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第580話 無残にも幸せな戦い

 その後の出来事は見るも無残なものだった。制止しようとする俺の願いも虚しく、バッケは火竜の形態へと変身。ダハクやボガの人化とは逆の現象が起こり、以前ファーニス領の火山で目にした火竜王の如き巨竜が、舞台の上に出現してしまった。そう、してしまったのだ。


 というのも、結界に囲まれた舞台上には既に、巨躯で女神なプリティアがいる。これが大変な問題で、この時点で結界と舞台の許容量はもう一杯一杯。そこに竜王サイズの巨竜を投入したとしよう。さて、どうなる? 答えは簡単、許容オーバーだ。


「どうだ、ケルヴィン! これがアタシの真の力っとあ!?」

「あらーん?」


 必然、巨大化したバッケは先客のプリティアと衝突。舞台の表面が滑りやすいこの状況でそんな事が起きれば、今まで超人的なバランス感覚で姿勢を保っていたプリティアもすっ転ぶというもの。ガブガブと酒をたらふく飲んでいたバッケなんて、そもそもバランス感覚が残っているのか怪しいところだ。まあ、結論から言うとだな、大きな図体を持つ大魔神と巨竜はバランスを崩し、盛大にぶっ倒れてしまった。


「おおっと、何という事だぁー!? なぜか巨大になったゴルディアーナ選手と、同じくなぜか竜になったバッケ選手が転倒したぁ! 舞い上がった土煙でまだよく見えませんが、これは場外判定もあるかもしれませんっ!」


 ああ、もう見事に場外判定だ。転んだ際にプリティアは足先を、バッケは竜の尻尾を舞台の外に放り出してしまった。近くにいる俺だから逸早く気付けたけど、この結果には不満が募る。戦闘時の飲酒、駄目絶対。


「ちょっ!?」


 2人が倒れる少し前の話になるが、こちらでも別の不幸が生まれていた。2人が倒れ込んだ先には、王妃の姿をしたレオンハルトがいたのだ。レオンハルトほどの狡猾な実力者であれば、喩え不測の事態かつ舞台がこんな状態でも、回避は辛うじて間に合っただろう。しかし、それよりも早くに行動したのはシルヴィアだった。


極寒大地グラウンドシヴァ


 レオンハルトのいる周囲一帯の床、その性質を一転させたのだ。転倒させる為のものではなく、脚部を凍らせ足止めさせる為のものへ。


「シルヴィアちゃん、それはちょっと狡いんじゃないかなって」

「ん、何でもありならこれもあり」

「うん、確かにそうだけど―――」


 ―――ズドォガァーーーン!


 シルヴィアとレオンハルトが問答をする暇なんてある筈がなく、無慈悲にも奴に超重量級の2体が重なり合って倒れ込む。実況席のロノウェ達には見えていないか。惜しいなぁ、こんな珍しい光景を見られないなんて。獣王が搦め手を決められた、歴史的な瞬間だ。


「あらやだぁ、私とした事が調子に乗り過ぎちゃったわん。まあ、過ぎた事を悔やんでも仕方ないわよねぇ。よっしぃ、切り替え切り替えよん。バッケちゃんも残念だったわねぇ。ってぇ、あらん?」

「くかー……」


 舞台に倒れたプリティアが、こっそりと共に失格となったバッケに話し掛ける。しかしどういう訳か、竜となった彼女の口からは寝息らしき呼吸が漏れていた。そう、バッケはまさかの爆睡中だったのだ。リタイアするや否や、もうこれ以上頑張っても仕方がないとでも思ったんだろうか? それにしたって、皆が注目する試合中に寝てしまうというこの暴挙、なかなかできるもんじゃない。どんだけ鋼のメンタルなんだ。


「昨日からずっと飲んでいたものねぇ。それにしたってぇ、驚くほどの切り替えの早さだけどもぉ」


 なるほど、試合開始の時点で結構眠かったんだろうなぁ。しかしながらこの体勢、プリティアに覆い被さるようにして竜形態のバッケが倒れ、更には眠ってしまっている。このままではプリティアが立ち上がれないし、下手に動けば俺達の邪魔になってしまうだろう。


「う~ん、うん、一大決心したわん。もう少しの間は間近で可愛い妹ぉ、可愛い友人達の勇姿を見守らせてもらうからぁ、私の事はただの美しいオブジェだと思ってぇ」

「了解よん、お姉様」

「ん、流石はゴルディアーナ」


 プリティアもその辺りを考慮したらしい。自分の事は気にせず、攻撃を当てても良いからそのまま試合を続けろと言う。桃色女神は寝仏の如く寝そべり、辺りに慈愛の眼差しを向けるのであった。 ……これ、シーザー氏とプリティアの合同芸術作品になるんだろうか? 色んな意味で破壊的だ。


「あらぁ? あらあらぁ?」


 が、次の瞬間、寝仏の体が僅かに持ち上がる。そしてその真下からは、何やら女性らしき叫び声が。


「まぁーだぁー……!」

「げっ、まだ生き残ってる!?」


 エマの驚きを説明しよう。巨体の下敷きになったレオンハルトは、まだリタイアしていなかったのだ。プリティア&竜バッケを両腕で支え、足下の舞台に亀裂を走らせながらも堪えていた。何というパワーと根性だろうか。ただ尻尾がピクピクと震えているので、結構ギリギリっぽい。


「なら、また氷面世界アイスランドに戻す? たぶん滑って下敷きになるよね?」

「止めてぇー、この鬼ぃー!」


 残念、鬼は現在オブジェと化して、レオンハルトに圧し掛かっている方だ。


「いいえ、その必要はないわん」

「グロスティーナさん? 戦闘中に聞くのも何ですけど、どうしてですか?」

「さっきレオンハルトちゃんと戦っていた時、あの辺りに気化させた無色無臭の麻痺毒を撒いておいたのよぉ。あの状態からは移動できそうにないしぃ、そのうち体に力が入らなくなるわぁ」

「卑怯! この卑怯者~!」


 ああ、氷の上でグロスが舞っていた時のか。目にも毒だが、実際にも毒だったと。まあレオンハルトにとってこの毒は、良い薬になるかもしれない。獣王祭でリオンを誑かしてくれた恨み、あの時に一応のけじめは付けさせてもらったが、妹を愛する兄として地味にまだ覚えているのだぞ。


「ん、えげつない」

「うふふぅ。下敷きを狙って足止めしたのはぁ、シルヴィアちゃんとエマちゃんが先でしょん? それにぃ、お姉様が不本意にも場外になってしまった今ぁ、私が代わりに頑張るしかないじゃな~い?」

「……なるほど。2人が場外となり、獣王様が潰れるのは時間の問題。残るは私とシルヴィア、そしてグロスティーナさんとケルヴィンさんという事ですか。4人ともなれば、ちょうど人数を分ける事ができると」

「そうよ~。貴女達は最初から1つのパーティとしてこの戦いに臨んでいるようだしぃ、このままじゃ私が少し不利かなと思ってねん。ケルヴィンちゃん、ちょっとだけ一時休戦してぇ、私達も急造パーティを組まないかしらん? 私達ってばぁ、一度は拳と拳で語った仲だものぉ。即興で合わせる事くらいはできそうなものしょ~ん?」

「へえ、タッグ戦か」


 何でもありのバトルロイヤル形式ならば、途中でシルヴィア達のように結託するのもありだ。容姿と振舞いこそ苦手な部類に入るグロスティーナだが、その実力は獣王祭で確認済み。俺があの時よりも強くなったように、グロスもプリティア同様更なる高みに登っている事だろう。獣王とは違い、この取引も真っ当に応じてくれるという信頼も厚い。


「……まあ、それも面白いかもな」

「おおっとぉ、何という事でしょう! S級冒険者同士のタッグ戦が開始される模様ですっ! 最初こそは何だか残念な結果になりましたが、この展開は熱い! ただ、倒れっ放しのゴルディアーナ選手がぶっちゃけ気になるぞっ!」

「色合いといい奇抜さといい、存在感抜群ですからねぇ。負けて尚、ゴルディアーナはここにいるわよ! といったところでしょうか」

「あの、獣王様の心配はしなくていいのですか?」

「「いいんです! ガウンは強さこそが全て、ですからっ!」」


 声を揃えるロノウェとネルラス長老。まあ、ここはガウンだものね。


「さあ、始めましょうかぁ。私の毒を侮らない事ねぇ」

「毒が何ですか! 私達の作る料理だって毒素的な意味では負けていませんよ!」

「エマ、エマ。そこは張り合うところじゃない。私達はあくまで食べる側、作るのは駄目だってナグアに厳重注意されたばかり」

「ねーねー、助けてよー。そろそろ腕に力が入らなくって本当に危ないのよー。バッケ、お願いだから起きてー!」

「くぅー……」


 個性と個性がぶつかり合い、ここまで来ても収拾がつきそうにない。本当に飽きないよ、お前らには。


「よっし、グロスティーナ! いくぞっ!」


 闘技場に剣戟と魔法、ついでに獣王が力尽きて鳴った落下音、舞台が真っ二つに割れる轟音、観客席から謎の悲鳴が鳴り響く。ああ、好敵手がいる俺は何て幸せなんだろうか。

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[気になる点] なんか…いつも女になってる獣王が気持ち悪いな…
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