第31話 満喫
ボガが淹れてくれた緑茶を飲みながら、落ち着いた時間を皆と楽しむ。普段はバトルバトルしている俺ではあるが、別にこういった時間が嫌いという訳ではない。こんなにも風情のある部屋で休めるのだから、むしろ好みだと言っても良いだろう。うーむ、和む。
「もぐさくもぐぱくぱりぼり……!」
そんなすっかり寛ぎモードな俺の隣では、部屋にあった大量の和菓子を、物凄い勢いで口に入れているムドの姿が。うん、これもまた見方によっては、いとおかしよ。
「んぐんぐ…… 美味いんだ、なぁ」
一方こちらは、テーブルを挟んで俺の向かい側に座り、同じく和菓子に舌鼓を打つボガである。そうか、お前もいとおかしか。ただまあ、ボガの食べ方はムドとは全く異なっていて、一人前分の羊羹を楊枝で小さく切り分けながら、ちびちびと食べ続ける戦法だ。ジェラールをも超える巨体にも関わらず、食べ方はめっちゃ繊細且つ長持ち。人間形態の時は本当に大人しいもんだよ。
「この宿を選んで良かったねぇ、ケルヴィン君。この調子ならエフィルちゃんも納得の料理が出て来そうだし、安心して安静に徹せるってもんじゃないかな?」
「だなぁ。まあエフィルの場合、美味過ぎると変に対抗意識を燃やしちゃう不安もあるけどさ」
「も、もう、ご主人様もアンジェさんも、いい加減しつこいですよ? 不肖ながらこのエフィル、全身全霊で安静にするつもりです!」
「「ほんとに~?」」
「も~!」
フフッ。部下のエリィやリュカがいないから、こういった年頃少女なエフィルも見る事ができるのだ。良き、実に良き。良きに計らえ。 ……これは意味が違ったか。
後は、そうだなぁ。リオン達が帰ってきたら、完璧な癒し空間の完成するんだが、そう上手く事が運ぶ筈が―――
「―――失礼致します。ケルヴィン様、お連れの方々がいらっしゃいました」
声掛けの後、開けられた襖からオウカさんが現れる。おっと、この流れはもしや?
「ケルにい、来たよー」
「沢山のお店を回ってきちゃいました~」
「ジェラールお爺ちゃん、鍛冶屋さん自体は殆ど見ていなかったみたいだけど、良かったの?」
「うん、良いの。ワシはとっても満足したの」
宿の部屋へ最初に帰って来たのは、ほっこりジェラールお爺ちゃんが率いるリオン、クロメル、シュトラの四人だった。最強の癒しの布陣、完成の瞬間である。
「「「すごーい!」」」
貸し切った最上階のフロアを見るなり、そんな素直な言葉で驚いてくれる。ジェラールじゃないけど、そこまで良い反応をしてくれると嬉しいもんだ。まあ諸々の手配は、ツバキ様がしてくれたようなもんなんだけどね!
「うぐう、眩しい! この輝きはそう、万物を照らす太陽のようじゃ! ふおおぉ、光が鎧に染み渡るぞい!」
……やっぱり本家の喜びようは凄いなぁ。流石にちょっと危険な域に達しているような気もするけど。
「というか、フロア丸々貸し切り!? ケルにい、凄く思い切ったね!」
「ああ、露天風呂と米とツバキ様には勝てなかったよ……」
「へ?」
「い、いや、何でも。でかい出費になりそうだからさ、その分これから働かないとな~って、そんな事を考えてた」
「それじゃあ入学式までになるけど、僕も頑張ってお手伝いするね」
「パパ、私もリオンさんと同じ気持ちです。微力ながら、お助けです」
「わ、私だって、リオンちゃんやクロメルちゃんには負けないわ。ケルヴィンお兄ちゃん、私をもっと頼ってね。大きな私もね、頼られるときっと喜ぶと思うから」
ふおおぉぉぉ、確かにこれは染み渡るぅ! 三人の愛がエネルギーに変換されているのが、俺にも分かる! 分かるぞ、ジェラール!
「うわ、王ってば何を悶えておるんじゃ。こわっ。シュトラ達に悪い影響与えそうだから、他でやってくれんか?」
「よしジェラール、お前喧嘩売ってんな? 買うぞ、即買うぞ?」
「ケルヴィン君とジェラールさん、またやってるね~」
「はい、とても平和な日常です」
「それよりも姐さん達、この菓子がとても美味しかった。姐さん達にも是非食べてほしい」
「わっ、美味しそう! いっただき~♪」
「……なるほど、勉強になる味ですね。ムドちゃんの舌、頼りになります」
こんな一触即発な雰囲気も、仲間達にとってはあってないようなものだ。それもその筈、俺とジェラールの間に入ったクロメルによって、俺達は既に骨抜きにされてしまっていたのだ。
「もう、パパもジェラールさんもめっ、ですよ? こんなところで喧嘩をしたら、お宿の人達に迷惑が掛かってしまいます。本当にめっ、です!」
「「は~い」」
本当に全身が骨抜きである。幸せ。
「度々失礼致します。ケルヴィン様、またお連れの方が―――」
「―――何これー! ケルヴィン、この階全部借りたの!? すっごいじゃない! あ、私は日当たりの良い角部屋を貰うわね!」
その台詞を聞いただけで、誰が来たのか分かってしまう。このリオン達にも負けない純粋無垢な喜び方、そして有無を言わさぬ身勝手な部屋の選択の仕方は、考えるまでもなくセラのものだ。
「セラ、お前また勝手に部屋を選んで――― おい、その両肩に背負ったクッソでかい布はなんだ?」
「お土産のペナント! この数時間、街中の店を色々と巡ってみたんだけどね、これはその中で一目惚れした一級品よ。どう、こんなの見た事ないでしょ?」
「うん、確かに見た事もないでかさだけどさ、それを一体どうするつもりだ? 俺の身長と同じくらいあるんじゃないか……?」
「ケルヴィンったら馬鹿ねぇ。ペナントは飾る為にあるに決まってるじゃない!」
こ、これを、飾る……? 一体どこに? 天井にでも貼り付けるつもりか? そしてデフォルメ化された熊さんのイラストは何なの?
「私は有言実行ができる女だから、ちゃんとエフィルの分もポケットマネーで買って来たわ。さっ、これを見ながら元気な子を産むのよ、エフィル!」
「え、ええと…… 熊さんのイラストが、その、可愛いですね……?」
珍しい事に、エフィルも本気で困惑していた。
「セラ、悪い事は言わないから、早急に返してきなさい。その代わりに十分の一サイズのペナント買って来てくれれば、それでエフィルは十分だから」
「ええっ、何で!? こんなペナント、ここでしか買えないのよ? 他では売っていないのよ?」
うん、他で売っていない理由を察してほしい。
その後、角部屋をセラに使わせる事を代償に、俺は何とか説得をする事に成功した。ただ、こちらの勝手な都合で商品を返品するのもどうかと思うので、実際にはこのペナントは返品せず、他の使用法を考える事に。 ……ツバキ様用のお土産で良いか。
「ところでケルヴィン君、皆集まって来たし、そろそろ行かない?」
「ん? ああ、確かに。これだけ戻ったら、エフィルの護りも万全か」
「あら、これから出掛けるの?」
「そ! ケルヴィン君はこれから、このアンジェさんとのデートに行くのです!」
「な、なぁんですってぇ!」
アンジェよ、絶対セラの反応を見て楽しんでいるだろ? 同じやり取りを済ませた筈なのに、セラもよく同じ反応を返してくれるもんだ。
「とはいえ、冒険者ギルドの本部に挨拶しに行くだけなんだけどな」
「あ、そうなの? ……それってデート?」
「私とケルヴィン君がデートだと思えば、それはいつ如何なる時でもデートなんだよ。ねっ、ケルヴィン!」
「ああ、心の持ちようってやつだ。道すがら、どこか気になった店を覗くかもしれないし」
「ふーん? ま、そういう事にしておいてあげる。私は約束を守る女だしね。いずれ私のターンも回ってくるだろうし、今日のところは素直に送り出してあげるわ! いってらっしゃい。あんまり他の冒険者を虐めちゃ駄目よ?」
虐め? はて、何の事だろうか?