第11話 人間計測器
「とはいえ、私はクロメル君達に多くを望むつもりはないよ。試験をトップで突破し、周りの学生達に流される事なく学園生活を謳歌し、更には中心人物としてまとめ上げ、飛び級で逸早く上へと突き進み、行く行くは首席としてルミエストを卒業する――― うむ、私が期待するのはそんなところだ。もちろん私は贔屓などしないし、他の生徒と同じくフラットに成績を評価させてもらう。こればかりは金で買う事はできないからね。全ては君達の実力と努力次第、だよ?」
ね、簡単でしょう? とばかりに、長台詞の最後にウインクを決めてくれたアート。男だけどそれを感じさせない美貌を持つだけあって、その様は大変決まっている。ただ彼が期待している事柄は、学園生活の全てにおいて最高の結果を残せと言っているようなものだ。済ました顔で大胆に期待してくださる。だがしかし、それは俺が望む展開でもある。そういった意味では、この学院長と目的は一致していると言えるだろう。
「私から伝えたいのは、まあそんなところだよ。そうだ。手続きが終わったら、学園内を少し見学してはどうだろうか? これも折角の機会、流石に私が直に案内する事はできないが、誰か案内役を付けるとしよう」
「誰かって、さっきの彼女みたいな調子じゃ、とても案内ができるとは思えないわよ?」
「さっきの彼女? ああ、カチュア君の事か。なるほど、その話し振りだと相当動揺していたようだね」
「動揺と言いますか、ええと……」
「あはは、気の毒になるくらいだったような……」
苦笑いを浮かべながら、クロメルとリオンが顔を見合わせている。
「やはりそうか。いや、カチュア君はあれで元A級冒険者なのだよ。サバイバルの専門家で、情報収集にも優れているんだ。ただ察知能力が優秀であるが故に、場合によっては精神面が著しく不安定になってしまうのが悩みの種でね。現役時代はそれでよく苦労したものだ」
「何となく想像できちゃいますね、その光景……」
如何に優秀な探索役だったとしても、あんな状態になってしまうのでは苦労もするだろう。
「フフッ。まあそんな難儀な体質のお蔭で、生徒達の力量を正確に推し量れるという訳さ」
「ん? 私達の案内に彼女をつけたのには、もしかしてそんな狙いがあったりします?」
「当然あるに決まってる。ステータスを隠されてしまっては、鑑定眼も意味を成さないだろう? っと、もうこんな時間か。呼び出しておいてすまないのだが、これから仕事があってね。私はこれで失礼させてもらうよ」
「いえ、お話ができて有意義な時間でしたよ。入学後、保護者としてまたお会いできる事を楽しみにしています」
「ああ、私も楽しみにしている。そしてベル君、クロメル君、リオン君の3名が試験をパスする事を、心から祈っているよ。今案内役をよこすから、この部屋で少し待っていてくれ。それでは」
束ねた髪をこれ見よがしになびかせながら、クールに部屋を出るアート。去り際まで自己愛に溢れている。
「……義父さん、やけに静かでしたね?」
「全てはベルの為にお口にチャック、である」
「な、なるほど……?」
「よしよし。ちゃんと学んでいるわね、パパ」
ベルに褒められ、無言のまま天に拳を突き上げる義父さん…… は、見なかった事にする。それから少しして、別の案内役のおじさんが到着。ベテランの風格漂うおじさんは、若干の緊張を窺わせながらも、問題なく学園内を案内してくれたのであった。
ルミネストは学園内部だけでも広大で、歩いて回るにもかなりの時間を要する。その上場所によっては生徒達が普通に授業を行っているところもあるので、一先ずはその邪魔にならない、言い換えれば目立たないような場所に限定して案内をしてもらっている。
「あの、さっき教室らしき部屋の中から、黄金色の輝きが見えた気がしたんですけど、魔法か何かの授業をしているんですか?」
「先ほどの教室ですね? 今の時間ですと、確か座学の講義をしている筈ですが…… あっ、生徒の制服が放つ光かもしれません。やたらと目立つ制服の者が、まあ稀にいますので」
「せ、制服ですか……」
とんでもない事を言っているようだが、おじさんは至って真面目に答えている様子だ。確かに街中でも黄金色の制服を見かけたけどさ、稀にいるレベルでいらっしゃるの? 自己顕示欲が強いのは勝手だけどさ、そこまで行っちゃうと授業妨害レベルじゃないの? そんなに金ぴかで自分の目は大丈夫なの? 等々、疑問が尽きない。
「……ベル、そういう輩とはできるだけ二人と関わらせないように、お前の方で注意をお願いできるか?」
「それ以前に私が関わりたくないのだけれど?」
「はい、仰る通りで」
稀にいる生徒数に一抹の不安を感じながら、俺達は学園の中庭に当たるエリアへと差し掛かる。この時間は授業がない者達だろうか? 設置されたベンチや整備された芝生など、所々に制服姿の生徒達の姿があった。入学前に学園内を見学する受験者が多いのか、俺達の姿を見ても特に注目する気配はない。
「んっ?」
この辺りの生徒達が普通の制服を着ている事に安心していると、ふと視界の隅に真っ白かつ巨大なモニュメントが映った。塔のように空へと伸びるそれは、このエリアの中心部に建てられている。そしてそれは、俺にとって見覚えがあるものだった。
「すみません、アレは何かの記念碑ですか?」
「ああ、あの柱ですか。文献によりますと数百年も前に、女神様がこの世界にもたらした奇跡の一つなんだとか。ルミエストに降りかかる邪悪を払い、我々を救済してくださる――― そのような象徴とされています。生徒達の間ではあの柱の下で愛の告白をすると成功するだとか、そんな噂もありますね」
「なるほど、青春ってやつですねぇ」
「ですねぇ。微笑ましいものです」
俺はおじさんに相槌を打ちながら、心の中でガッツポーズを決めていた。何せシュトラから情報を提供されていた、俺にとっての目的の一つを発見したのだ。アートの真似では決してないが、これはポーズを決めざるを得ない。
『ケルにい、アレってもしかして……』
『ああ、神柱だ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
学院長室にて扉を叩く音が響き渡る。アートは手元の資料に目をやりながら、部屋へ入るよう促す。
「し、失礼致します。アート学院長、お客様がお帰りになられました。そう、やっと帰られたのです……」
入室したのは最初にケルヴィン達の案内を担当したお姉さん、もといカチュア。何やら随分と疲れた様子で、ケルヴィンが帰路に着いた節の報告を行っている。
「ご苦労。早速ではあるが、カチュア君の所感頂きたいな。率直に言って彼女達、どうだった?」
「どうもこうも、今の私の調子を見て頂ければ、丸分かりかと……」
「ほう、流石は冒険者時代は『人間計測器』と呼ばれ、私とパーティを組んでいたカチュア君だ。今も変わらず頼りになる。私は君の体が感じた事を、心から信じよう!」
「いいい、言い方! 言い方を気を付けてくださいっ! そそそ、それにそれは学院長が勝手につけたあだ名じゃないですか…… それにしたって学院長、酷いですよぉ。あんな怪物を立て続けに測らせるなんて……」
「ああ、その通りだ。私は酷く美しい。最早、この美しさは罪。カチュア君はそう言いたいんだね……!」
「全然違います! うう、学院長は今も昔も勝手が過ぎます。自己愛も過ぎます……! 先日もあんな怪物受験生の強さを測らせたじゃないですかぁ…… 本当に酷いです……」
「ああ、あの子の事か? そういえばあの日も、今日と同程度にやつれていたんだったか。ふむ、今年の入学希望者は実に素晴らしい。彼女も人間ではないし、私の期待は膨らむばかりだ。そして期待値が高まれば、私の美しさも更に高まる! そうは思わないかね、カチュア君!?」
「はぁ~~~……」
カチュアは今日一番の溜息で返答するのであった。