第23話 合否結果
ケルヴィンらが2階で盛り上がっている丁度その頃、屋敷の門と玄関を繋ぐ庭園では、リオンとクロメル、そしてシュトラが噴水の縁に腰掛けて、とあるものが届くのを待っていた。シュトラはいつも通り落ち着いたものだが、受験生二人はどこかそわそわした様子である。
「ま、まだでしょうか? 例年の傾向を見るに、そろそろ届いてもおかしくない頃合いだと思うのですが……(そわそわ)」
「落ち着こう、クロメル! 僕らは全力を尽くせたんだから、きっと大丈夫だよ!(そわそわ)」
「そう言うリオンちゃんも一旦落ち着こう? ねっ?」
会話の最中にもリオンとクロメルは頻りに門の方へ視線を向けて、シュトラが苦笑するほどに振り子の如く上半身を左右に揺らしていた。もうお察しだろう。二人は受験の合否通知を待ち構えているところなのだ。ルミエストの試験結果は、大よそ一週間ほどで受験生に届く事になっている。クロメルが言っていた通り、今年も例年のままであるのなら、間もなく通知が届くであろう時期に差し掛かっていた。
「はい、深呼吸~」
「「すぅ、はぁ~~~」」
「落ち着いた?」
「「………(そわそわ)」」
「ま、まだ落ち着かないみたいだね…… あれだけ何回も答え合わせをして、二人とも問題ない点数だって確認したじゃない。面接でも凄い成績だって褒められたんでしょ? そんなに緊張しなくたって、きっと大丈夫! 私が保証するわ!」
「う、うん。僕も頭では分かっているんだけど、やっぱり嫌でも緊張しちゃうと言いますか……」
「私、面接試験でもかなり緊張しちゃったんです。もしかしたら、それが響いてしまったり……」
「二人とも、S級モンスターと戦う時より神経質になってない?」
受験とは不思議なもので、数々の戦場を渡り獣王祭でも活躍した勇者や、世界を破壊の瀬戸際まで追いやった元黒女神をも惑わす代物であるらしい。世界の命運を賭けている訳でもなく、命のやり取りを行っている訳でもない。それでもこのイベントは、リオン達に十分過ぎるスリルを与えていた。
「……不合格だから僕達のところに通知が来ない、って事はないかな?」
「ないよ。合否の結果に関係なく、受験生全員に通知は届く事になっているもの。も~、ケルヴィンお兄ちゃんやクロメルちゃんは兎も角として、リオンちゃんがここまで不安定になるのは予想外だったなぁ。グレルバレルカ帝国に戻ったベルさんにも、まだ通知は届いていないんだよね?」
「はい。昨日転移門でお邪魔した時は、ベルさんもまだだと。あと、とっても呆れられちゃいました……」
「毎日毎日、転移門で確認しに行ってたからね。シュトラちゃんと同じく、絶対に合格してるから心配するだけ無駄! って、そう断言されちゃったよ」
「うん、流石に毎日は赴き過ぎだと思うの」
ちなみにこの一週間、グスタフパパンの機嫌は頗る良く、ジェラールジジンはちょっと複雑だったそうな。
「あら?」
「どうしたの、シュトラちゃん?」
不意に空を見上げ始めたシュトラに、リオンとクロメルが首を傾げる。
「……うん、やっぱりそうみたい。二人とも、お待ちかねの通知が来たよ」
「「えっ?」」
シュトラの視線の先にいたのは、一羽の鳥だった。首に鞄を下げて、頭にはルミエストの校章が記された帽子を被っている。そしてその鳥自体が結構でかい。かなりでかい。人間の身長くらいの大きさはありそうだ。そんな巨大な鳥が、屋敷の上空を何度も旋回していた。
「鳥の、郵便屋さん? わっ、大きい!」
「うん、ルミエストで飼われているモンスターよ。地図や住所を理解できるくらいに賢くて、色々なところに行く為に戦闘訓練も受けているんですって。昔目にした時は大きくて怖かったけれど…… 改めて見ると、とっても愛嬌がある!」
「目元が黒くて、眼鏡をかけているフクロウみたいです。フワフワでモコモコしてそうです!」
見た目は超でかいメガネフクロウである為、児童からの人気は意外にも高いようだ。
「でも、何で何度も何度もあそこで旋回しているのかな?」
「屋敷の周りは結界で囲まれているから、空からは入って来られないのかしら?」
「そ、それは大変です! 急いでパパに、結界を解除してもらうよう伝えないと!」
「あ、それはちょっと待って。フクロウさん、門の前に降りて来た。それで、ワンとトゥー達と対話してる!」
「トゥーが封筒を受け取ったみたい!」
「賢い!」
「賢いです!」
それから巨大メガネフクロウは再び大空へと舞い上がり、次なる目的地を目指して去って行った。クロメル、抱き締めたい衝動を発散できず、少ししょんぼり。
と、そんな風に去る鳥さんに手を振っていると、門の方から門番をしていたワンがやって来る。
「リオン様、クロメル様、ルミエストカラオ手紙ガ届キマシタ。ドウゾオ確カメクダサイ」
「そ、そうでした。ありがとうございます」
「ありがとう! つ、遂に結果を知る時がやって来てしまったんだね。また緊張してきちゃった……!」
恐る恐るといった様子で封を開ける二人。更に恐る恐る中身を確認すると―――
「―――ケルヴィンお兄ちゃんに知らせなくて良いの?」
「行ってくる!」
「知らせてきます!」
とびっきりの笑顔を咲かせて、リオンとクロメルは屋敷へと駆け出す。合否の結果を聞かずとも、そこに記された内容が分かるというものだ。そんな彼女達の後ろ姿を眺めながら、シュトラはふぅと僅かに息を吐き出し、次いで微笑んだ。
「シュトラ様、嬉シソウデスネ」
「うん! 友達が合格したんだもの。とっても嬉しい! あと、勉強を教えた先生としても鼻が高いかな。えへん! ……でも、問題はこれからでしょうね」
「ホウ、問題トハ?」
「合格したのは良いけど、ルミエスト学内で住む事になる寮決めは、完全に学園任せで決まる事になるの。寮は全部で四つもあるから、三人が一緒の寮になる確率は正直低いと思う。リオンちゃん達が持って行ったあの通知表に、どの寮に組み分けされるかも書いてある筈だけど…… こればっかりは神様にリオンちゃん達が希望する寮に入れますようにって、そうお祈りするしかないわ。私とコレットちゃんの時も、寮は別々だったのよ」
「寮ガ異ナルト、何カ問題ガ発生スルノデスカ?」
「ケルヴィンお兄ちゃんやジェラールお爺ちゃんが絶望するわ」
「……ソレハ難儀ナ話デス」
「そう、とっても難儀なの。リオンちゃんに限ってはペットとしてアレックスを同伴希望だから、ペットの飼える二つの寮に絞り込みができるわ。けど、クロメルちゃんとベルさんは、う~ん……」
「ナルホド。困ッタ時ノ筋肉頼ミ、トイウ事デスネ」
「き、筋肉? えっと、確かに筋肉の神様頼みって事だけど、そういう略し方をすると違う意味になっちゃうような……」
ゴルディアは古くから来る者は拒まず、去る者は追わずの方針であると、ゴルディアの巫女は公言している。少しはご利益があるかなと考えたシュトラは、心の中で新たな女神を思い浮かべてお祈りをするのであった。