第27話 有望株
「エフィル姐さんに、そ、そういうツッコミは、逆効果、なんだな」
「むうう~、完璧超人なエフィル姐さんの唯一の欠点……」
ボガとムドが何やらこそこそ話をしている。フフッ、一体何を話しているのやら。
「さ、いつまでも街の入り口にいる訳にもいかないし、移動するとしようか」
「まずは拠点に寄るんだっけ?」
「ああ、エフィルを休ませたいからな。とはいえ、良い場所が見つかるまで数日間は宿住まいだ」
これだけ冒険者御用達の施設が充実しているのであれば、宿もまた然り。シュトラガイドにお勧め掲載されていた宿は、既にリサーチ済みだ。パーズの屋敷のような本格的な拠点を置くのは、ここでの生活に慣れてからで十分だろう。
「ご迷惑をお掛けします、ご主人様」
「だから気にするなって、ん……? エフィル、何か頬が少し赤くないか?」
「そ、そうですか? え、えと、自分ではよく分からないのですが」
「んー、馬車の移動で疲れたのかもしれないな。無理はするなよ?」
「………(じー)」
……ムドから無言の圧力を掛けられている気がする。すっごいジト目だ。な、なんだよ? 言いたい事があるなら、念話の方でも良いから言えよ。
「あ、あー…… 俺とエフィルは先に宿に向かうけど、お前らはどうする?」
「それなら私は、エフィルの為に栄養価の高そうな食べ物を探してきましょう。ついでに味見はするでしょうが、それは毒見のようなもの。目的はあくまでエフィルの為ですとも、ええ」
「これだけ鍛冶屋があるのじゃ、ワシはその辺を少し歩いてみようかのう」
「僕もジェラ爺についてくー」
「私もー」
「でしたら、私もご一緒したいです」
「王よ、幸せ過ぎてワシ死んじゃうかも……」
「そう言っているうちは絶対に死なないから安心しろ」
「は、花屋……」
「ダハクは本当に死んじゃいそうね。花屋がないのは分かったけど、特産品を売ってる場所くらいはあるでしょ! 私、ちょっと土産用のペナントを探して来る! もちろん、エフィルの分も買って来てあげるから!」
「え? は、はい、ありがとうございます……?」
「私はエフィルちゃんとケルヴィンに付いて行こっかな。なんだか心配だし」
「アンジェ姐さんに同意。私も心配、主だけだととても心配」
「お、おでもそうする。初めての街、護衛、必要だど」
「ガウ~(散歩~)」
最後にひと鳴きしたアレックスの背中にて、クロトがぷるるんとその瑞々しい体を揺らした。どうやらクロトもアレックスと一緒に散歩へ行くらしい。
「アレックスとクロトだけで街中を散歩するの、大丈夫かな? 一応普通の狼サイズ、手乗りスライムサイズになってるけれど、街の冒険者の人に野生のモンスターと勘違いされたりしない?」
「セルシウス家の紋章が入った首輪をしていますから、恐らく問題ないと思いますが……」
「それでも周知されてるパーズと勝手が違うと思うんで、俺もアレックスとクロト先輩の散歩に付いて行くッスよ…… ついでに花屋も探すッス……」
「ウォーン(お願ーい)」
「オーケー、配下ネットワークに宿の場所を記しておくから、用が済んだらそこに来てくれ。それじゃ、各自自由行動!」
「「「「おー!」」」」
掛け声と共に、元気に街中へと駆けて行く仲間達。鋭いナイフのような空気を醸し出している周りの冒険者達とは、面白いくらいに真逆の反応だ。特にセラとメルは走り方がマジで、クロメル以上に子供っぽい。
「では、私達も宿に向かいましょうか。エフィルちゃん、お腹に気を配りながら、ゆっくり歩こうね~」
「背後はボガが、前は私が警戒する。エフィル姐さん、安心して」
「フフッ、些か大袈裟な気がします。ですけど、今日はそのご厚意に甘えさせて頂きますね」
「そうそう、いつもそうやって甘えてくれれば、俺は―――」
「―――お前、『死神』のケルヴィン・セルシウスだな?」
「……何か用か?」
せっかく俺が凄く良い台詞を言おうとしていたのに、更に物凄いタイミングで遮られてしまった。見れば、冒険者らしき男達が俺達の進路方向を遮っていた。ほほう、台詞を遮り、道をも遮るってか? ハハッ、上手い事をしてくれるじゃないか! ……うん、これは口に出さなくて良かった。絶対ムドにジト目で見詰められる。
しかし、ほほほう。身に着けている装備品は、俺の目から見てもなかなかに良い代物。武器も鎧もローブも、良い素材を使い良き職人の手で仕上げられている。仲間が7人と冒険者にしてはパーティの人数が多いにも関わらず、総じてレベルも高い。全員がA級冒険者クラス、それも割と上位に位置しているであろう強さだ。野心に塗れた目も悪くない。
「幸運が重なって最速でS級冒険者に成り上がったからといって、あまり調子に乗らない事だ。本当であれば、俺ことパウル・ラウザー様が率いるこのパーティが、先にその座にいる筈だったんだからな」
ほほほほうひゃっほう! もしかしなくてもこれ、喧嘩を売られてる? 喧嘩を売りに来てくださってる!? まさかまさか、パブの地を一歩歩いただけでこのようなエンカウントに恵まれるなんて! 確かに俺は幸運だったのかもしれない。しかしそれ以上にパウル・ラウザー、お前はなんて物分かりの良い奴なんだ……!
「強者の集まるパブでは、そう上手く事は運ばんぞ。この警告、ゆめゆめ忘れない事だ」
「へっ! それにしてもよ、ついこの間まで新人だった分際で、奴隷の女を二人も連れているとは良い身分じゃないか! 色情魔って噂は本当だったのか!?」
仲間達も負けず劣らず口が達者だ。けど、ここで一つ疑問が生じる。パウル・ラウザーとその仲間達が俺好みの冒険者だって事はとてもよく分かったんだが、肝心の情報が出て来ないのだ。まあ、こんな時は元本職に聞くのが一番である。
『アンジェ、あのパウルって冒険者を知ってるか? 降りかかる火の粉は仕方なく払う必要があるけど、いまいち目の敵にされる理由が分からなくってさ』
『知ってるよー。何年か前に西大陸に台頭した冒険者で、一時期は次のS級冒険者は彼がなるんじゃないかって、結構期待されていたの。尤もA級に上がってからは、ちょっと伸び悩んでさ。で、そうこうしているうちにケルヴィン君が現れて、トントン拍子でS級に上がったから…… って、そんな流れじゃないかな?』
『へえ、要は嫉妬からのあの態度って訳だ。パーズで新人狩りをしていたカシェルとは違って、S級を相手になかなかどうして。一歩も引かなそうな、良い根性をしてるじゃないか』
『あー、カシェルとか懐かしいね。うん、確かにパウルはカシェルとは違うかも。喧嘩っ早くて横暴、そんな感じで性格こそは良いとは言えないけど、彼らは地道に努力を積んで、真っ当に冒険者をやってきたから』
それなら冒険者の模範じゃないか。反骨精神が高いのも、冒険者としてはポイントが高い。挨拶をされただけで勝手に急上昇するぞ、パウルへの好感度!
『主、こんなところで長話はよくない。エフィル姐さんの体に障る。私が始末していい?』
『駄目に決まってるだろ。ムド、考え方が俺よりよっぽど危険じゃないか」
『意外、主に自分の思考が危険という自覚があった』
『理性的なバトルジャンキーに向かって、一体何を言っているのやら。なに、ちょっと挨拶をするだけだ。直ぐに終わるよ』
エフィルの事となると、ムドは酷く短気になってしまう。一度爆発したら、俺でもこいつを止めるのは大変だ。しかもここは街の玄関口、できる限りそんな問題行動は起こしたくない。ムドの指から弾丸が飛び出さないうちに、何とかこの場を収めなければ。手っ取り早く、迅速に――― そうだな、この手で行こう。
「おし、御託はもういいぞ。文句があるなら、さっさとかかって来やがれ」
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