第7話 検問
「旦那、そろそろ街の入り口ですよ。まずはあっしが対応しますが、一応身分証明の用意をおねげぇしやす」
舗装された山道を進む事、暫くして。馬を操る御者のルドさんから、そんな連絡をもらう。
「っと、いよいよ到着か。了解です。ルドさん、後ろの馬車にも連絡をお願いします。勘が良いので気付いているとは思いますけど、念の為」
「へえ、それはもちろんでさぁ」
今回、馬車の移動で雇う事になったこのルドさんは、以前パーズとトラージ間の移動の際にもお世話になった、あの腕利き御者さんだ。道中で『黒風』盗賊団に襲われた時、と言った方が分かりやすいだろうか?
あの後にルドさんは、その筋ではトラージのツバキ様が一目置くほどに名声を高めたそうだ。所有する馬車の規模と質、その両方を向上させ、若者の育成、更にはトラージの観光にも大いに貢献するなど、ツバキ様に資金面を支援される事まであるのだという。で、ルドさんを雇う切っ掛けとなったのも、確かな腕を持つ御者と立派な馬車を俺が探していると、どこからか地獄耳で聞きつけたこのツバキ様だった。
『ここだけの話、ルドは元々西大陸の出身でな。その昔は戦乱の最中、安全なルートを見極め御者としての技術を磨いたそうなのじゃ。もちろん、今と昔では土地状況は違うであろう。しかし、そこはプロというもの。前準備さえしっかりとして行けば、まあ何とでもなるものよ。馬車は我がトラージが特別に用意してやろうぞ。何、妾とケルヴィンの仲ではないか。そう遠慮するでない。もうルドには連絡をしておってな、予定していた仕事を全てキャンセルさせて、いつでも行けるよう手配しておる。いやいや、礼は要らぬ。妾はいつでもケルヴィンの味方、これくらいの厚意は当然なのじゃ。フォッフォッフォッフォッ』
とまあ、こんな感じでルドさんが率いる御者の一団を熱く薦められ、ツバキ様に精神的に押されまくった俺。当初は何か裏があるのでは? と、かなり疑ったものだが、俺としてもルドさんの熟練した技術を知っていたので、まあルドさんならと、トントン拍子で話が決まった訳である。そのついでにトラージの最新技術が詰まったこの馬車も拝借。いやはや、雅雅、黒宮雅。
……まあ、ルドさんはルドさんでルミエストでの新規事業拡大活動を命じられているらしく、体の良い馬車の護衛役に使われた感もあるけど、そこはあくまでギブアンドテイク。双方にとってプラスであれば、何の問題もないのだ。
「一応、四大国全部の国王クラス直々に身分証明を発行してもらってるけど、こういう時は第一印象が大事だ。皆、怪しまれないように、基本はスマイルを心掛けようか」
「ケルヴィン、私が僅かに持つ親切心から言ってあげるけど、貴方は止めておきなさい。戦闘時の顔を出されたら、不審者どころの話じゃないから。一発アウトものよ」
「ベル、お前俺を何だと思ってるの?」
「笑顔が不気味な戦闘狂」
いや、半分間違ってはいないけどさ、俺だってその場に合わせた笑顔ができるからね?
「まあまあ、取り敢えずは自然体でいこうよ。僕とケルにいが身分を偽って関所を通ったトライセンの時とは違って、今日は正規の訪問になるんだし、普通にしていれば何の問題もないよ、きっと」
「お、トライセンに侵入した時の話か。懐かしいな~。そうそう、俺にはその時の実績があったんだ。ベルよ、俺は普通の笑顔もできるんだぞ? ほらほら(ニコッ)」
「……詐欺師が浮かべる笑顔の間違いじゃない?」
「ぷふっ……!」
愛娘よ、変なところで笑いのツボに入らないで、お願い。普段はそうでもないけど、そういうところはママに似ているから泣ける。
と、そんなこんなでルミエストの防壁間近にまで到着する馬車。近くで見ると、防壁が更に高く感じられる。これ、どれくらいの高さがあるんだろうか? 何十メートルクラス?
「結構な列ができていますね」
「一組一組、かなり厳重に確認してるみたいだね」
ルミエストの防壁は入る用、出る用で出入口が分かれていた。出るにも入るにも身分と荷物の確認が行われ、リオンやクロメルの言う通り厳重な警備体制を敷いているのが分かる。
「流石はお偉いさん御用達の学園。だからこそ、誰であっても平等に検問か。やっぱこれ、俺達も見られるな」
「お洒落してきて良かったよね!」
「です!」
本日の目的は事務的な手続きだけとはいえ、こんな事もあろうかと身なりには気を配ってきたのだ。俺とリオンはS級昇格の際に貰った例の礼服とドレスを、クロメルにはエフィルに上品な黒のドレスを仕立ててもらった。リオン達のドレスに倣って、こちらにも翼の模様が刻まれている。控えめに言って、二人とも天使としか喩えようがない。白も黒も、どちらも輝いて見えてしまう。
「はぁ…… 私はこんなヒラヒラした服装、あんまり好きじゃないんだけど……」
「えー、とっても可愛いのにー」
「はい、とっても可愛いです! それに、格好良いとも思います!」
当然ではあるが俺達だけでなく、ここにいるベルと後方の馬車に乗る義父さんも、儀礼的な恰好(但し軍服)となっている。ベルはルミエストの制服でもあるスカートに慣れてもらう為なのか、やや丈の丈の短いスカートに紫の軍服姿だ。全体として格好良くもあるが、同時に女性らしい可愛らしさも感じられる。そして、たぶんこれは義父さんのチョイスだろう。俺の感想は既にクロメル達が言ってくれている。ベリーベリーナイスチョイス、イエス……! ちなみに義父さんの軍服姿は、ええと、まあその、イメージ通りの威圧感だと思います。虫除けする気満々です。
「分かった、分かったからそれ以上べた褒めするのは止めて。世辞でも、ちょっと恥ずかしいから」
「お世辞なんかじゃないですよ? 出発の際、セラさんも頬ずりをするほど喜んでいましたよね。グスタフおじさんなんて、洪水みたいな涙を流してました。詰まり、皆さんが認めています! パパもそう思いますよね? ねっ、ねっ?」
「うん、すっげぇ思う。ベル、似合ってるぞ」
「セラお姉様とパパは、単純に私に甘いだけよ。ほら、そろそろ順番が回ってくるわよ。そっちに集中なさい、そっちに」
「「はーい」」
あ、あれ、ベルさん? 地味に俺の発言、スル―されました? ……ま、まあ良いさ。ベルの提案は照れ隠しでしかないって、バレバレだからな。ただ、検問の順番が回ってきそうなのもまた事実。これ以上いじったら蹴りが飛んできそうだし、リオン達に倣ってお行儀良くしておこう。
「―――今、確認が取れました。お手数をお掛けして申し訳ありません、ユーステレサ様。そしてようこそ、学園都市ルミエストへ。どうぞ中へお進みください」
「うむ、ご苦労」
ルミエスト門兵の許可を受けて、俺達の前に並んでいた馬車が前に進み始める。態度から察するに、あちらさんも結構な地位にいそうだ。
「それでは次の馬車、こちらの停止線まで進んでください。 ……はい、そこで結構ですよ。っと、あまりこの辺りでは目にしないタイプの馬車ですね? 失礼ですが、代表者のお名前をお伺いしても?」
「へえ、本日学園への入学希望手続きをする事になっている、東大陸のS級冒険者、ケルヴィン・セルシウス様の馬車でさあ」
「なあっ!? え、S級……!?」
何だかよく分からないけど、門兵達に衝撃が走る。お偉いさんに会い慣れているであろう者達にとっても、S級冒険者とは怖い存在なんだろうか? 西大陸の代表的なS級冒険者と言えば――― ああ、なるほど。全てを理解した。門兵さん、怖がらなくても大丈夫ですよ。プリティアちゃんほどのインパクトは、流石に俺にはないので。