第8話 パパ特効
「疲れた……」
「そ、そうだね。お疲れさま、ケルにい……」
検問所は散々だった。身分証と乗車している者、積み荷の確認と、俺達が乗っていた馬車に関しては何の問題もなかったのだが(それでも異様なまでに怖がられはしたけど)、義父さんが乗る後ろの馬車が不味かった。
「パパったら、何を張り切っていたのかしらね? まったく、歳を考えてほしいものよ。娘として恥ずかしいわ」
「ま、まあ父親の立場ってのは、色々と複雑なんだよ。でもまあ、時と場合を選んではほしいけど」
こちらの馬車がチェックをクリアして、義父さんの馬車に順番が回ってきた時の事だ。まあこれなら問題ないだろうと俺が僅かに油断した瞬間、義父さんの馬車の扉が不意に開けられた。そこからバァーン(イメージ音)と現れる規格外の巨体、不機嫌そうな表情はプレッシャーを撒き散らし、周囲の人々騒然、こちらの馬車の御者をしていたルドさんのお仲間も唖然。ついでに俺も目が点になってしまった。一体何事かと。
『グ、グスタフ様? い、一体何を……?』
『警備体制の確認だ。我の最愛の愛娘の一人、どうしようもなく世界一かわゆいベルを預ける事になるのだ。こうして直に外敵からの護りの厚さを目にせんと、心配で心配で我が夜も眠れなくなってしまうではないか。それは我の健康を害する事に繋がり、延いてはベルがパパンを心配しちゃう事にもなる。さすれば身を焦がすほどの歓喜に我は包まれ、興奮によって更なる不眠へと誘われるだろう。 ……む? それはそれでアリだったのでは? いや、しかしだ。やはりベルに要らぬ負担を掛ける訳にはいかぬ。命を賭して目に焼き付けるのだ、この光景を……!』
そう言って、その場で仁王立ちを続ける義父さん。親子だけあって、そのポージングはセラがよくやるものに大変似ていた。が、セラがやると気品と華々しさを感じるこの姿勢も、義父さんが行う事でその場が生き地獄と化してしまう。悪魔随一の強面である義父さんが、あっちこっちに眼を飛ばしまくっているのだ。怖くて直視できたものじゃない。取り調べを行う筈のルミエスト門兵の方々も、無意識のうちに視線を逸らす始末である。近寄るなんて以ての外だった。
「あの直後にベルが言葉の刃で注意してくれたお蔭で、大人しく馬車に戻ったから良かったけどさ。あれ以上の騒ぎになっていたら、ちょっと面倒な事になっていたよ」
「ベルちゃんの一声で、吃驚するくらいすんなりと戻ってくれたよね……」
「でも、かなりショッキングな様子でした。大丈夫でしょうか? その、お身体の方も……」
「いつもの事だから、心配する必要なんてないわよ。手続きとか言ってたかしら? ま、それが終わるまでは大人しくしてるでしょ、きっと」
視察に妙な力を入れる義父さんのストッパーとして逸早く動いたのは、意外な事にベルであった。点になった目を正気に戻した俺よりも速くに馬車を飛び出し、華麗に跳躍して義父さんの頭部目掛けて、勢いの乗った踵落としをお見舞い。頭から叩き落され、地面に猛烈なキスをしてしまう義父さん。そして更に唖然とするギャラリー&馬車に取り残された俺達――― 次いでベルは、心を抉るような言葉をこれでもかと投げに投げ、義父さんの心を再起不能状態にしたのだ。
「父は娘には勝てない。それはどんな種族にも共通、か……」
「パパ、何か言いました?」
「いんや、クロメルはいつも変わらず可愛いなって」
「えっ? も、もう、パパったら!」
クロメルにかわゆく首を傾げられたので、俺は表情を崩しながら思いのままに言葉を返した。義父さん、此度の件は不問と致しましょう。愛ゆえに……!
とまあ、ベルに汚物を見るような鋭い視線を浴びせられたのは良いものの、さっきの騒動で実害がなかった訳ではない。ルドさんの交渉術と四大国の権威に物を言わせ、ルミエストの玄関口を何とか突破した俺達。しかしやはりと言いますか、少々目立ち過ぎたんだ。予定では手続きに入る時間の合間に、ルミエストの街中を散策するなど、ちょっとした観光要素もあったのだが、あんな騒ぎの後ではそうもいかない。前にも言ったように、入学前のリオン達へのマイナスイメージは絶対にご法度だ。よって、騒動の記憶が人々の記憶に根付かないうちにこの場を退散し、学園都市内部へと姿を暗ます必要があった。現在ルドさんにお願いして、ルミエストの中心部――― 手続きを行う学園の校舎へと、極力目立たないように向かってもらっている最中である。
「こりゃあ、観光は少し時間を置いてからかな?」
「それが良いかも。でもでも、まずは手続きをしっかりしないとね! 頑張ろー!」
「頑張るのは良いけど、書類関係を実際やるのは保護者なんでしょ? リオンが気合いを入れても仕方ないわ」
「いや、問題ない。その応援が保護者の力になるからなっ!」
精神的に救われるし、クロメルの力で身体的にも最強になるだろう。セルジュだろうがプリティアちゃんだろうが、どんと来い! ……いや、さっきの門兵さん達の反応の件もあるし、やっぱり止めておこう。ストップ、今日のところは来ないでお願い。
「ケルヴィンの旦那、盛り上がっているところ申し訳ねぇんですが、そろそろ校舎に到着しやすよ。正門ではなく来客用の門からになりやす。で、さっきのような検問をもう一度やる事になってやして、だから、そのですね―――」
「―――パパの事を不安視しているのなら、安心してくれて良いわ。流石に同じ過ちを二度も続けてしたら、親子の縁を切るって宣言してやったから」
お、鬼がおる…… あ、いや、悪魔だったわ。
「え、ええと、そうらしいです。一応俺も直ぐに対応できるよう身構えておきますんで、ルドさんは検問の方に集中してください」
「へ、へい。承知しやした」
ここに来てまた検問、などと溜息の一つもしてしまうところだったが、裏を返せばそれだけ警備体制は万全という事だ。校舎を囲う塀を見れば、結界も空へ伸びるように施しているようだし。その辺を不安視する義父さんは今のところ意気消沈してるみたいだから、後で丁寧に教えて差し上げよう。少しは安心してくれるだろう。
―――で、ここでの検問は何事もなく、無事に学園内に入る事ができた俺達は、馬車をルドさんにお任せして、手続きを行う窓口へと向かおうとした訳だが。
「あっ、しょ、少々お待ちを……! 学院長が直ちに参りますので、こ、こちらで少々お待ちくださいませ」
門の警備員に学院長が直に来るからと、呼び止められる。
「い、いえっ、まずは客室へご案内しますすすす……! 学院長も、そちらにむむ、向かいますので! ケケ、ケルヴィン様にグスタフ様でで、ですね!? どどど、どうぞこちらへへへへ……!」
「……どうぞお構いなく」
それもつかの間、その直後に校舎の方からバタバタと現れた事務制服のお姉さんに、客室へと案内される事となったのだ。警備員も緊張気味だが、このお姉さんはそれどころじゃないようだ。
「あわっ!?」
えっと、ちょっと早く来過ぎたかな? 街で潰す予定だった時間を繰り上げて来たから、それで予定が変わって焦ってるとか?
「あいたっ!?」
いやー、そもそも学院長と会うなんて聞いていないし、そこまで時間が変わった訳でもないぞ。お姉さん、大丈夫ですよ。この魔王は良い魔王。それ以前に元魔王。北大陸とS級冒険者、怖くない、怖くないよー。
「ふべっ……!」
なんて、俺の心の声が届く筈もなく。意識が朦朧としている義父さんを何とか引き連れて客室に辿り着くまでに、お姉さんはベタに三回も転んでみせてくれた。 ……全部顔から、何もないところで。