第16話 第二試験②
「それでは、最初に行う身体能力の測定について説明しますね。聞き逃さないように、耳掃除はしっかりしてきましたか? でもまあ、万が一聞き逃しちゃっても、私がこっそり教えてあげるので大丈夫です! その場合は他の試験官さんに気付かれないよう、こっそり来るように!」
「アーチェ試験官!?」
(何なのかしら、この茶番……)
この会場の責任者がアーチェである事に、ベルは段々と疑問を抱き始める。それは周りの受験生達も同じだったようで、これは何か別の意図があるのではないかと、余計な深読みをしてしまうほどだった。ちなみに、もちろんそんな意図は学園側にない。
「この試験では貴方達に様々な項目の運動をしてもらい、走力や跳躍力、各種筋力などのデータを細かく取ります。後はその身に秘める魔力量を調べる、なんて事もしますね。これはあくまでステータスとしての魔力がどれくらいか、大まかに測定するものだけなので、魔法が扱えなくても大丈夫です! 私みたいな戦士気質な方は安心してくださいね。ええと、細かな説明はそれぞれの項目の時に話すとして…… これまでの説明で、何か質問はありますか?」
「じゃあ、はい」
受験生の一人が挙手する。
「能力を確認したいのであれば、ステータスを直接目にした方が早いのでは? ルミエストほどの学園であれば、ステータスを確認するマジックアイテムくらいはありますよね?」
「はい来た、良い質問が! 良い質問ですね、それ!」
「え、あ、ど、どうも……?」
凄い食いつきだった。
「早速お答えしましょう! ステータスを確認しない、これは学園側の配慮と考えてください。ステータスというものは、国によってその扱いに差異があるのはご存知でしょうか? 厳格に法として公開を禁止する国がある一方で、挨拶がてらにステータスを教え合うようなオープンな国が存在するほどです。特にこの西大陸は大小様々な国々があり、大変デリケートな問題になっているのは理解できますよね? なので、ルミエストはこの学園都市内でのステータスの扱いを、全国に拠点を置く冒険者ギルドと同様にしています。自らのステータスを教える分には構いませんが、他人のステータスを晒す行為はご法度、という事です。それにほら、ステータスだけじゃ分からない事も多々ありますからね。体の動かし方とか、どこの筋肉が発達しているのか、どんな状況でどんな判断を下すのか――― 私達はステータスの数字に囚われず、貴方達自身の真の力を知りたいと思っているのです! ……とまあ、こんなところですかね。納得して頂けましたか?」
若干のドヤ顔を晒しながら、鼻息荒く質問者に迫るアーチェ。可哀想に、質問者は完全にアーチェの勢いに飲まれてしまっている。
「は、はい。ありがとうございます」
「よろしい! さて、他に質問は? ないですか、本当にないですか? これが最後のチャンスですよ!?」
「「「「………」」」」
「ア、アーチェ試験官、そろそろ受験生達も引いていますし、試験を開始致しましょう」
「そうですか? 仕方ありません、これも仕事ですからね! ではでは、皆さん私に付いて来てください。遅れないでくださいね、私の歩速に!」
そう言って、テクテクと歩き出すアーチェ。歩く速さは実に普通であった。他の試験官らもアーチェを追いかけるよう促すので、受験生達はぞろぞろとその後を追い始める。
『何だか面白い人だよね、アーチェ先生』
『そうかしら? 騒がしいだけじゃないの、アレ。けれど、強そうではあるわね。今まで見て来た試験官達の中では、たぶんダントツに』
『あ、ベルちゃんもそう思った? そうじゃないかなって、実は僕も考えていたところなんだ~。それにさ、アーチェ先生ってどことなくアート学院長に似てない?』
『アートに? ああ、眼鏡が?』
『た、確かに縁なし眼鏡で美人だけど、見た目だけじゃなくってさ。お喋り好きなところとか、生徒思いなところとか、内面的にも!』
『……喋りが食い気味なところとか?』
『そうそう! ノリと勢いがそっくり!』
『まあ、そうかもね。ところでリオン、私達はまだ生徒じゃないのよ? 試験官の観察も良いけど、まずは試験で結果を出しましょ。あの学院長を意識するみたいで癪だけど、この第二試験でアートの期待に添えるような、盛大な結果をね……!』
『うん。ケルにいからも、遠慮はするなって言われているからね。対人戦はビビらせたもん勝ちだって、獣王様も言ってたよ! よーし……!』
『た、対人戦? いえ、リオンがやる気なのなら、別に良いけど。 ……良いのかしら?』
念話にて最後の会話を終えるリオンとベル。リオンの出す気が殺る気でない事を祈るばかりである。そうこうしているうちに、一同は目的地へと辿り着く。そこには地面に何本もの白線が引かれており、陸上競技を行う走路のような場所となっていた。
「はい、全員ストップ! 止まって、止まらないと凄い事になりますよ!」
「「「「………」」」」
アーチェがストップと言った辺りで、既に全員止まっている。
「おっと、今年の受験生は優秀ですね~。例年であれば、この辺りで一人や二人は突っかかってくるやんちゃな子がいるものなのに。良き良き!」
「アーチェ試験官……」
「分かってます、分かってますってば。そんな悲しそうな顔をしなくたって、しっかりやりますから! えっとですね、まずは皆さんの走力を見てみたいと思います。ま、ここは全力で走ってもらうだけなんで、そこまで突っ込んだ説明はな――― あ、いえ、ありましたありました。覚えていましたとも」
他の試験官からジロリを視線を送られ、何かを思い出したらしく、少し焦った様子のアーチェ。
「注意事項ですけど、これはあくまでも皆の身体能力を審査する試験です。それに準ずるスキルを使うのは構いませんが、魔法で速度をアップさせるなどの行為はしてはいけませんよ? 走る前に私…… は、魔法を使えないのでアレですけど、こちらの試験官の方々が補助効果を解除しますし、この走路は魔法を使うと警報を鳴らす機能があるんです。だから正々堂々、己の肉体のみで戦っ――― 走ってください!」
((((言い直した……!))))
つい勢いで言ってしまったんだろう。もしかしたらアーチェは、ケルヴィンと気が合うタイプの人間なのかもしれない。
それからリオン達は走力を審査される順に名前を呼ばれ、五名一組で走る事となった。この時点でリオンとベルは別の組に分けられ、別々に走る事が決定する。一組目に割り振られたベルは、直ぐに順番だ。
「ベルちゃん、頑張ってねー!」
「はいはい、応援ありがと」
ベルは適当にリオンへと手を振り、指定された走路へ入る。共に走る事となっている受験生は、ベル視点では全員パッとしない印象だ。つま先でトントンと地面を蹴りながら、軽く一蹴してやるかとベルは考えを巡らせる。彼女としてはより速いタイムを出す事よりも、隣を走る受験生に衝撃波をぶつけないように注意して走る方が大切なのだ。普通に全力で走破しては、地面が抉れるし隣人がぶっ飛ぶ恐れが、いや、確実にそうなってしまうだろう。
「ヘイ、か~のじょ」
「……あ?」
凄まじく軽い口調で声を掛けられたベルは、嫌で面倒でどうしようもなさそうな予感がひしひしと湧き上がってしまった。不快感を示す声を、無意識に出してしまうほどであったらしい。声の方へと振り向けば、そこはベルの走路の隣である。つまり、お隣さんの男子受験生に話し掛けられた訳で。




