第13話 いざ、試験会場へ
ルミエスト入学試験当日、リオンらは前日から宿泊している学園都市内の宿を出発し、試験会場である校舎へと向かう。試験日という事もあり、学園までの道中は分かりやすく整備、更には受験者が優先して通行できるよう規制されており、案内役を務める者達も多く配置されていた。余程の方向音痴でもない限り、受験者が迷子になる事はないだろう。
「うわー、僕達の他にも沢山いるね。全員ライバル?」
「や、やはり私よりも年上の方が殆ど、みたいです。うう、緊張してきましたー……」
「数も歳も全然関係ないでしょうが。安心なさい。9割9分9厘、ライバルとか何の冗談? って、真顔で言っちゃいそうなレベルだから」
「べ、ベルちゃん、あまり大きな声でそういう事は―――」
「「「………(ギロッ)」」」
書類審査などで試験前にある程度の希望者が絞られるとはいえ、試験を受ける受験者の数は多く、また受験者一名につき二人まで従者を引き連れる事を許されている事から、リオン達の周囲にもかなりの人数の関係者がいた。ベルの嘘偽りのない本心な言葉はそんな者達の耳に入り、一斉に非難の視線を浴びる事となる。ちなみにベルの判断で、三人に付き添いはいない。
「あわわわわ……」
「もう、クロメルったら動揺し過ぎよ。あの学院長曰く、学園内には馬鹿も多いって話じゃない。この程度の事は軽く受け流せるようにならないと、先行き不安よ? まあケルヴィンの親馬鹿っぷりを見れば、あまり負の感情に触れ慣れていないってのも分かるけどね」
「だからって不用意に敵を作るのは駄目だよ、ベルちゃん! クロメルを怖がらせるのも駄目!」
「……私としては、対人戦になった時のリオンの方が、よっぽど怖いのだけれど?」
「そ、それは一生懸命勝とうとしているだけだから!」
怯えるクロメル、慌てふためくリオンの姿に、ベルは思わず苦笑してしまう。この二人が世界を崩壊させかけた黒女神、そしてその勢力に真っ向から対抗した勇者だとは、絶対に誰も思わないだろうな、と。
「まあ、そういう事にしておきましょうか。それよりも二人とも、これからの日程はちゃんと頭に入れてるの?」
「もちろ―――」
「―――あわわわわ……」
「えっと、クロメル? 大丈夫?」
「だだだ、大丈夫、でで、です……!」
「全然大丈夫そうには見えないわよ? まったく、もっと自分に自信を持ちなさいよ」
そう言いながら、ベルがクロメルの手を軽く握る。そして更に発動させるは、固有スキル『色調侵犯』。クロメルの心に宿る恐怖心の色を一時的に薄くし、動揺を抑える方向に調整していく。
「あ、あれっ? ベルさんに手を握ってもらったら、凄く落ち着いたような……?」
「そ、良かったわね」
クロメルの心が安定したのを確認したベルは、その後直ぐに素っ気なく手を離した。クロメルは何が起こったのかよく分かっていない様子だ。
「わあ、ベルさんの手って凄いですね! まるで魔法の手です! パパやママみたい!」
「そんなんじゃないわよ。それと、あの戦闘馬鹿や大食い馬鹿と一緒にするのは止めて。軽くショックだから」
表情ひとつ変えず、何事もなかったかのようにベルが歩き出す。しかし、そんなベルの事をリオンはよーく見ていたようだ。
『フフッ、ベルちゃんは優しいなぁ』
『な、何意味不明な事を言ってんのよ。驚かせちゃったのは私が原因だし、責任を取っただけよ!』
念話にてリオンにこっそりと指摘されてしまうベル。彼女の頬は僅かに赤みを帯びていた。
「それよりも試験よ、試験! 私は余裕だけど、貴女達はどうなのよ? ほら、リオン。さっき言いそびれた日程を言ってみなさい」
「うん、良いよー。試験は三日間行われて、初日の今日は筆記試験、明日は実技試験、明後日は面接試験をやる事になってるよ。3つの試験の総合点数で、合否判定が決まる仕組みだね」
「お勉強は筆記対策が中心で、面接は触る程度、実技に関しては全くというほど練習しませんでしたけど、これで良かったんでしょうか?」
「きっと大丈夫! シュトラちゃんを、ううん、シュトラ先生を信じよう! おー!」
「お、おー!」
リオンとクロメルが拳を突き上げ、自分達を激励する。
「………」
「「……(チラッ)」」
そして無言でベルを見る。
「……私はやらないわよ?」
「「えー」」
「やらないったら!」
結局、ベルは最後まで拳と声を上げなかった。
「フン。そんなに奮起しなくたって、逆に試験に落ちる方が難しいってもんよ」
「むむっ、ベルちゃんは自信満々だね?」
「自信どころか確信よ。クロメル、貴女は筆記試験以外、特に殆ど対策をしていない実技試験を不安視しているようだけど、心配するだけ無駄だわ。だってこの中で一番弱い貴女でさえ、S級冒険者に近い実力を有しているのよ? 戦闘経験もろくにないそこいらの貴族達が、そんな貴女よりも優れていると本気で思ってるの? だとしたら、とても現実的とは言えないわね。ナンセンスよ。仮にそれでクロメルが落ちたら、私とリオンくらいしか合格なんてしないわ」
「……そうなのですか?」
「え、自覚ないの? 貴女、今の強さでも割と世界の上位クラスよ?」
「んー、もしかしたらクロメルの判断基準、僕達になってるのかな?」
「は? どういう事よ?」
「えっとね―――」
リオンが自らの推測を口にする。セルシウス家の一員となってから、基本的にクロメルは家族と行動を共にしていた。他に関わるとしても、それは他のS級冒険者であったり、四大国の首脳陣、或いはグレルバレルカ帝国の悪魔達が殆どだ。詰まるところクロメルは、セルシウス家やそこに関わる面々の強さに馴染みが深い。そんな世間一般の化け物基準で物事を考えてしまっている為、自分の実力にいまいち自信が持てないのでは? 更に言えば、自分は標準的な普通レベルの力しか有していないと、そう考えているのではないか? と。
「なるほど。だからさっき、あんな雑魚達の視線を気にしていたのね」
「ベルちゃん、そこに関しては僕も気にしているからね?」
「まあ、そういう事なら実践あるのみよ。明日の実技試験、他の面子の力をよーく観察してみなさいな。多分貴女、手を抜いてるんじゃないかと勘違いすると思うから。でもだからって、自分も手を抜いたら駄目だからね? 兎も角クロメルが真面目にやる限り、実技試験の評価が低くなる事はないから」
「は、はい、私なりに頑張ります!」
ベルにポンと肩を叩かれ、色調侵犯で今度は胆力を高められるクロメル。これも素直に受け入れ、段々と自信が湧いてきているようだ。
「よし! それじゃ次、三日目の面接試験について。これについてはサラッと対策立てたんでしょ? それで十分よ、本当に十分」
「えっと、なぜですか?」
「考えてもみなさいよ。周りはプライドの高い王族や貴族、あとは豪商の跡取りの受験者が殆どなのよ? もちろん例外はあるでしょうけど、基本的にそいつらって鼻につくのよ。何を話しても、どう取り繕ったってね。面接中、必ずどこかでぼろを出すわ。それに比べたら、リオンとクロメルは善良も善良よ。マイナスイメージを持たれる事なんて、まずないでしょうね」
「そ、そうかな? そんなに真っ直ぐに言われると、ちょっと恥ずかしいや」
「フフン、存分に恥じなさい。さっきのお返しよ」
「あ、でもベルちゃんにそう思われていたって事なら、それ以上に嬉しいよ!」
「私もとっても嬉しいです。三人とも、仲良しさんですね♪」
「……ホント毒気がないわよね、貴女達」
「「?」」
逆に少し恥ずかしくなってしまうベルであった。
(面接に関しちゃ私が一番不利でしょうね、性格的に。ま、その分は筆記と実技で稼がせてもらうわ)
会話もそこそこに、リオン達は学園内の会場へと到着する。ここからは従者も入る事を禁じられ、受験者のみが入場を許される。
「さ、いよいよ会場入りよ。二人とも、名前の書き忘れなんてしないでよ?」
「うん、分かった!」
「了解です!」