第14話 第一試験
受付にてリオンらは受験票を係の者に提示し、持ち物の検査を無事に通過する。第一試験は何部屋かに分かれて行われるのだが、三人は運が良かったのか、全員が同じ会場に割り振られたようだ。
「第二会場の多目的ホールは…… ああ、ここね」
会場となる広間には、規則正しく幾つもの机と椅子が並べられており、既に半数ほどの席はライバル達が着席を済ませていた。余裕なのか涼しい顔をしている者、両手を組んで黙々と祈りを捧げる者、ブツブツと何かを呟き続けている者がいれば、机に突っ伏してすやすや呑気に眠る猛者の姿も見受けられる。受験日は特に恰好を指定されていない為、服装までもが色取り取り。中には自らの爵位を表すであろう、小さな王冠を被ったまま受験している者までいて、お前マジかよといった衣服もチラホラ。尤も、これはある程度予想できていた事なので、そこはスルーする事に。ちなみに今回のリオンらの服装は、前回ルミエストを訪れた時と同じものである。
他に気になるところがあるとすれば、広間の四方に設置された、マジックアイテムらしきオブジェだろうか。先端に宝石をあしらった杖を、床に直立できるよう周りで固定したような置物である。しかし、これについては追々学園側から説明があると考え、こちらも今はスルーだ。
「うう、人が多いです…… でも、今の私ならきっと!」
「その調子その調子! ええと、僕達が座る席は、予め決められているんだったよね?」
「そ、受験票に記されていた番号が自分の席よ。あそこの壁に席の割り当て表が貼ってあるわね。んー…… 私はここ、リオンはあっち、クロメルはそっちね」
会場入り口付近の壁、そして机の上には受験者の番号が貼られており、それが席を確認する役割を担っているようだ。流石に席順までは一緒にならず、三人は別々の場所が指定されていた。
「わっ、ベルさん見つけるのが早いですね。ありがとうございます!」
「お礼も良いけど、しっかり試験に取り組みなさいよ」
「だね。ここから席は離れ離れ、意思疎通も禁止なそれぞれの戦いになる訳だけど、僕、クロメルの事もベルちゃんの事も、絶対に合格するって信じてるから!」
「リ、リオンさん……!」
「はいはい、そういうの良いから。さっさと自分の席に行きなさい」
「うう、ベルちゃんつれないよ~…… 武運、祈ってるからね!」
「私もです! ご武運を!」
立てた親指をベルに見せながら、自らの席へと向かって行くリオンとクロメル。
「……この場合、祈るのは武運で良いのかしらね?」
ベルは溜息を吐きながら首を振るも、まああの様子なら大丈夫そうかなと、こっそり安堵するのであった。
(確かこうすれば良いと、パパが言っていました。人の字、人の字―――)
(だるい。さっさと始まらないかしら……)
(フフッ、楽しみだな~)
手の平に人の字を書いて飲み込む、机に肘をついてただただ開始を待つ、これからの学園生活に想いを馳せる等々、着席してからの各々の行動は様々だ。それからさほど待つ事もなく、広間のステージ側に試験官らしき大柄な男が歩み出てきた。
「お静かに。試験開始の時間になりましたので、以降の私語は休憩時間以外慎むようお願い致します。どうやら約一名時間に間に合わなかった者、もう一名未だに眠っている者がいるようですが…… まあ、仕方がないでしょう。私の名はホラス、この第二会場の試験官兼責任者を務めさせて頂きますので、適度によろしく。では、まず初めに―――」
軽い挨拶と併せて、第一試験の流れについての説明がなされる。この日に実施される第一試験は、5つの分野毎に1時間程度の記述式テストを行っていく。1つのテストが終われば小休憩を一度挟み、次のテスト、また小休憩、テスト、といった流れを繰り返していく訳だ。午前中に2回のテスト、昼食時間を挟んで午後に3回のテストが実施される予定である為、この第一試験が全ての試験の中で、最も時間を要する内容となっている。詳しい日程や細部の注意事項など、説明は他にも及ぶ。
「―――試験の出題教科については、予め当学園が公表した通りのものです。そしてここで一つ、皆さんに注意して頂きたい事があります。言うまでもない当然の事ではありますが、試験中のカンニング行為は一切禁止です。事前に手荷物を確認し、試験に必要な筆記用具類を全てこちらで用意していたのは、その為の防止策でもあります。不必要に魔法やその他スキルを使用するなどもまた、警告行為に該当しますので注意してください。この試験会場の四隅を見て頂ければ、杖の形に似たマジックアイテムが目に入ると思います。詳しくは話せませんが、あれらは不正を行っていないかチェックする機能があるとお考えください。これまでの説明で、何か質問はありますか? ……ないようですね。では、これから問題用紙を配布致します。そのままお待ちください」
この会場にいたホラス以外の試験官が、一斉にテスト用紙を裏向きに配り始める。リオンの机に、クロメルの机に、ベルの机に、未だに夢の中にいる強者の机に。ホラスは辺りを見回し、全員に用紙が行き渡った事を確認。次いで会場に設置している時計を確認しながら、僅かに間を置いた。
「―――時間です。試験を開始してください」
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第一試験の開始から丸半日が経過し、現在は五教科目、つまり初日最後の試験に臨んでいる最中だ。
(……暇)
制限時間のうち半分ほどの時が過ぎ去った頃、疾うの昔に全ての解答を終えたベルは、それはそれは暇を持て余していた。というよりも、この時間だけでなく、全ての教科の時間において暇を持て余していた。暇過ぎて解答の見直しは何度もしてしまったし、記入ミスや記入漏れがないのもチェック済み、名前の有無も当然ながら万全だ。ぶっちゃけ、やる事がない。
(死ぬほど簡単だったわね、試験問題。ファーニスの本能だけで生きてるお姫様達の出身校だし、まあある程度は納得しちゃうけど。にしても暇、死ぬほど暇。時間の浪費にもほどがある。設定時間ミスしてない? 実質半分くらいで適正なんじゃないの? 終わったら順に帰宅で良いじゃないの? って、護衛としてそれは駄目か…… 机に伏して眠るにしても、試験中だと印象悪いわよね? 中には朝からずっと眠ってる馬鹿女とか、2つ目の試験時間にやって来た遅刻魔がいるけど、アレはまあ受かる気が最初からないんだろうし。ハァ、何で私が人間共の顔色を窺っているんだか……)
心の中でそう言いつつも、ベルは前の方の席にいるリオンとクロメルにチラリと視線を向ける。二人はまだ問題を解いている最中なのか、必死に解答用紙と睨めっこをしている。
(……ま、時間にも多少の余裕は必要なのかもね。さて、席が一番後ろだから周りを見渡す事はできるけど、不自然にキョロキョロするのも怪しいか。この試験の後に寄る菓子屋の事でも考えて、時間を有意義に潰しましょ)
この試験中、ベルはあまり頭は使っていないようだが、それでも糖分は欲したいらしい。学園生活に大した実りを見出せていないベルも、学園都市に関心のある甘味処が多く存在している事だけは、密かに楽しみにしていたのだ。本当に密かにしているので、セラ姉様にも内緒なのだ。
(―――決めた、今日はカンノーロにする!)
かくして、第一試験は終了するのであった。




