第15話 第二試験①
試験初日が終わるとリオンとクロメルは宿へと直行し、ベッドへと盛大にダイブした。少し遅れてベルも部屋へと帰って来る。
「疲れた~! でもやり切った~!」
「全力を出し尽くしましたぁ……」
ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、本日の試験の出来についての感想を吐露する二人。よほど頭を酷使したのか、もう起き上がれないといった様子だ。
「ングング…… 貴女達、やり切った感出しているところ悪いけど、まだ初日の試験が終わっただけなのよ? そんなざまでトップ合格なんて、本当にできると思っているの?」
ベルの辛口な口調とは打って変わって、部屋は甘い空気で満たされていた。それもその筈、ベルは備え付きの椅子に座り、筒状の生地にクリームを詰め込んだ菓子を頬張っていたのだ。サクサクとリスの如く少しずつ咀嚼し、見るからに幸せオーラで包まれていて、とても微笑ましい。
「あ、僕ちょっと疲れが取れたかも」
「私も凄く癒された気が…… 不思議です!」
本日の疲れの一部が吹っ飛ぶほど微笑ましい。
「そ、そう? 相変わらず忙しない子達ね。元気出してくれたのは良いけど、本当に疲れがなくなったのかは怪しいところだわ。ほら、貴女達の分も買って来てあげたから、早々に胃に入れてしまいなさい」
ベルはそう言って、余計に買って来た分の菓子をリオン達にも放り投げる。二人はこれをきちんとキャッチして、ニコニコ顔をベルへと向けるのであった。
「……何よ?」
「ううん、べっつに~? それよりもありがとう、ベルちゃん」
「ありがとうございます。とっても美味しそうです!」
「ふんっ」
ベルにそっぽを向かれてしまうも、二人の笑みは現在進行形で続いている。
「ベルちゃん、帰り道に寄り道していたもんね。このお菓子、そこで買って来たの?」
「見た事のないお菓子ですね。油で揚げた生地の中に、これはチーズクリームでしょうか? ベルさん、これは何というお菓子なんですか?」
「カンノーロよ、カンノーロ。ルミエストは大昔の文献にあった料理や菓子を再現する研究もしていてね、他では見かけない珍しい甘味が多いのよ。レシピを調べてここに書いておいてあげたから、今度エフィルに渡しておいて」
今度は一枚のメモ紙をリオンに放り投げるベル。魔法で風を操ったのか、メモ紙は一直線にリオンの手の中へと到着した。
「これをエフィルねえに?」
「そ。彼女なら十中八九、そのレシピをブラッシュアップして更に美味しくしてくれるでしょ。そうしたら、今度はビクトールに新しいレシピを教えてもらうから。ギブアンドテイク、お互いに損はないでしょ?」
口の端に付いたクリームを指ですくいながら、ベルは当然とばかりに言い切ってしまう。よほどこの菓子が気に入ったのか、ベルの中ではその流れが確定事項になっているらしい。何だかんだ言いつつも、ベルはベルでルミエストを満喫しているようだ。
「な、なるほど、ギブアンドテイク!」
「よく分かりませんが、何だか恰好良い響きですね。それに、ムドさんもきっと喜びます!」
リオンとクロメルは感心しながら菓子を口に運ぶ。生地のサクサク触感を堪能したのも束の間、今度はあま~いクリームが口の中に広がり、二人の疲労を糖分で溶かしていく。これはエフィルに魔改造してもらわなければと、リオン達も一大決心をするのであった。
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試験二日目、第二試験は実技――― 受験生らの身体能力や得意とする武術、魔法、その他技能を推し量る事を目的とした試験を行う。受験生が共通で測定する身体能力の他、この試験では受験生側が2つの能力を指定し、その力を試験官に審査してもらうという、少々変わった内容となっている。能力については内容を問わず、法に触れない行為でさえあれば、本当に何をしても構わない。ルミエストはジャンルを問わず、あらゆる分野における才能を認めている為、このような試験方式になっているのだという。
リオン達が何を指定したのかはさて置き、まずは受験生全員が行う事が決定している身体能力の測定だ。ここでも何グループかに受験生達は組み分けされているようで、周りも昨日とは異なる顔ぶれとなっている。テスト中に遅刻してきた者や、ずっと眠っていた猛者の姿は見当たらない。今日も遅刻したり眠っているのではないかと、リオンは少し心配してしまう。そしてリオン達の組み分けはどうかというと、クロメルのみ別グループとなってしまった。
「流石に毎日一緒になるとは思っていなかったけど、クロメルが分かれる事になっちゃったか~。大丈夫かなぁ?」
「十分に食べさせて寝かせて休ませて、朝に色の再調整もしてあげたから万全よ。それにしてもこの装備、凄く動きやすいわね」
服装が自由であった一日目とは違い、この日は運動に適した格好になるようにと、学園側から指示が下されている。国や文化の違いによる差異はあろうとも、受験生の殆どは身軽な格好だ。ちなみに本日のリオンらの服装は、エフィルよりプレゼントされた超高品質体操着である。
「エフィルねえのお手製だからね。フフッ、実はこのデザイン、僕がイメージしたものを元にしてもらっているのです! 前は体育に参加なんて無理だったから、こういう体操着をずっと着てみたかったんだ~」
「ふーん? まあ、私は動きやすいのなら何でも良いわ。っと、そろそろかしらね」
「え? あ、縁なしの眼鏡……」
運動場に集められた受験生の前に、縁なし眼鏡をかけた女性が歩み出て来た。先日兄と学院長の二つ名について語ったのもあって、眼鏡を見るとどうしてもアートの顔を思い浮かべてしまうリオン。こちらの女性が知的な印象を受ける容姿の美人であった為、尚更そう感じるのだろう。
「はーい、時間になりました。皆さん、ちゃんと集まってますかー? 集まらないと、落第に三歩ほど前進しちゃいますよー! ……よし、いないみたいですねぇ! 全員、無事に集合完了っと」
「「「「………」」」」
但し、こちらは歴とした女性だ。肌は白く、髪色もアートの灰色と相反して金髪。更には衣服の上からでも、そのスタイルが豊満である事が分かってしまうナイスバディさんである。
『ッチ!』
『ベルちゃん?』
『いえ、何でもないわ、何でも……』
……ナイスバディさんなのである。
更に更に、中身までもが落ち着いた容姿とは食い違っているようで、大分お茶目な性格のようだ。まさかの冗談交じりの挨拶に、受験生の大半は唖然。一方で極少数の男子生徒は、女性試験官から別の意味で目を離せない状況にいた。
(……一応、このアホ面くらいは覚えておきましょうか)
現在進行形でいかがわしい視線を送る者達に対し、ベルはその顔を記憶して、ボディーガードの役目を全うする為のブラックリストを作成。試験の合否結果に関わらず、今後彼らをリオンとクロメルに極力関わらせないように努めるようだ。
「試験前に自己紹介しておきますね! 私はこの実技試験の試験官兼責任者、アーチェといいます! 今日は身体能力の測定を主に担当するけど、体を動かす事が得意な人達は、その後に行う指定審査でも会うかもね! ちなみに、学園の講義でも武術系全般を―――」
「―――アーチェ試験官、そろそろ他の会場で試験が開始されそうですので、簡潔にお願いします」
「えっ? あ、あー、そうでしたそうでした。ごめんなさい、私夢中になると視野が狭くって! あ、でも腕っぷしは強いのよ、これでも!」
「アーチェ試験官!」
「「「「………」」」」
受験生達の注目が集まる中で他の試験官に注意されるも、アーチェはたははと失敗を笑い飛ばし、あまり気にしていない様子だ。
(爽やかな先生だな~)
(典型的な脳筋ね、こいつ)
清々しいまでにお茶目なだけである。




