第589話 栄冠に手を伸ばす
ジェラールとの剣戟を繰り広げている間に、セラとクロトの必殺コンビ、リオンとアンジェの無敵コンビが急接近。更には俺を逃がさないようにする為か、エフィルの魔法で蒼き炎の壁が四方八方に生成される。炎のダイスの中に、全員が閉じ込められる形だ。あ、いや、閉じ込められたのは俺だけか。エフィルを近くで護るジェラールには火竜王の竜鱗外装があるから、俺よりも熱さに強くなっているだろうし。
『黒斗紅闘諍!』
セラの異形の腕にクロトが融合し、見た目こそは変わらないものの放たれるプレッシャーが倍化する。技の命名の仕方がセラらしいなと思いつつ、またやべぇもんを編み出したなと感心してしまう。セラとクロトの特性が、全てあの魔鎧に集約されているんだ。触れてしまうのもアウトって点は同じだが、純粋な威力自体も掛け算式に合わさってないか、これ? 如何に過去最高状態の俺といえども、あれで思いっ切り殴られたら、とてもじゃないが無事では済まされない。
そしてそして、そんな目立つセラを隠れ蓑に、密かに近づこうとしているのがアンジェ達だ。念話にて叫ぶ事はせず、されどしっかりとセラ達の能力を模倣しているリオン。そして遮断不可状態でリオンをお姫様抱っこし、速やかな運搬を試みるアンジェ。首狩猫運輸は今日も最短時間で荷物を運んでいる。まあその荷物ってのは、俺に敗北を届ける訳なんだけど。うん、控え目に言って最高のプレゼントだ!
『ほれ、これで詰みじゃて!』
『ご主人様のハート、射止めます!』
『いいえ、やるのは私とクロトよ!』
ジェラールの魔剣が、エフィルの矢が、セラの拳が俺の喉元にまで迫る。これをどうにか躱し防いだとしても、その隙を突いてリオンアンジェの不意打ちが飛んでくるだろう。そもそも、この炎の要塞の中には逃げ場がない。絶体絶命、絶望の淵――― 千載一遇のチャンス!
『素直にやられる俺じゃねぇよ! 栄冠の勝利領域・Ⅵ!』
罠を張っていたのはお前達だけじゃない。俺だってそうだ。密かに詠唱を終え、その上で魔力超過を加えたオリジナル魔法を炸裂させる。
炎の巨大檻を締め付けるように顕現したのは、幾重にも重ねた光輪の層だ。この魔法の対象範囲は輪の内側、詰まりはここに集結した全ての者に適用される。序盤のバラバラの状態じゃ、外側から邪魔をされる恐れがあったからな。機を窺って正解だった。
『何これっ! ケルヴィンの新しい魔法!?』
『って、アンねえ! 能力解除しちゃってるよ!』
『あれっ!? そうしたつもりはないんだけど、いつの間に!?』
『むむう……! クッ、絶好調なワシの力でもビクともせん!』
ジェラールが力に任せて抜け出そうと奮闘している。だが、それで解放されるようなやわな代物なら、俺がここで使う筈がないだろうに。いつかくるであろう仲間達との本気のバトルに備え、俺は最新の魔法を内緒で練りに練っていたのだ。パワーで捻じ伏せるには、そうだな…… 全竜王の馬力を集めるくらいはしないと全然足りないだろう。
『私の炎を捕らえるあの輪、ご主人様の栄光の聖域に似ていますね』
『流石はエフィル、鋭いな。確かにモデルにしたのは栄光の聖域、だが単にそれを強化しただけだと、セラやアンジェには通じない。だから、もう一工夫加えさせてもらった』
『どんな工夫よ!?』
『それは言えないだろ……』
『えー! 狡いぃ~! って、うわっ! 固定した血が元に戻ってる!?』
『じゃよねー。ワシは分かってたよ、うむ』
この栄冠の勝利領域は栄光の聖域を下地にしているだけあって、対象の動きを封じる拘束効果は未だ健在。肉体の一部に3つリングを施す形から、現在の効果範囲一帯を巨大リングで締め付ける形へと形態を変化させている。空間ごと束縛している為、セラの『血染』がリングに触れる事がなくなる安心設計なのである。
『ジェラじい、冷静に分析してる場合じゃないよー……』
『あ、駄目だ。透過の再発動もできないや。えへへ、能力を過信して迂闊に近付き過ぎちゃったか~。失敗失敗』
『アンねえ、笑ってる場合でもないよ!』
『うう、対人戦中のリオンちゃんは厳しいよ~……』
リオンは対人戦の鬼だからな。おっと、話が逸れた。軌道修正、話を元に戻そう。もちろんこれだけの力では、何でも透過してしまうアンジェを捕らえる事はできない。その解決策として付与されたもう1つの効果が、範囲内にいる者達が有する固有スキルの強制解除だ。アンジェとリオンが姿を現してしまったのは、遮断不可自体が失効した為。セラが纏っていた諸々も、『血操術』がなければ固定する事ができなくなる。通常のS級魔法数十発分の魔力を注ぎ込んでこそ可能となった離れ業、いや、離れ魔法か? この『怪物親』状態でもない限りは、俺の魔力を以ってしても発動は無理だろう。兎も角、効果は絶大なのだ。
しかしこちらの効果時間は10秒と持たず、外側からの刺激に大変脆いという弱点があった。前述の通り、敵が離れ離れでは詠唱する訳にはいかない。如何にチャンスだと思わせ、勢い付かせるかの探り合いだった。まったく、危険を承知で支援に徹するエフィルに接近して、ジェラールと矛を交えた甲斐があったってもんだよ。お蔭で一から百まで堪能できた。まあ、まだまだ思い耽るには早いのだが。固有スキル強制解除状態が解けるまで、あと5秒ほどしかない。個別に撃破するよりも、この領域内部で一気に殲滅してしまうのがベストか。
……実はさ、まだ隠していた魔法があるんだ。ほら、最終決戦の時にクロメルが使ってただろ? 2つの属性を掛け合わせた合体魔法ってやつ。あれをさ、俺なりに頑張って作ってみたんだよ。予想通り扱いが難解過ぎて、普段の状態じゃ詠唱もままならないじゃじゃ馬なんだけど、愛娘の前なら使えちゃうんだよね。なぜだろうな、不思議だな。って事で、ここは魔力を根こそぎ使って締めさせてもらおう。もう栄冠の勝利領域と一緒に準備は済ませているのだ。あらん限りの魔力を注ぎ込み、一世一代の魔法を発現。
『神鎌垓光雨』
俺が魔法を発動した瞬間、この領域の外側全方位より魔力が噴出される。それらは2つの性質を併せ持つ数多の碧色光。キュインと煌めき僅かに音を漏らした後、その音が敵へと届くよりも速く、一斉に光芒となって降り注がれる。別に意趣返しという訳ではないが、上も下も横も、ありとあらゆる場所から収束した光の線が放たれ、この場を埋め尽くしていく。
『『『『―――!』』』』
声を上げる暇もなく、リタイアした者達が次々とバルコニーへと運ばれて行く。そりゃそうだ。神鎌垓光雨が放つレーザー光線は、大風魔神鎌の切れ味と剿滅の罰光の熱量を兼ね備えている。そんな危険にもほどがある攻撃が、逃げ場を残す事なくあっちこっちから飛来したんだ。さっきの俺以上に助かる道はないだろう。
『しっかし、マジで綱渡りの戦いだった。改めて礼を言わせてくれ。ありが―――』
『―――ふぅむ。まだ礼を言うには早いじゃろうて』
『っ!』
光が止んだ直後、突如として現れた大剣が俺の左腕を斬り飛ばした。
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