第563話 魂葬の儀
後悔先に立たず。今から俺とメルがいくら騒ごうとも、この女神像をなかった事にする事はできない。しかし、ここまでモデルを強調されては隠せたものも隠せない。どうすんだよ? うん、マジでどうすんだよ!?
「コレット、流石にこうなると人の目が―――」
「その点もご安心ください! 如何にクロメル様の造形美を細部まで再現されようとも、事情を知らぬ者にはメルフィーナ様としか映りませんので! よって、表向きは彷徨える魂を導くメルフィーナ様の女神像として定めています! 着色されない石像の利点を、大いに活用させて頂きました!」
「いえ、そういう訳ではなくてですね―――」
「メルフィーナ様のご心配はご尤もです! 貴女様の巫女たる私が、色彩云々のみで判別できないだなんて、デラミスの巫女としてあってはならない事! ですがですが、その点もご安心あれ! 私ともなれば同色の石像であったとしても、そこに篭められた魂を感じ取る事で、メルフィーナ様かクロメル様かを判別できますので! 匂いが違いますよ、匂いが!」
「「……うん、それなら安心だね(ですね)」」
俺達は色々と諦めた。俺達の力じゃ、この聖女様を止める事は敵わない。そう悟ったのである。
「ええと、サイ枢機卿もこの事をご存知だったので?」
「はい、知った上で協力させて頂きました。仰りたい事は十分に理解しているつもりですが、コレット様の言い分は尤もでしたので。リンネ教のシンボルでもあるメルフィーナ様の女神像として設置するのであれば、喩えこの区画であろうと自然に置く事ができます」
「ま、まあ一応の理屈は通っていますからね……」
「実のところ、私もコレット様から最初に伺った時は、どうなのかと少々悩みました。ですが、今は自信を持ってこの選択が正しかったと断言できます。相談したセルジュも、大いに賛成してくれたので……!」
「「………」」
サイ枢機卿、そういやセルジュにほの字だったんだっけ。デラミス上層部で唯一と言って良いほど、まともで真面目な人なんだが、実に惜しいなぁ。相談する相手がそもそも間違っている。絶対面白がってるだけだよ、あの最強の勇者様は。
「こちらの女神像は今後、デラミスの国宝として扱っていきたいと思います。4大国が再び結束した確かなる証、いえ、奇跡の存在として! 私も毎日ここで祈りを捧げますので、そのうちに奇跡も宿るでしょう! と言いますか、宿します! 何でしたら今からでもいけますよ! 巫女コレット一世一代の祈り、ご覧になっていてくださいね!」
「待て待て待て、話が大きくなってしかも逸れてる! ハウス、ハウスだコレット!」
2人掛かりでコレットを落ち着かせ、女神像を軌道修正。爽快! 爽快!
「……失礼致しました。少々取り乱してしまったようです」
「ああ、少々で良かったよ。もう少し先まで行っていたら、流石の俺達も危なかったよ」
「まあまあ。さて、皆さんが冷静になったところで、話を元に戻しましょうか。出来上がってしまったのが石碑ではなく石像だったのは置いておくとして、墓としてはもう殆ど完成しているようですね?」
「メルフィーナ様の仰る通り、後は『魂葬の儀』を行うだけの状態です。この儀は司教以上の位にあるリンネ教の神官が行うものなのですが、此度は巫女であるコレット様が直々に行えるよう手配しております」
サイ枢機卿の言う魂葬の儀とは、亡くなった者の魂が無事に輪廻転生できるようにと、現世に残った親族や親しかった者達が墓の前で魂を送り出すという儀式だ。この儀式を終える事で死者は真の安らぎを得て、心残しを一切排除した上で、新たな生へと出発する事ができるらしい(メル情報)。まあ、デラミス流の葬儀みたいなものだ。
「……コレット。その儀式をさ、今からやってもらうなんて事はできるかな?」
「魂葬の儀を、ですか? 私は問題ありませんが、他の皆様がまだ揃っていませんよ?」
「いや、それが暫くは皆忙しいみたいでさ。世界崩壊の爪痕を調査しにセラは北大陸、シュトラはトライセンに付きっ切りだし、他の仲間達も故郷の様子を見に行っているんだ。全員が集まるとすれば、それはかなり先の話になってしまう」
「私達もずっとデミラスにいる訳ではありませんからね。この会合が終われば、一度パーズに戻る予定です。ですからせめて私達だけでも、先にクロメルらの魂を見送りたいのです。今や私は転生神ではありませんし、最早コレットにお願いできる立場でもありません。ですが、それでもコレットが了承してくれるのならば、貴女の手によって私の半身と、その使徒達を送ってやってもらえないでしょうか?」
「クロメルはもう長い間頑張った。いや、頑張り過ぎたんだ。だからさ、できるだけ早いうちに楽にさせてやりたい。コレット、俺からもお願いする。頼む、やってくれ」
「メルフィーナ様、ケルヴィン様、そこまで私を信頼して頂けるなんて……! 承知致しました。このコレット、一世一代の魂葬を行ってみせます!」
俺達に頼られた事が余程嬉しかったのか、コレットは今まで見た事もない決意に満ちた表情になっていた。しかし、ほんの少しデジャブを感じるのはなぜだろうか?
「御二人は私の後ろで、故人の安息をお祈りください。サイ枢機卿は、お手数ですが私の援護を」
「ハッ、コレット様を支援致します」
「え、援護に支援……?」
―――それから数分後。僅かに不安要素があったものの、魂葬の儀は奮闘するコレットの下、滞りなく終える事ができた。気のせいかもしれないが、儀式の最中にクロメルの女神像から光が天に昇って行ったような、そんな眩い瞬間があった。サンサンと輝く太陽の光と見間違えたのかどうかは、正直なところ俺にも分からない。だけど、それが本当にあいつらの魂だったとするのなら…… 俺には安息を祈る事しかできない。あと、こっちは俺の勝手な願望なんだが、来世も強敵であれば是非ともまた相見えたい。というか絶対見つけて喧嘩売ってやるからな、あの野郎共。
「これにて儀式は終了です。皆様、お疲れ様でした」
玉のような大粒の汗を流しながら、コレットがそう宣言した。時間を要する儀式ではなかったが、コレットの疲労は相当のようだ。この短時間でそれだけの消耗、集中して行ってくれた証だろう。しかもその上で、直後に俺達を安心させてくれるような微笑みまで見せてくれた。今一度、コレットに深く感謝しよう。本当に、本当にありがとう。
「……これで、クロメル達も安心して逝けたかな?」
「はい、魂は安息を得た事でしょう。デラミスの巫女、コレット・デラミリウスが保証致します」
「コレット様の儀式は完璧でした。おこがましいようですが、私もそうであると信じています」
「サイ枢機卿もありがとうございました。貴方の体力回復の支援がなければ、私は道半ばで倒れていたでしょう」
「もったいないお言葉です」
ああ、途中でサイ枢機卿が魔法を使っていたのは、そういう事だったのか。俺とメルが改めて2人に礼を言うや否や、緊張の糸が切れたのかコレットの足取りが怪しい感じに。そんなコレットの様子に皆は笑い合い、雰囲気はすっかりと明るくなる。大団円を迎えるっていうのかな。魂葬の儀は綺麗に締められたのであった。
……ただ、その、これだけ綺麗に儀式が終わってしまうと、ちょっと言い出し辛い。メルさんや、君から言ってくれませんかね? え、駄目? やっぱり俺から? そこを何とか―――
「あの…… パパ、ママ、もう出ても良いでしょうか?」
「へ?」
不意にクロメルの女神像の後ろから響いた、大変可愛らしい幼子の声。次いで、女神像の横からひょっこりと何者かが顔を出す。コレットはその声の主を見た瞬間、目を丸くしながら出血した。