第40話 行き着く場所は
やあ、元気かな? 皆の憧れの的、美の化身シンジールだよ。えっ、やけにご機嫌じゃないかって? ハハハッ、やっぱり分かっちゃうか。実はね、今日は皆にとっておきのお知らせがあるんだ。それは何かって? フフッ、焦らない焦らない。私はどこにも逃げはしないさ。ただ、無駄に焦らすなんて事も私はしたくない。だからこそ、もうストレートにサプライズな出来事を伝えたいと思う。何とこのシンジールの率いるパーティが、S級冒険者であるケルヴィン・セルシウスさんのパーティとご一緒する事になったのさ。
『シンジール達の実力を確かめたい。このダンジョンの調査、俺んとことお前のとこの、合同でやってみないか? 俺達と一緒に行動するのなら、ギルドの指示に違反もしないだろう』
あの場から颯爽と立ち去ろうとする私達をわざわざ引き留めて、そんな口説き文句とも取れる誘いをしてくれたんだ。あの! 今話題沸騰中の! S級冒険者の! ケルヴィンさんがね! いやはや、罪な私は遂に男性までもを魅了してしまったらしい。罪を作り過ぎて、そろそろ罪という名のシンジールタワーが建ってしまいそうだよ。もちろん、私は快く了承したよ。誘ってくれたケルヴィンさんの顔に、泥を塗る訳にはいかないからね!
ケルヴィンさんが興味を持ったのは私達の実力だ。という事で、ダンジョンでの戦闘は主に私達のパーティが受け持つ事になった。うん、良いね。実に良い流れだ。ここで私達の華麗なる戦い振りをケルヴィンさんに見せつけられれば、彼を通じてギルド本部の評価も上がるかもしれない。いや、もしかすればもっと早い可能性だってある。確かS級への昇格条件には、S級冒険者立合いの下での試験というものがあった筈だ。仮にこれが、抜き打ちでのその試験だったとすれば――― フフフッ、私は更に輝きを増し、レディ・リスペクトとレディ・アイスには、もっと良い生活を送ってもらう事ができる! レディ・リスペクトのご主人も、きっと大喜びする事だろう! どっちにしても、この機会を逃す手はないよね!
「さっきこのダンジョンをざっと察知スキルで探ったみたんだが、敵の気配が下に沢山あるのが分かった。恐らく、地下に潜って行く構造になっているんだと思う。どこかに下る為の階段があるだろうから、まずはそれを探さないとだ。 ……さっきも確認したけどさ、戦闘はシンジール達に任せて良いんだな?」
「ああ、もちろんだよ。私達を信じて、ケルヴィンさん達は探索に専念してくれ」
「そ、そうか……」
どうした事か、ケルヴィンさんの表情が一瞬曇ったような気がした。なるほど、口ではああ言ってはいるけど、私達の事を心配してくれているのか……! くぅ~、なんて優しい心遣いだろうか。出会ったばかりの私達、それも元々は商売敵だというのに、心が広い! とんでもなく広大だ! S級冒険者の心意気、この機会に学ばせて頂くよ、ケルヴィンさん! 心優しく美しく頼もしいシンジールとなる為の、糧となっておくれ!
「まあ、曲がりなりにもダンジョン内にまで入ったんだもんな。ここまで来るのに、何体かモンスターを倒しているんだろ? それなら安心か」
「モンスター? いや、どういう訳か、このダンジョンでモンスターとはまだ出会っていないよ。大方、私の美エネルギーの大きさに驚いて、前に出て来るのを恥ずかしがっているんだろうね。ハッ! まさか、私の美しさは男性だけでなく、モンスターにまで通ずるレベルになっていた……!?」
「……」
衝撃の事実を前にして、私は自らのポテンシャルの高さに驚くばかりだ。流石のケルヴィンさんも無心を貫く事ができないのか、私以上に表情を崩している。なるほど、今日の私には神が味方していると、今確信したよ! この著しい成長のまま、ダンジョンを探索し尽くしてやろうじゃないか!
「さあ、冒険の始まりだよ! 足元に気を付けて、私に付いて来てくれ給え!」
行き止まり部屋からダンジョンの通路へ、私は先頭を切ってその第一歩を踏み出した。
「あー、お前こそ気を付けろよー?」
ケルヴィンさん、優しい!
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探索からの帰還後、俺達は現在の拠点である金雀の宿へと戻って来た。そしてフロアの一室で、大量に買い込んだ飯と共にゴロゴロしていたメルを発見。このだらしなさ、正に駄目女神級である。だがしかし、クロメルがこの場にいないからといって、母としてその振る舞いはどうなのか。愛しい愛娘が帰って来る前に、そのように指導を行う。
「なるほど。そのような経緯があって、シンジールという意識高い系冒険者のパーティと、探索を共にする事になったと。それからどうなったのです? もぐもぐ」
正座のまま食事を続行するメルが、おかずの代わりにとばかりに、ダンジョン探索話の続きをせがんで来た。
「どうもこうも、途中で引き返したよ。地下一階に辿り着いた辺りで、シンジール自らストップをかけた」
「あら、地下一階で、ですか? となると、地上のワンフロア分しか探索していない事になりますが。はぐはぐ」
「そうなるな。ま、ダンジョン内のモンスターは精々が入り口までしか出て来ないし、それほど差し迫った状態でもなかったから、後でゆっくり調査しようと思う。今回はシンジール達の安全確保が最優先だったって事だ」
「ギルドからの依頼にも、周辺の人命最優先ってあったからね。僕もケルにいの判断が正しかったと思うよ。それに今回の探索で新しいお友達ができたし、僕は満足だったよー」
「ウォンウォン(散歩ができて満足ー)」
「フフッ、良かったですね。しかしそうなると、シンジールに対するあなた様の評価は、あまり良いものにはならなかったのでは? さくさく」
「メル、せめて会話中は口の中に食い物を詰め込むの止めてくれ……」
メルの口の周りに付いていた食べかすをハンカチで拭ってやる。ううむ、これがメルなりの甘え方だって事は分かってるけど、食事の汚れを拭ってやる回数がクロメルよりも多いってのは、親としてどうなんだろうか。つうか、クロメルは食事も上品にするので、そもそも口の周りを綺麗にしてやった覚えがない。メルさんや、既に娘に負け始めとるぞ。
「あー、シンジールに対しての評価だったか? 俺は逆に良い冒険者だと思ったな」
「ほう、その心は?」
「確かにシンジールは度の過ぎたビッグマウスで、パーティでの戦闘もワンフロア目のモンスターと良い勝負、地下一階じゃあ苦戦も苦戦だった。けど、あの色男は自分達の実力をよく弁えていたんだよ。普通ああいうタイプは、あんだけ大言を吐いた後なら、プライドが邪魔して後戻りできなくなるもんだ。それか上手く言い訳を考えて、自分の責任を放棄するとかな。だけどシンジールは、直ぐに自分の言葉を撤回した上に謝罪もしてくれた。自分の力じゃ、これ以上は仲間を護り切れる自信がない、ってさ。つまらないプライドよりも生き残る事が第一、その上仲間想いともなれば、こっちも応援したくなるってものさ。それにバトルが散々だった風に言ったけど、あのダンジョンのモンスターの強さは準S級って感じだった。むしろそれなりに進んでみせたのを、褒めてやりたいくらいだよ」
「ダンジョンのトラップとかも、的確に処理してたもんね」
「ガウ、ガァーウ!(偽物の宝箱も、無暗に開けたりしなかった!)」
「想像よりも高評価ですね。私も是非、その方達にお会いしたいものです。ああ、そうです。今度エフィルに料理を習いに来るんですよね? その時は私もご一緒しましょう。調理に回るととんでもない惨状を生み出す事は自覚していますので、出来上がった料理を試食する側として!」
こいつ、結局はそこに結び付けやがった……!