第582話 逆転
―――パーズ郊外
全竜王の統合息吹、実に恐ろしい攻撃だった。まともに受けていれば、あそこ一帯もろとも全てが消滅してしまっていたんじゃなかろうか? 但し一直線に放たれるだけの攻撃であれば、魔力超過付与の大風魔神鎌で切り裂き俺のセーフティーゾーンとなる隙間を作ると共に、息吹の軌道を空の彼方へと逸らす事が可能だ。これにより第6チェックポイントは、思いの外苦戦する事なく無事にクリア。フロムとかーちゃんさんにバンバンと背を叩かれ、雷ちゃんからはなぜか逆ナンされ、ダハクらいつものドラゴンズに拍手でお見送られながら、俺はデラミスの地を去ったのであった。
「昔を考えれば、俺も随分と魔法の扱いが上手くなったもんだよ」
「そうなのですか? パパは昔から強かったと聞いていますが……」
「いやいや、S級魔法――― 特に大風魔神鎌にはよく振り回されたもんでさ。じゃじゃ馬をならすのに、ママによくサブミッションを決められたもんだ」
「?」
どういう状況か理解できないのか、クロメルは可愛らしく首を傾げている。まあ、俺も事情を知らずに同じ話を聞いたら、1ミリも内容を理解できないだろう。
「次はいよいよ第7チェックポイント、場所はまたパーズに戻る形か。バトルも残り2ヵ所で、終盤戦って感じだな。これまで以上の相手ともなると、もう面子も限られてくると思うけどさ」
「フフッ。流石にここまでくると、戦う前から悟られてしまいますね。でも、パパはきっと満足してくれると思います。皆さん、パパの事を―――」
『―――クロメル、身を護れ!』
「わわっ!?」
念話にて指示を送るも、急であったが為にクロメルが驚きの声を上げる。肩から腕へと急いで抱え直し、進行方向から緊急脱出。頭を両手で押さえるクロメルは、まだ何が起こったのか理解していない。
「な、何事でしょうか!?」
「敵襲、かな? バトルラリー中に襲ってくるとは、俺もちょっと予想外だったよ」
空を飛ぶ俺に対して飛んできたのは、1本の光の矢であった。輝く矢という事で、先に戦った伊達エルフのソロンディールを一瞬思い浮かべるも、すぐにその考えを改める。躱した矢が地面に巨大なクレーターを作るのを見て、彼とはレベルが違い過ぎる事が分かったからだ。
「アハハ、敵襲じゃないよ。緊急クエスト、予定外のチェックポイントの出現さ。こんなに面白そうな事をしているなら、私達も混ぜてほしいかなってね!」
「セルジュ・フロア……!」
俺が地上に降りると同時に、付近の高台より颯爽とセルジュが登場。その手に持つのは、弓へと変化させた聖剣ウィルだろう。相変わらず、初手から無茶苦茶な勇者である。
「っと、気配の頭数が合わないな。そこにいるの、セルジュだけじゃないんだろ?」
「おおー! その状況把握の早さ、惚れ惚れするね。ケルヴィンが女の子だったなら、本気で惚れていたかもなんだぜ?」
「その台詞、俺じゃなくて昔のお仲間に言ってやれよ。たぶん、嬉しくて卒倒するんじゃないか?」
「それは嫌」
卒倒じゃなくて真顔で即答ですか。さっきまでの満面の笑みは一体どこへ…… 可哀想なサイ枢機卿達、まあ大部分の仲間は自業自得な気もするけど。
「ちょっと守護者、急に呼び出して何かと思えば、こんなお遊びに私達を付き合わせる気? 少なくとも私は、そこまで暇じゃないんだけど?」
「おじさんは別に構わないよ。可愛い女の子からのお願いだし、刹那ちゃんの成長も確認できたしねぇ。彼女の師匠として、たまには良いところを見せないと」
「あの、私としては次のチェックポイントでおじさまと合流したいのですが…… え、駄目ですか? あ、はい。分かりました……」
セルジュに続いて、次々と姿を現し始める気配の主達。ベルにニトのおじさん、エストリアまで来てんのか。なるほど、大体分かってきた。
「こ、これはどういう事ですか? 第7のチェックポイントはパパのお屋敷、こんな襲撃は計画にない筈ですよ!?」
「おっと、ちっちゃなクロメルは分かっていない感じだね。しっかりしろ、元上司!」
「あの、小さな子にそんな大声はちょっと…… 恐がられてしまいます」
「えー」
孤児院で働く身として子供の扱い方を弁えているのか、セルジュがエストリアに窘められている。これまでのクロメルの反応からして、セルジュ達の登場は主催者側としても予定外のようだ。
「ええと、取り敢えず参加の意思は理解しました。ですが、こんなところで戦われては困りますよ。一般の通行人が間違って通りかかってでもしたら、危ない事この上ないです!」
「あ、その辺は大丈夫だよー。前にガウンでも使った、創造者特製の『惑わしの魔香』。念には念を入れて、ここからパーズまでの道のり全域に撒いておいたから、無害な一般人は絶対に近寄らない」
「ええっ……」
「それ、まだ残ってたのかよ」
惑わしの魔香、ガウンでアンジェとベルに襲撃された際、催眠状態にして住民達を移動させたマジックアイテムだ。確かにそいつを使ったのなら、間違って誰かがこの場所に足を踏み入れる事もないだろう。何だかんだで下準備をしっかりしていやがる。
「だから勝手に話を進めないでよ。私、帰るからね?」
「つれないなぁ、断罪者は~。良いのかい? これ、断罪者のお父さんも参加してるイベントだよ?」
「別に構いやしないわよ。むしろ、帰りたい気持ちが強くなっ―――」
「―――セラお姉様も参加してるよ?」
ピタリ。踵を返そうとしていたベルの足が止まる。
「……30分、いえ、20分だけよ」
「さっすが断罪者、優しい子っ! 結婚しよ!」
「うっさい。もう私が参加する時間は動いているんだから、さっさと始めなさいよ」
本当にベルはセラに弱いのな。何だかんだで、それも義父さんの遺伝だと思う。
「ちぇー…… って事でケルヴィン! ここからは私達『使徒居残り班』が、チェックポイント6.5の番人として立ち塞がらせてもらうよ! まさか嫌とは言うまいね!?」
「愚問にもほどがある! もちろん大歓迎だっ!」
「うー、無理矢理チェックポイントを挟まれてしまいました…… 了解です。私から念話で、運営に連絡を入れておきますね」
「ありがとう、クロメル」
不満そうにしているクロメルには悪いが、こればっかりはセルジュ達の案を優先させてもらおう。元使徒をこれだけ並べられてしまっては、俺に拒否する選択肢はないのだ。
「それで、一体どんな戦いをさせてくれるつもりなんだ?」
「んっとね、一応これまでの戦いの形式とは被らないようにしようと思うんだ。超ハンデ戦でもなく、バトルロイヤルでもなく、一瞬で勝負が決まっちゃうようなものでもなく、ね」
「守護者、時間、早く」
ベルが爪先で地面を叩きながら、ぶっきら棒にそう言い放った。譲歩はしたが、時間になったらマジで帰るぞ、という合図っぽい。
「あ、はい。前置きの時間もないから、結論から述べようじゃないか! ケルヴィン、ここでの課題は『追いかけっこ』だ! かつてデラミスで君に追われた私だけど、今度は逆の立場での戦いだよ!」