第10話 縁無
アート学院長は自意識が強い系のダークエルフらしく、俺達がもういいですと断っても、なかなかポージングを止めてくれなかった。結局、リオンがスケッチブックに即席で肖像画を描き、それをプレゼントする事で何とか満足してくれた。
「ほう、これは興味深い。リオン君は芸術にもおいても凄まじい才があるようだ。この美しき肖像画、ありがたく頂戴しておくよ。残念ながら、試験の加点対象にはできないけどね」
「気にしないでください。僕、試験には真っ当に合格したいので!」
「ほほう、これまた興味深い。S級冒険者の仲間には変人奇人が多いというのに、ここまで真っ当で純粋な性格だったとは。セルシウス卿は素晴らしい妹君をお持ちのようだ。そう、この私のようにね」
「ははは……」
どの口が変人奇人を謳うのだろうと苦笑い。数秒前までのポージングの嵐をお忘れなのかな?
「話は変わりますが、本日は―――」
「―――ああ、皆まで言わなくとも理解している。此度の学園への訪問は入学試験の手続きと申請、それらを行う為で、私と会う予定はなかった。どうしてこの場に招待したのか、それを聞きたいのだろう?」
「……え、ええ、まあ端的に言えば」
やけに食い気味に喋るな、この人。
「ならば私も端的に話そう。私が個人的に興味があったのだ。まず第一に、私と同じS級冒険者であるセルシウス卿。既に西大陸のS級冒険者『桃鬼』と『紫蝶』、それに『女豹』とも会い、拳を交えていると聞く。この大陸で未だに相対していないS級冒険者は、私と冒険者ギルド本部の総長たる彼女だけ…… となれば『縁無』の二つ名を持つ私とも、是非会っておくべきだろうと思ったんだ。神が創りし美の極致たる私を目にしていないなんて、不幸以外の何物でもないのだから!」
「……カモシレマセンネェ」
んー、すんごいナルシ―。端的と言いつつ、結構な長台詞で説明してくださった。しかも、第一の理由だけでこれだ。長くなるパターン? これ、話が長くなるパターン? 学び舎のトップの話は長いってのは、どこの世界も同じなんだろうか。それに何だよ、縁無って。確かに眼鏡はフレームのないタイプのものだけど、それを二つ名にしちゃって良いの?
『ケルにい、色々とツッコミたいような顔をしているね。実際の表情には出ていないけど、その、心の方で……』
『流石は我が愛する妹、やっぱり分かっちゃう?』
『うん、分かっちゃう。多分、二つ名のところで引っ掛かってるんじゃないかな? 言っておくけどアート学院長の二つ名、眼鏡の事を指している訳じゃないよ?』
『やっぱり? となれば、アートの能力や戦闘スタイルの特徴が反映されてるって事か。あ、その辺は説明しなくても大丈夫だから!』
『あははっ、分かってるよ~。ただね、この縁無って二つ名、言葉遊びでこんな読み方になっているみたい。ユーモアがあるというか、命名した冒険者ギルドの人も色々考えてるよね』
言葉遊び、ね。縁無、縁が無い、無縁――― 人と関係を持たない、見つからないって意味では、アンジェみたいな暗殺者タイプのようにも思える。勝手な偏見だけど、ダークエルフはそういう職業が多そうなイメージ。
しっかし、二つ名は一体誰が名付けているんだか。人の二つ名で言葉遊びなんて、あまり褒められたものではない。そういう意味では、俺の『死神』は随分と真っ当だったと言える。
「おっと、私の眼鏡が気になるか? 流石はセルシウス卿、良い目の付け所だ。この二つ名を得てからというもの、より眼鏡を洗練させようと努力したものでね。どうせ見られるのならと世界各地を回り、私に相応しい眼鏡を探したんだ。まあ結局は自らデザインしてのオーダーメイドに―――」
聞いてもいないのに、アートの口は止まる気配を見せない。眼鏡トークが止まらない。
『リオン、眼鏡は無関係なんだよな?』
『その筈、なんだけど……』
これ、最初は『無縁』とかで能力をストレートに表現していたけど、アートがギルドに殴り込みして変えさせたとか、そういうオチじゃないよな……? ま、まあ二つ名にも色々あるって事で。
「アート学院長、学院長の眼鏡愛は十分に分かりましたから、次のお話に……」
「む、重ね重ね失礼した。どうも私は己に心酔する悪い癖があるようでね。そして身に着けるものもまた然り、なのだ。ああ、分かってる。話を戻そう。第二の理由についてだが、どちらかと言えばこちらが本命だ。そちらのベル君とクロメル君がルミエストに入学するに際して、少し、いや、よく注意してもらいたい事があってね」
「私、ですか?」
「ふん」
今のアートに眼鏡トークをしていた時のような柔らかさはない。最初に彼に抱いた、敏腕なイメージに戻っている。それだけ重要な話って訳だ。
「知っての通り、このルミエストは長い歴史を誇る世界屈指の学び舎だ。かつての国から独立し、各国と関係を結んで今の仕組みを形作っている。しかし、だからこそと言うべきだろうか。ルミエストに入学する為には莫大な金が掛かり、その大半は王族や貴族で占められている。種族も人間が殆どだ。よほどの力を持つ亜人の国の者でもない限り、エルフやドワーフ、獣人はいないと言ってもいい」
「差別意識が高い、という事ですか?」
「簡単に言ってしまえばそうなる。地位や財力だけでなく、歴とした実力を伴わなければ入学は適わないが、それも完全ではない。それを補うほどの金を支払って強引に入学する者も、現にいるのだからな」
「それ、私達の前で公に言って良い事なの? 裏口入学をやってるって言っているようなものでしょ、それ?」
「何、入学の条件にも明記している事だ。国よっては己の財力で権利を勝ち取る事を良しとし、逆にその行為を貴族間で力の指標とする者達もいる。四大国で形成された東大陸では珍しいかもしれないが、幾つもの国々が集う西大陸諸国では、それが一般的だと思ってくれていい。要は高慢かつ差別的な者が多いのだ。これは仮の話なのだが、そんな中に悪魔であるベル君、天使種族のクロメル君が加われば、少なからず嫌な思いをする事があるだろう。ましてやベル君は北大陸の大帝国から渡ってきた王女、クロメル君は他に例のないS級冒険者の愛娘なのだからね。嫌でも注目は集まる。この界隈に住まう者達は目立ちたがりで、ちょっとした事でも腹を立てやすい。そんな経験、今までになかったかい?」
あー、トライセンのタブラみたいな、あんな感じかな? そういやファーニスを訪れた際、シュトラ達もあそこの双子姫に謎のいちゃもんを付けられていたような…… やっぱ上の階層の方々の世界は、陰湿で面倒なんだろうか。大抵を武力で解決しちゃう北大陸や、全ての国が安定した力を持つ東大陸とは、また事情が違うのかもしれないけどさ。
「ふーん、要は忠告って事かしら? ここに通う事になったら、辛い思いをするから止した方が良いって」
「いいや、それは違う。むしろ私は、君達の入学を歓迎している立場だ。私の見立てでは、君達は何の問題もなくルミエストへ入学する事となるだろう。私のような亜人が多く在籍できるようになるのは、これからのルミエストにとって絶対に必要な事なのだ。先代はその為にも、ダークエルフのこの私に学院長の座を渡したのだからね」
「あの、アート学院長も就任の際、苦労されたのですか?」
「教員の中にも、昔からの風習に囚われている者がいるくらいだ。正直なところ、反発は今も多いよ。尤もこの美しさで見惚れさせれば、心を入れ替えてくれる者が多いのもまた事実っ! やはり私は新世代の学院長として、これ以上ないまでに適任だったと断言せざるを得ないね」
バッと立ち上がり、再度ポージングを取り始めるアート。貴族タイプではないけど、こちらも違う意味で目立ちたがり屋だ。暗殺者タイプではない気がしてきた。
話を纏めると、彼はクロメル達がルミエストへ入学する事で、内部の様相が変わる事を期待しているらしい。しかし、それって相手がS級冒険者だから、力業で従っているんじゃ…… こんなポージングで圧を掛けられれば、そりゃあ首も縦に振る。ま、まあ、そんな込み入った事情があるのなら、多少の力業も必要って事なんだろう。先代の学院長様が期待しているのは、アートの美しさではなく強さ、それに異種族ってところだと思う。そうじゃなかったら、マジで見損なうぞ先代様。