第49話 トラージ推薦枠
ルミエストの入学式は毎年講堂で行うのが恒例となっている。今年もそれは例外ではなく、新入生達は会場となる講堂へ続々と集結していた。リオンらも会場に入り、今は受付にて本人確認をしているところだ。
「おはようございます。お名前と合格通知の提示をお願いします」
「はい! リオン・セルシウスです!」
「クロメル・セルシウスです」
「ベル・バアルよ」
「シャルル・バッカニアさぁ」
約一名、その後に転びながらついて来た者も、無事に合流できた様子だ。
「はい、確認できました。それでは皆さんに、こちらの学生証をお渡し致します。今後本人確認をする際はこちらで行う事になりますので、紛失しないようにお気を付けください」
受付担当より学生証を受け取る四人。学生証はやや厚いくらいのカードで、顔写真や名前などといった記載は何もない。ルミエストの校章と風変わりな文字が記されているだけだ。リオンやクロメルはもちろん、ベルもその文字を読む事はできなかった。
「あの、学生証に書かれているこの文字は?」
「我が学園が独自に生み出した紋章文字です。そちらの説明はまた後に行う事になっていますので、今は指定された席の方へ移動してください」
「「はーい」」
「こちらが講堂内の席順です」
続いて席順表の記された紙がそれぞれに渡される。
「んー、皆バラバラの位置だね」
「残念です……」
「おっと、僕とリオン君の席は心持近いね。これは教官方も僕達の事を応援している、そう受け取って良いのかな?」
「へ?」
「リオン、無視なさい。時間と労力の無駄だから」
「あれ? ベルさんの席、他の方々とは違って、先生方の方にあるような……」
「気のせいよ、気のせい。さ、行くわよ」
広い講堂には既に何十名かの新入生が着席しており、隣り合った者達同士で軽く会話をしている光景がよく見られた。在校生は入学式に参加しないのだが、関心のある者は学園に許可を取って見学する事ができる。リオンとクロメルがチラリと二階席を見上げると、ちらほらと上級生らしき者の姿を発見。全身黄金色の制服を纏った生徒が特に目を引いたが、二人は何も言わずに何も見なかった事にした。
「じゃ!」
「では」
「アデュー!」
「ハァ……」
席がバラバラである為、三人+αはここで一旦お別れ。各々に指定された席へと移動する。
「あそこかな?」
リオンの席の隣には、既に新入生らしき女の子が一人座っていた。栗毛色の髪をした大人しそうな少女である。が、キョロキョロと頻りに辺りを見回しており、凄まじく緊張しているのが直ぐに見て取れた。
「やっ、隣失礼するね」
「へ? あ、はは、はいっ! ど、どうぞ!」
「ありがとう! 入学式って緊張するよね~。僕はリオン、よろしくね」
「そ、そうですよね。あ、私、ドロシーっていいます。よよ、よろしくお願い致しますすす……!」
「ドロシー? ドロシー、ドロシー、ドロシー――― じゃあ、シーちゃんだね!」
「シ、シーちゃん!?」
「そう、シーちゃん。僕の事も好きに呼んで良いよー」
それからリオンは緊張し切ったシーちゃんをリラックスさせ、瞬く間に彼女と仲良くなってしまった。出会いから数十秒、早くも会話に花を咲かせている。
(ふふん、僕は空気だって読める色男だからね。見目麗しい女の子達が友情を育もうとしているところに割って入るなんて、全然スマートじゃな~い事はしないのさ! 今はこの光景を目に焼き付けて、視覚的に愛でるとするよ! フフフフ……)
リオンの二席分後ろの席では、シャルルがそんな事を考えながら目を輝かせていた。彼の隣に座る男子生徒がかなり引いた様子だが、そちらには全く気付いていないようである。
一方、そんなリオンの周辺から離れた場所に席を指定されたクロメルも、自らの席に無事着席していた。が、ここである問題が発生する。
(ええっと、んー! ま、前が見えません……)
クロメルの前の席には、眼鏡をかけた男の新入生が座っていた。きっちりと髪を七三に分け、大変理知的なルックスをしている。ただ、彼にはそれ以上に特徴的な特徴があった。 ……途轍もなく巨体なのである。
(でっかいです。ジェラールさんやセラさんのパパさんくらいの大きさ、でしょうか?)
座っている彼の背中は、歳相応に小柄なクロメルにとって壁に等しい。そんなクロメルが背伸びをしながら立ったところで、前なんて丸っきり見える筈がなかったのだ。
「あら、クロメルさん、どうかしましたか?」
「え? あ、ミルキー先生」
クロメルが困った顔をしていると、不意に何者かから名前を呼ばれた。振り向くと、そこには教官用の制服を纏った女性が立っていた。彼女の名はミルキー・クレスペッラ、クロメルの面接試験にて試験官を務めた女教官である。
「その、私の背がちっちゃくて、前が見えなくて、です……」
「前が? ああ、前の席が巨漢のグラハム・ナカトミウジ君だから、高さが足りないんですね。ごめんなさい、この席順を決めた担当の頭に欠陥があったみたいです。こんなにも可愛いクロメルさんを困らせるなんて、本当に困った奴ですよね。というか、クズです。そいつはクズ。ですがご安心を、後で私がお灸を据えておきます。良い感じに髪の毛を全部刈り取って来ますから」
「そ、そこまでは困っていませんよ!?」
ミルキーの素敵だけど、どこか怖い笑みに圧倒されるクロメル。
「……失礼。もしや、拙者が邪魔でござったか? 無駄に大きくて申し訳ない」
クロメルとミルキーの会話に気が付いたのか、巨大なる男子生徒、グラハムがクルリと振り向く。巨漢が振り向くインパクトも凄まじいが、それ以上に口調が想像の斜め上をいっていた。よって、クロメルがダブルで驚くダブルインパクトが発生する。
「ご、ござ、ですか……!?」
「おっと、重ねて驚かせてしまったか。この喋り方は水国トラージ古来のもの、聞き慣れないのも仕方ありませぬ。いや、ござりませぬ?」
「……? えと、もしかしてその口調、喋り慣れていないのですか?」
「あっぱれ、その通りじゃ」
「ミ、ミルキー先生ぇ……」
「クロメルさん、どうか落ち着いてください。彼はこんな威圧的な形でこんな変な口調ですが、中身はとても真面目で優秀なんですよ、中身は。なんとこのグラハム君はトラージの姫王、ツバキ様から推薦を受けた新入生なのです」
「トラージの! それは凄いです! でも、あれ? グラハムさんはトラージの方とは、ちょっと雰囲気が違うような……」
クロメルが改めてグラハムを観察する。グラハムの髪色は青、肌色は白と、日本人を基本とするトラージの人種とは、どう見ても異なっていたのだ。
「ええ、色々と込み入った理由がありまして。クロメルさんの仰る通り、グラハム君の生まれや育ちはトラージではありません。色々な事情を経て行き着いた結果、今はトラージ古来の方言を練習している最中なのです。よくよく聞けば言葉の意味は分からなくもないので、どうか口調に触れる事なく普通に接してあげてください」
「教官殿、簡潔なる説明、誠にかたじけない。つまり、そういう事なのじゃ。よろしくお願い致す」
「な、なるほど、です? えと、よろしくお願いします」
ミルキーを仲介して、奇妙な知り合いができてしまったクロメル。ただ、グラハムと席を交換してもらったので、ちゃんと前が見えるようにはなったようだ。
「そろそろ式が始まりますので、先生は自分の席に戻りますね。では~」
「ありがとうございました、ミルキー先生」
「苦しゅうない、いや、かたじけない?」
ミルキーが去り暫くすると、講堂内に入学式開始のアナウンスが鳴り響いた。