第6話 体は正直
学園都市ルミエストは、西大陸南西部の山間に位置する街だ。山間というと田舎なイメージを持つかもしれないが、ここに来るまでの道のりはしっかりと舗装されており、しかもルミエストは隣接する国々の全てと繋がっている。街自体もちょっとした国の都並みに栄えていて、この地で暮らしていく分には全く不自由しない環境が整っているのだ。元々はどこかの国に属する場所だったらしいが、いつからか複数の国々から留学生を招くようになり、今では国から独立して学園が街の運営に携わっているのだとか。そこまでに至った経緯はもっと複雑なんだろうが、リオンから貰った資料でしか勉強していない俺にはさっぱりな話だ。まあ色んな国の支援で成り立っているそうだから、東大陸でいうところのパーズみたいな立ち位置、なのかな? ルミエストへ出発する前日、俺はその辺の事情をシュトラに聞いてみた事がある。
『各国の思惑、学園の利権、街で商いを行う者達の水面下での活動エトセトラエトセトラ――― 説明すると、その辺もかなーり重要になってくるけど、講義しましょうか、ケルヴィンお兄ちゃん?』
『あ、いいです遠慮します』
『えー』
うん、軽い気持ちで聞いたのがいけなかった。講義がしたくてうずうずしていたシュトラには悪かったが、そこまでは興味のなかった俺は、即座にその場から撤退した。それはもう、自分でも驚くほどの逃げ足の速さだったと思う。
「あ、見えてきたよ! 学園都市ルミエスト!」
馬車の窓から外を覗いていたリオンが、進行方向を指差しそんな事を言った。リオンの言葉に釣られて、どれどれと俺も窓の外を見る。
山頂から山を下り出した今は、正にルミエストの全景を一望する絶好の機会だった。緑溢れる山々の境目に、周りの風景から一転して聳え立つ、明らかな人工物の姿がある。高い高い、それはそれは高ーい灰色の防壁だ。壁に継ぎ目がないところを見るに、ただの石材や煉瓦で作られたものではないっぽい。よくよく見れば、壁の表面に魔力が流れているし、俺の絶崖黒城壁みたいに魔法で生成したものなのかな? 防壁には四方に伸びる道毎に門が設けられていて、そこで一人一人に対して出入りの確認を行っている様子も窺える。各国有力者の子が通う学園なだけあって、セキュリティも万全に整えているようだ。
「許可がもらえれば、パーズの石壁もあれくらいに作り直したいな…… いや、それ以上の代物に仕上げたい」
「何よ、街を要塞にでも作り変える気?」
「ハハッ、そんな野暮な事をするつもりはないさ。街の体裁を保ちつつ、防衛力だけそれくらいにするつもりだ!」
「どう違うのよ……」
全然違う。護る事に特化した要塞なら、最終的にそれはもう性能重視の武骨な出来になってしまう。だが、人々が住まう場所にはそれに伴う趣が必要になるんだ。それを壊さない絶妙なバランス、それが最重要課題だ! って、いつかダハクが言っていたような。ま、まあ兎も角、俺にだってエルフの里で挙げた実績がある。今度時間がある時にでも、ミストギルド長に提案してみよう。
「わあ、とっても綺麗な街ですね!」
「うんうん! 学校も凄く立派!」
防壁を抜けた内部は一際大きな学校施設を中心に、整然とした街並みが広がっていた。細部を覗くと街を歩く者達に交じって、ルミエストの制服を纏う生徒の姿もある事が分かる。へえ、こんな昼間から街を出歩けるのか。ああ、そういえばルミエストは、自分が選択した授業を受ける単位制の学校だったな。授業が空いた時間の合間に、ああやって自由に過ごす事もできると。なるほどなるほど。
「見た感じ、制服も生徒それぞれで結構違う感じだな。その辺も自由な校風だったっけ?」
「だね~。支給品をそのまま着る人もいれば、オーダーメイドで個性的に魔改造しちゃう人もいるんだって。制服の原形が分かる程度であれば、まあオッケーらしいよ」
「シュトラさんやコレットさんは、支給品をそのまま着る派だったのようです。後者の方々は、ええと、じこけんじよく? の強い貴族の方が多かったとか」
「ああ、何となく想像できちゃうな、それ…… っと、噂をすれば何とやらだ。ほら、あの男とか凄いぞ! 制服が全身金ぴかだ!」
「ど、どれどれ!? わっ、本当だっ!?」
「ええっと…… ちょ、ちょっと私の趣味とは合わないかも、です……」
遠目でもその輝きで位置把握ができるほど、ギラギラと光沢のある制服を着る生徒に注目する。金の長髪顔は鼻が高く超絶美形と正に王子様風の男なんだが、そのコスチュームが全てを台無しにしていた。あんなのが制服として認められているのかと思うと、少し頭が痛い。一応入学したら、彼もリオンの先輩になるんだろうか。なるんだろうな……
「んんっ…… あの光の事? まだあんなに遠くだってのに、3人ともよく細かいところまで見えるわね?」
「ん? ああ、そりゃあな。俺、エフィルからS級の『千里眼』を借りて来てるもん。この程度の距離なら、道端に落ちてる石ころまで丸見えだ」
腕に装備している悪食の篭手を軽くベルに見せ、カラクリを説明する。
「ああ、そういう…… じゃあ、リオン達は?」
「僕? 僕の場合、ケルにいが記録して配下ネットワークに挙げた情報を、クロトの分身体を通じて確認した感じかな。ほら、出ておいで~」
リオンがそう言うと、軽鎧の肩のあたりから小さな分身体クロトが顔を出した。「よっ」と挨拶で手を振るように、体の一部がぴょこんとせり上がった。
ちなみにこの分身体にはそれなりの戦闘力を持たせ、リオン達の予備護衛の役割も担ってもらっている。万が一にリオンらが対応できない時だろうが、基本的にS級モンスターもちょちょいと一撃だ。もちろん、これは悪い虫、趣味の悪い先輩にも有効である。
「私も分身体クロトさんを持ってますよ。けど、私はパパと契約しているので、直に意思疎通してます。殆どタイムラグなしに把握できるので、とっても便利です!」
「なるほどね。へえ、セラお姉様から話には聞いていたけど、これがあのスライムなの。へえ、へえ……」
リオンの肩に乗った分身体クロトを、ベルが指先でつんつんと突っつく。なぜか知らんが突っつきに突っつく。その指は止まらない。 ……感触が癖になってきた、とか? それなら―――
「あ、そうだ。ベルにもクロトの分身体を貸すよ。さっきリオンが言った通り、クロトがいれば配下ネットワークに参加する事ができる。二人を護衛する他に、学園で生活する時にもきっと役立つ」
リオンとクロメルの分身体の戦力は分割したくないので、俺が持つクロト分身体を更に分裂させてベルに手渡す。意外というか予想通りというか、そっぽを向かれながらも、ベルはクロトを素直に受け取ってくれた。
「そう? ま、そこまで言われたら断る訳にはいかないわね。仕方ないから、ありがたく借りてあげるわ。本当に仕方なくだけど、たまには貴方の顔も立てないといけないからね」
「お、おう、助かるよ……?」
一見素っ気ない態度を取っているように見えるベルであるが、彼女が両手でクロトの分身体をぷにぷにして止まないのを、俺は見逃さなかった。本当に素直じゃない奴だ。




