第21話 第三試験
運命の試験最終日、泣いても笑っても残る面接試験で、合否が全て決定する。緊張した面持ちで面接会場へ集まる受験生達。彼らは何部屋かの待合室に振り分けられ、そこで自らの面接の番を待つ事になる。ルミエスト毎年恒例、長く、そして変な汗がにじむウェイティングタイムである。全く意に介さず、我が道を行く強者もそれなりにいるが、受験生の多くにとっては好ましく思わない時間となるだろう。
面接試験は十数分で終わる程度の長さであるが、受験生の人数が多く、その者達が単独で面接を受ける事になる為、結果的に丸一日の日程を要する事となっているようだ。そういう訳で、リオン達は一日のうちのいずれかの時間を指定され、その指定時間に合わせて会場入り。第二試験よろしく、今回も別々での参加となる。
―――受験生クロメル・セルシウス、担当試験官ミルキー・クレスペッラの面接
3人のうち、最も早くに順番が回ってきたのはクロメルだった。面接室にて試験官と1対1で向かい合い、挨拶を交わす。
「ク、クロメル・セルシウスです。本日はよろしくお願いしましゅ……!」
「試験官のミルキーです。何かと緊張するとは思いますが、普段通りのクロメルさんの姿を知りたいので、どうか肩の力を抜いてくださいね」
「ひゃ、ひゃい! 頑張ります!」
クロメルはとても緊張しているようだ。
「フフッ、よろしくお願いします。そうですねぇ…… 真面目な話ばかりをするのも面白くありませんし、軽く雑談から入りましょうか。筆記試験と実技試験はどうでした? クロメルさん的に、上手くできた感触はありましたか?」
「ど、どちらも精一杯の力を出せたと思います。あ、でも、実技試験の時には試験官さんを少し困らせてしまいまして、その、ごめんなさい……」
「いえいえ、クロメルさんが謝るような事ではありません。クロメルさんの力を見誤って、適正でない測定器を渡した当校の試験官が能なしだったのです。本当に悔い改めてほしいものです、ええ」
「えと……」
笑顔のまま毒を吐くミルキー。クロメル、試験とは関係なしにちょっと怖がる。
「あら、ごめんなさい。私ったら試験とは関係のない方の話をしてしまいましたね。軌道修正しなくては。それで、クロメルさんの成績についてですけど…… フフフ、大変素晴らしい成績ですよ。筆記試験は1027名の受験生中28位、実技試験でも総合評価点で5位をマークしています。収容定員数が100名である事を鑑みても、十分に合格ラインに立っていると考えられるでしょう。よく頑張りましたね、クロメルさん。正直に申しますと、その若さでこの成績は脅威としか言いようがありません。私の娘に欲しいくらいです」
「は、はい、ありがとうございます。でも、私にはママがいますので、ミルキー試験官の娘さんには……」
「分かっています、冗談ですよ♪」
「ええっ!?」
ミルキーの笑顔と言葉に若干振り回されつつも、クロメルの面接は終始和やかな雰囲気で進んでいった。
―――受験生リオン・セルシウス、担当試験官アーチェ・デザイアの面接
クロメルのお次はリオンである。元気に礼儀正しく、そして誰とでも仲良くなれる彼女にとって、この試験は一番の見せ場であった。
「リオン・セルシウスです。本日はよろしくお願いします」
「試験官のアーチェです! 今日もよろしくねー! ところでリオンさん、このルミエストで私と一緒に、燃え上がるような青春を謳歌する気はありませんか!? きっと楽しいですよ!」
だがリオンが見せ場を作る以前に、面接官であるアーチェは、リオンが既に合格しているかのような口振りとなっていた。これでは質問というよりも勧誘である。
「わあ、とっても楽しそうですね。その時は是非ご一緒させてください!」
そんなアーチェに対し、それでもノータイムで返答ができるリオンは、ある意味落ち着いていると言える。逆にアーチェの方が落ち着いていないくらいだ。
「よっし! 約束、きっと約束ですよ!?」
「はい、約束です! ……あの、面接は良いんですか?」
「いやー、だって昨日の試験でリオンさんの人となりは大体分かりましたし、この第三試験を差っ引いても余裕で合格ラインを上回っていますしー。手元の資料によれば筆記試験は53位、実技試験は堂々の3位ですよ、リオンさん! 私が同じ試験を受けても、これ以上の成績なんて出せる気がしませんもん!」
しかしながら、ぶっちゃけ過ぎであった。
(その情報、僕が知っても良いものだったのかな? ……ん? 実技試験が3位って事は、僕より上の成績が二人? 一人はベルちゃんとして、もう一人は――― まさか、クロメル!? す、凄いっ!)
姪(友達)の健闘を密かに称えるリオン。その予想が合っているかどうかはさて置き、この試験に向けてのやる気の向上には繋がったようだ。
「あ、でも面接はやっておかないと、後でボイル先生に怒られてしまいますね。やっぱり真面目にやりましょう!」
「はい、改めてよろしくお願いします」
「こちらこそー。ではでは、最初は手堅く。ルミエスト入学への志望理由を教えてください」
最初の空気とは打って変わって、意外にもリオンとアーチェの面接は至極真面目に進むのであった。
―――受験生ベル・バアル、担当試験官ボイル・ポトフの面接
ラストを飾るはベルだ。3人の中でこの試験に最も適性がないと、自らそう考えていた彼女。しかもその面接官を務めるのは、悪魔に対して強い先入観を持つボイルである。面接が穏やかに進行するとは思えないこの組み合わせ、果たしてどうなるだろうか。
「「………」」
ベルが入室してから数分が経過。ベルとボイルは既に席へと着いているのだが、双方向かい合うだけで一言も言葉を発しようとしない。互いに様子を窺っている、というよりは、敵に対して眼を付けている状態に近かった。要は睨み合いである。
「……ッチ! 受験生ベル・バアル君、挨拶くらいはしたらどうだね? 先ほどからワシはずっと待っておるのだよ。君でも挨拶の一つくらいはできると信じてね!」
「は? 何私の台詞をパクってるのよ? 挨拶を待ってあげてるのは私の方よ。私の貴重な時間を使って、わざわざ貴方のような豚に期待してあげてるのよ。さっさと頭を垂れなさいな。ほら、早く」
「はぁーーー!?」
我慢できずに先に言葉を投げ掛けたボイルであったが、ベルの返答は彼の予想を覆すものだった。これまでのベルの態度を見れば、ボイルを侮辱しているのは明らかだ。それでも受験生と試験官という明確な立場がある限り、最悪でも会話はそのレベルで成り立つと、そう予想していた。だというのに、いざ蓋を開けてみればこの通り、敬語を使わないどころか、命令口調で罵る始末。ボイルが思わず声を荒げてしまうのも、無理はない。
「お、おま、お前、今何と―――」
「―――どうしたの、顔色が悪いわよ? 青くなったり赤くなったり忙しない豚ね。言いたい事があるならハッキリ言いなさい。それで上に立つ者としていられるつもり? せめてイエスかノーで、いえ、余計な言葉は聞きたくないから、全部3文字以内で用件を済ませて」
「っ!!??」
ボイル、怒りを通り越して唖然。そして新境地に至る。ベル、勝ち誇ったように口の端を吊り上げ、悪い笑みを浮かべる。
(……面接対策だとか言って、アンジェが無理矢理渡してきた調査資料、ボイル・ポトフに対しては侮辱が一番効果的って書いてあったけど、本当にこれで良いのかしら? どう考えても逆効果よね、これ。まあ、友人として信じて実践してあげるけど。セバスだと思ってやれば、手慣れたものだしね)
(ななっ、ななな何なのだ、この小娘はっ! ミルキー以上に口が悪いぞ、上から目線の態度なんて最悪だ! だが、だがっ! ……何なのだ、胸の奥で高鳴る、この気持ちは!?)
この面接が一体どうなるのか、皆目見当がつかない展開になっていた。