第44話 我流
俺の掛け声と共に動き出す二人。開始線からの距離はやや遠く、肉弾戦に持ち込む為には距離を詰めなければならない。が、手合わせの結果は思いの外早くに出た。
「―――勝負あり。ここまで力の差があったとはな」
「ありがとうございました。 ……ハァ~~~! か、勝てた……! ケルヴィン様の前で、良いところを見せられた……!」
「……マジか」
「オ、オッドラッドが一撃とは、とんだレディの登場だね」
手合わせの勝者はスズ、開始数秒での勝利であった。但し、オッドラッドも何もできなかった訳ではない。内容を思い返すとこんな感じ。
『蜂刺針!』
模擬戦が開始されるや否や、オッドラッドはその場で右腕の人差し指を力一杯に突き刺し、スズへとそれを向けた。開始位置からではまず届かないであろう突き刺し、しかしオッドラッドの狙いは直接攻撃などではなく、意外な事に遠距離からの攻撃だった。異様に発達した筋力によって生じるは、不可視である空気の塊。オッドラッドはそれを、正面へと駆け出したスズへと放つ。
やたらと筋肉を強調していたというのに、初手に使った技はなかなかにテクニカル。これには良い意味で俺も驚かされた。しかしこの技、どこかで見覚えが。そんな思考をしているうちにも、空気弾はスズと衝突しそうだ。
『柳』
衝突する間際、スズの姿が一瞬ぶれた。オッドラッドの空気弾はそんなスズを通り抜け、彼女に何の衝撃を与える事もなく、そのまま過ぎ去ってしまう。
『ぬうっ!?』
躱す、或いは弾き飛ばされる。予想していたとしても、オッドラッドの考えはそんなところだったのだろう。何事もなかったかのように迫り来るスズに対し、オッドラッドは驚きの表情を作っていた。ちなみに空気弾は背後の壁とぶつかり、それなりの衝突音をしっかりと鳴らしている。威力が伴っていない訳ではないようだ。
またその一方で、スズの前進速度はかなり速い。オッドラッドの初手が不発となった時点で、二人は互いの拳が届く間合いに入っていた。
『ならばこれだぁ! 怒鬼烈滅拳!』
『お、おい、それはやり過ぎだよ、オッドラッド!』
観戦席から立ち上がり、そう声を上げるシンジール。となると、この技はオッドラッドの必殺技って事だ。だが、オッドラッドは止まらない。これまたどこかで聞いた事があったような気がする技名の、オッドラッドの拳によるラッシュ攻撃が開始された。単発だけでも十分に強力な打撃を、怒涛の勢いで繰り出し続けている。先の攻撃がスズに通じなかったのを見て、彼女であれば遠慮はいらないと判断したらしい。そして、その判断は正しかった。
『円』
降り注ごうとされていた猛撃を、スズは手で円を描くように超高速で動かし、その全てを外へと弾いたのだ。見るからに武の技であるそれを間近で目撃し、オッドラッドの顔が引きつる。スズは今や、オッドラッドの眼前だ。
『雷』
天から地に落とされるようにして、スズの踵落としがオッドラッドの頭部へと見事に決まる。動作の大きい筈の攻撃だというのに、その攻撃速度はオッドラッドの連続技よりも数段素早い。俺が勝負ありの掛け声を言い放つ頃には、オッドラッドの顔面は深々と床に埋まる事態に――― というのが、この腕試しの一連の流れだ。
終わってみれば当初の予想通り、スズの圧勝。しかし、この腕試しで得た収穫は非常に大きい。ここまで圧倒されては、オッドラッドも今後文句は言えなくなるだろうし、彼の戦闘スタイルの目指す先も見えた。敗北したとはいえ、オッドラッドはオッドラッドで将来性のある力を持っている。
そして見事勝利してみせてくれたスズは、完全に今回のダークホース的存在になった。スズのステータスは『隠蔽』スキルで隠しているのか、その能力値を俺の『鑑定眼』で見る事はできない。この時点で若干ワクワクしていた訳であるが、蓋を開けてみても満足するものだったのだ。現状、候補者達の中で頭一つ、いや、それ以上の実力を有していると断言できる。扱う技も興味深いものばかりだ。
「オッドラッド、大丈夫か?」
顔面が埋まっているオッドラッドを起き上がらせ、魔法による回復を施す。どうやら意識はあるようだ。
「……パワーで負けたとは思わねぇ。いや、パワーだけなら、俺が圧倒的だった筈だ。だが同時に、俺の筋肉を凌駕する何かを感じた。へ、へへっ、筋肉のまるでねぇゴルディアーナと戦ったみたいだったぜ。完敗だぁ!」
潔く敗北を認めるオッドラッド。筋肉言語な台詞ではあるが、一応スズを褒め称えているらしい。
「オ、オッドラッドさんの強さも凄かったです。あの、もしかしてなのですが、『ゴルディア』を習得されているのですか?」
「ああ、それは俺も気になった。さっきお前が使った技、どれもゴルディアーナが使っていたものに似ていたけど、オッドラッドはゴルディアの門下生だったのか?」
技名に関しては全然違うし、それ以前のどこかで見た覚えがあったような気もするけど。
「フッ、そうだと良かったんだがなぁ! 俺がゴルディアの門を叩いた時には、もう門下生の募集は終わっちまってたようでよ! 仕方ねぇから、我流でゴルディアの技を真似ていたって訳だ! ま、ガワだけ似た模倣品よ! ゴルディアの奥義たるオーラなんて、今のところ纏える気配もねぇしなぁ!」
「なるほど、模倣か。オッドラッド、お前の指導方針もなんとか決まりそうだよ」
「なぬ?」
餅は餅屋、ここは近くにいる専門家を呼ぶとしよう。
「次にスズ。君も見た事のない技を使っていたようだけど、アレは我流で会得したのか? オッドラッドの攻撃をすり抜けたり、一瞬で面での攻撃を全て弾いたり――― ああ、そうだ。最後の踵落としも尋常でない速さだったっけ」
「そう、そうなんだよ! 一挙手一投足がまるで見えなかったぞ! あの不可思議な術は何だったんだ!? もしかして魔法との併用か!?」
「いや、魔力の流れは一切感じられなかったから、それはないだろう。ほんの僅かな時間だけ、動作の速度を最高速に達しさせているような感じだった。虎狼流の居合をその身で実践してるって言うのかな? 上手く言い表せられないが、俺はそんな風に感じた」
「あわわわわ、わ、私、ケルヴィン様に分析されちゃってます……!」
「あの、スズさん?」
スズは両手を口元に当て、これまた全身で凄まじい振動を引き起こしている。これ、振動速度が速過ぎて、軽く左右に分身作ってない?
「す、すみません、感極まって取り乱してしまいました。えっと、大よそケルヴィン様の仰る通りです。忍という特殊な職業に就く父の技と、母の持つ異国の武術を合わせ、私なりに改良を施したものでして。我流のような、元があるので我流ではないような……」
「ほう、それは興味深いものだな! 忍というものも初めて聞いた! それに異国というとトラージの武術ではないようだが、どこの国のものなのだ!?」
「そ、それが私も知らない国でして。母曰く、とてもとても遠い国なんだそうです。東大陸でも西大陸でもないというので、もしかしたら島国だったのかもしれません。あ、ちなみにこの服、母の国の民族衣装なんだそうです。母から貰った一張羅で、こういった特別な日にしか着ないのですが」
「ほ~、珍しいものだなぁ!」
「………」
オッドラッドが感心して深く頷きまくっている。が、一方の俺は少し思うところがあった。スズの両親、どちらも凄い出自の可能性ががががが。いかん、興奮が心の声にまで影響を及ぼし始めている。
「スズ、ちなみにお母さんの名前は何ていうんだ?」
「母ですか?」
「ああ、俺も色々な国を回って来たものだからさ、もしかしたら、名前で出身地が分かるかもしれないぞ」
「な、なるほど……! えっと、リンリンといいます。とっても珍しい名前なんですが、如何でしょうか?」
「……すまん、この世界ではちょっと聞いた事ないかも」
「いえいえ、お気になさらず! 恐らく冒険者ギルドも把握していない、とっても遠くの小さな孤島とかですから! 本っ当にお気になさらず」
いや~、すっごく遠くってのは合ってるけど、たぶん孤島ではないかな~。