第26話 迷宮国パブ
ルミエストの入学日が刻々と迫り、最近のリオンとクロメルは学園生活の話題で持ち切り状態だ。そわそわも再始動して、毎日がピクニック前夜然とした調子になっている。但し、今日は別の意味でそわそわする日になるだろう。何と言ったって、今日は西大陸に第二の拠点を構える日、なのだから!
『ご主人様ー、私も行ーきーたーいー!』
『リュカの事はお気になさらず。行ってらっしゃいませ』
『お土産よーろーしーくー!』
準備を整え自宅地下の転移門で移動する間際、リュカとエリィからそんな言葉を頂戴する。毎度の事ではあるが、西大陸で活動している最中、パーズの屋敷を空にする訳にもいかないのだ。ちなみにリュカの希望するお土産は、その国特有の珍しい調理器具だった。すっかり板について、料理人として頼もしい限りである。
活動拠点の大規模移動という事で、今回は仲間全員での行動となる。最初ダハクは農園の改良をしたそうにしていたが、西大陸には例の聖地がある事を思い出したのか、次の瞬間には「直ぐに行くべきッス!」と、率先して準備をしていた。うん、残念だけどゴルディアの聖地に行く予定はないんだな、これが。本当に残念だなぁ残念だ。
転移門の行先は、前回ルミエストへ向かう際にも使った場所に設定。そこより目的地までは、また馬車での移動だ。ただ、今回はルドさんの馬車ではなく、西大陸の冒険者ギルドが用意してくれたものとなる。とまあ、ここまで明かせば、もう目的地にピンとくる奴もいるだろう。そう、俺達が拠点を置こうとしている場所は西大陸最西端、冒険者ギルドの本部が存在する迷宮国パブなのだ。
「ねえねえ、パブってどういうところなの?」
ギルド本部の紋章である熊のマークが記された馬車に乗って、パブの首都に向かうその道中、俺の向かいに座るセラが隣のアンジェにそんな事を聞いていた。
「迷宮国パブはね、その名の通り国内にダンジョンが沢山存在しているんだ。驚くなかれ、今確認されているダンジョンの数だけでも、世界最大数の247ヵ所だよ!」
「に、にひゃ……!? そ、それが一国内にあるだなんて、流石に多過ぎじゃない?」
「確かに嘘っぽいけど、これは世界一信頼できるアンジェさん情報なんだよね。というか、冒険者ギルドもそう公表してるし。パブの国土面積が西大陸中では比較的広いっていうのもあるけど、そういう星の下にある土地だからなのか、今も新たなダンジョンが発見され続けているんだ。どんなに少なくても、大体一年に二、三ヵ所は見つかってるね。その上ダンジョン踏破難易度も平均的に高めでさ、パブの地は腕利きの冒険者が最後に至る場所、なんて言われるくらいなんだ」
「へえ、そんなにあるものなのね。となると、パブにいる冒険者のレベルも高いの?」
「だね。ダンジョンをいくら探索しても次々と新しいのが湧き出て来る、更には本部の目に留まりやすいって事から、高い実績を積むにはもってこい! 野心ある未来のS級冒険者候補が、本部にはうじゃうじゃ――― とは言い過ぎかもだけど、かなりの数の高レベル冒険者が、パブを拠点に活動してるよ。暇さえあれば喧嘩を売りたい、そんなケルヴィンにはピッタリだよね」
「なるほどね、納得したわ!」
「いや、それで納得するなよ。誰が喧嘩腰だよ」
パブの説明については全くその通りで、俺にとって魅力しかない御伽の国な訳だけどさ、後半部は真っ向から反論したい。俺は相手が悪人じゃない限り、一手目から手を出すような事は今までしてこなかったし、するにしても、ちゃんとした理由付けはしてきたじゃないか。何も知らない人が聞いたら、変な誤解を与えてしまうぞ、まったく。
「出たねぇ、ケルヴィン君の持ち芸」
「そうねぇ、でも流石に慣れてきちゃったから、そろそろ芸風に新しい風を入れてほしいものだわ」
「芸じゃねぇよ! ……な、なんだよ、その生暖かい目は!?」
「「べっつに~?」」
俺は至極真面目だというのに、セラとアンジェはそう受け取ってくれない。クッ、なぜだ!?
「あ、あー、それにだ、パブはルミエストともそこそこ近いからな。ルミエストと国境を接している訳じゃないが、俺らの足なら許容できる範疇だ」
「ケルヴィンが満足できて、更にはリオンとクロメルの近くにいるから安心、一石二鳥という訳ね?」
「それだけじゃないよ。ケルヴィン君、パブではアンジェさんとのデートも控えてるじゃないか! 一粒で三度美味しいってものだよ!」
「ちょ、ちょっとアンジェ、どういう事よ!?」
「え? だって私、この前にデートのお誘い、ケルヴィンに即行で了承してもらったじゃん? デートがてらにお邪魔したい場所がある、ってね♪ それが迷宮国パブだったって事さ、セラ君!」
「な、なんですってぇ!」
うん、高らかに宣言していた。ただ、そのデートの行先がちょっとデートらしくないというか…… いや、密偵活動があるのだから、そういうデートもアリなのか?
「ケルヴィン! その次は私、私が予約を入れておくから! ダンジョンが一杯あるんだったら、その中にはきっと格好良い石像だって沢山ある筈! 一緒に至高の石像を探して、記念に持ち帰りましょう!」
「お、おう……」
そ、そう来たかぁ。てっきり釣りだとばかり…… しかし、ダンジョンの装飾を持ち帰るのは、果たしてアリなんだろうか? セラ好みの悪魔的センスな像なら、宝物扱いで持ち帰っても誰も困らない、か?
とまあ、二人とそんな風に話をしていれば、あっという間に時は過ぎるというもの。義父さんの時のようなトラブルが起きる事もなく、気が付けば俺達の乗る馬車はパブへと到着していた。連なって走っていた四台の馬車が、街の入り口のところで停止する。
「ビックリするほど何もなかったな。前回の苦労は一体何だったんだろうか……」
「え、何の話?」
「ほぼほぼ義父さんの話」
「?」
……セラは分かろうとしなくて良いんじゃないかな。セラにまで反抗期になられたら、恐らく義父さんは立ち直れないから。
―――ガチャ。
馬車を降りる際は、ギルドの正装を身に纏った御者が、何も言わずとも扉を開けてくれる。気分はセレブ、心は庶民、つまりは慣れない。
「ケルヴィン様、こちらでよろしかったのですか? ギルド本部まで馬車で移動する事もできますが……」
「ああ、気にしないでください。時間に余裕があるので、歩きながら向かいたいと思います。途中、立ち寄りたい場所もありますし」
「そうでしたか、分かりました。では、私達はこれで失礼致します」
ガラガラと車輪の音を鳴らしながら、馬車が街の中央の方へと去って行く。クロメルとリオン、それにシュトラが、世話になった馬車の後ろ姿が見えなくなるまで、バイバイと手を振って見送っているのが微笑ましい。
「にしても、風変わりな街並みッスね。どこもかしこも冒険者が使うような店ばっかだ。花屋はないんスか、花屋は!? 花や作物の種を買いたいッス!」
「花屋、花屋か…… 探せばない事もないだろうが、パブの首都は特に冒険者が集う場所だからな。基本的に酒場や鍛冶屋、冒険道具専門の道具屋の類ばかりだぞ?」
「そ、そんな殺生な……!」
パブの主要施設の極端さに、ダハクはショックを隠し切れないようだ。まあ確かに、ちょっと変わった街だよな。店の種類に限らず、パブの街並みはかなり特徴的だ。ダンジョン感を意識しているのか、道や建造物を石造りで統一していたり、壁を伝って緑が生い茂っていたり、セラ好みのへんてこな石像があちこちに立っていたり。
けど、今俺が最も気になっているのは、そんなパブの街並みではない。冒険者の本拠地なんだから、やっぱ冒険者自身に目を向けるべきだろう。見よ、街を闊歩する腕利きの冒険者達のこの多さ、そして早くも俺達に注目しているその鼻の良さ、ライバルに向ける強い野心を宿したあの瞳――― どれも堪りませんなぁ。
「いやあ、皆眼光鋭くって良いよなぁ。視線が突き刺さる突き刺さる。誰か喧嘩売ってくれないかなぁ?」
「エフィル姐さん、大変。主の鼻息が荒い。若干気持ち悪さも入ってて、心の声まで出てる。かなり重症」
「大丈夫です、格好良いので問題ありません」
「え゛っ……?」