすなんです……!」
凄い凄くないと、延々と言い合い続ける三人。傍から見ても、その争い(?)は切りがなかった。
「うへー、見かけによらずマジで強情。なら、これで確認しよっか」
そう言ってラミが豊満な胸元から取り出したのは、今朝入学式で貰った学生証だった。
「それって学生証?」
「そ、二人も持ってるっしょ? 私、結構こういうアイテムは使い慣れてんだよね~。あの式の最中に色々試してさ、面白い機能見っけたりして~」
「雷ちゃん、式の最中だよ。式の最中」
「フフン、私としては寝なかっただけ大健闘だし。ま、学院長の話が意外とウケたってのもあったけど」
試験中に寝ていた猛者が、入学式の最中に寝なかっただけ奇跡。暗にラミはそう言いたいらしい。
「って、メインはそこじゃないし。ほら、この学生証。ここに魔力をこう篭めると~―――」
ラミが僅かに魔力を流すと、波紋が広がるようにして学生証の表記に変化が生じた。
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氏名:ラミ・リューオ
入学試験成績(合格者100名中)
・筆記試験 100位
・運動適性 1位
・表現能力 22位
・面接試験 89位
・総合点数 47位
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そこに映し出されたのはラミの入学試験の成績だった。筆記と運動の落差が実に酷い。いや、酷過ぎる。
「こ、これって……!」
「試験の成績、みたいな? この学生証の使い方はまだ説明されてないけど、自分の順位は確認できるみたいなんだよね~。これを使ってさ、二人の成績も教えてよ。もう合格しているんだし、見せ合いっこしても問題ないでしょ? ね、ね?」
ラミに押し切られ、結局リオンとドロシーも試してみる事に。
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氏名:リオン・セルシウス
入学試験成績(合格者100名中)
・筆記試験 37位
・運動適性 3位
・表現能力 1位
・面接試験 1位
・総合点数 3位
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「おおー! リーちゃん、超、ゆー、しゅー!」
「ラ、ラミさんの運動適性に驚きましたけど、リオンさんも凄い……! と言いますか、あと少しで首席じゃないですか!? こ、これからはリオン様とお呼びした方が良いでしょうか……?」
リオン、ドロシーの申し出を丁重に断る。そして、最後となるドロシーの番が回って来た。
「えと、こう…… で、しょうか?」
「そそ。さ、何が出るかな、何が出るかな~?」
「わくわく!」
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氏名:ドロシー
入学試験成績(合格者100名中)
・筆記試験 50位
・運動適性 50位
・表現能力 50位
・面接試験 50位
・総合点数 50位
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「「ッ!?」」
「ああ、やはり御二人よりも下でしたか。私なんて突出したものが何もなくて、成績もこんなものでして…… あ、あれ、御二人とも?」
偶然とは思えない奇跡的な順位に、思わず言葉を失ってしまうリオンとラミ。逆にドロシーが一番凄いのでは? と、率直にそう思うリオンらであった。
2月25日に『黒の召喚士』11巻が発売されます。
よろしくお願い致します~。