第560話 新たなる時代へ
―――水燕三番艦
「転生神の後継者が、ゴルディアーナ、だと……!?」
メルフィーナが継承を行う相手を宣言した瞬間、船の中の時間が止まった気がした。実際問題、セラとリオン以外のメンバーは口を開けたまま凍り付いている。コレットなんて倒れて吐血している。そ、そうだよな。このままだとコレット、デミラスの巫女じゃなくてゴルディアの巫女になっちゃうもんな。気絶したまま血を吐いてしまうコレットの気持ち、今ならば共感できる。
「コ、コレットしっかり! ケルヴィンさん、コレットが大変です!」
「分かってる、痛いほど分かってる。リオン、ちょっとコレットに膝枕をしてやってくれないか? その間に俺が回復させるから」
「了解だよ、ケルにい。コレット、頑張って! 傷は浅いよ!」
残念ながら我が妹よ、コレットの傷はリオンが思っている以上に深いのだぞ。ほら、リオンに膝枕されているのに、まだ気絶から目覚めない。こんな重傷なコレット、俺は初めて見る。S級白魔法を連発しても、全く微動だにしないってどういう事さ?
……などと言いつつも、内心俺は凄い安心していた。だってリオンが選ばれなかったんだもの。あまりに予想外な結果だったんだもの。恐らくはジェラールも、俺と気持ちは一緒だと思う。皆に見つからぬよう、部屋の端っこで喜びの舞いを踊っているし。
いやまあ、プリティアが転生神になったとしたら、正直に言って悲しい気持ちも強い。奇抜な容姿で男を戦慄させる恐怖の対象でもあったが、何だかんだで助けられた機会が多く、意外なほどに常識人で仲間達にとっても良き友人であったからだ。でも、でもさ、根拠もクソも何もあったもんじゃないけど、プリティアなら神の常識を打ち破ってくれる気がするんだ。喩え彼、ゴホン! ……彼女が転生神になったとしても、次の日にはケロッと現世に顕現しそうな、そんな予感がする。ジェラールだってそう願ってるだろう。あんなに心優しい騎士様なんだ、そうに違いない。
「そう言えば、セラとリオンは全然驚いてる感じがしなかったな。ひょっとして、この展開を予想していたのか?」
「ふっふーん、当たり前じゃない。あの条件を聞いて、ゴルディアーナを最初に思い浮かべない方がどうかしているわ! 親友として、自信を持って保証しちゃうもの!」
「だね~。プリティアちゃんは人生経験豊富だし、いつも慈愛に溢れているもんね。将来はあんな素敵な女性になりたいなって、僕密かに憧れていたんだ。それくらい信頼してるし、メルねえの後任として立派に神様をやってくれると思うよ」
「お、おう……」
セラとリオンの言う事は尤もだ、尤もな事ばかりだ。だがしかし、お兄ちゃんとしては微妙な心境だ。ゴルディアーナのような素敵な女性を目指してほしいような、頼むから止してくれよと懇願したいような。
「みぃんなぁ~。驚くのは仕方ないけれどぉ、今はそれどころじゃないでしょん? 今も世界の危機は迫っているのよん? 私が転生神となる事でそれが止められるのならぁ、私は喜んで受け入れるわん。だからどうかぁ、落ち着いて頂戴なぁ」
「プ、プリティアちゃん……!」
「うおおおん! プリティアちゃん、プリティアちゃ~~~ん……!」
ダハク号泣。しかし、改めて偏見なしにプリティアの言葉を受け入れると、まるで女神のような純白さが窺える。皆が混乱する中で世界の均衡を第一に考えるこの姿勢、そして自らにのしかかる多大な責任をものともしていない精神の強さ――― 俺も心の底から認めたいと思う。プリティア、お前が次期神に相応しい。
「それにぃ、仮認定っていう事は直ぐに神となる訳でもないんでしょん?」
「ええ、ゴルディアーナの言う通りです。正式な転生神への継承には、やはり天使の長達の承認が必要となります。その期間は大体、仮継承からひと月前後といったところ。とは言え、前任の私からの推薦です。それも形式的な事だけで、継承はまず確実なものとなる事でしょう」
「うふん、それで十分よん。これからについて色々と話しておきたい事があったしぃ、それまでに片付けておくわん。ねっ!」
「ガハッ!?」
突如としてプリティアにバチコンウインクを飛ばされるジェラール。不意の出来事に回避が間に合わなかったのか、そのままジェラールは壁に激突した。動揺し過ぎである。
「もう時間はそこまでありません。早速、ゴルディアーナを転生神に仮継承させたいと思います」
「了解よん。それで、私はどうすれば良いのん?」
「難しい事は何もありません。まずは目を瞑り、心を穏やかにしていてください。それができましたら、貴女が理想とする神として相応しい姿を、あり方を想像してみてください。その想いが強く正しいほど、付与される神性が高まります」
「なるほどねぇ。それって格好から入っても問題ないのかしらぁ?」
「格好、ですか? ええ、特に問題はありませんが……」
「まぁ! 良かったわぁ~。やっぱり女神といったらこれよねん。じゃ、準備するから待ってねん」
プリティアはメルから少し離れた場所で、静かに瞑想するような――― 否、自らの筋肉ボディを誇示するような姿勢を取った。具体的なポージングは想像にお任せするが、まあ大体そんな想像で合っていると思う。
「フー……」
そこから息を吐いて、吐いて、吐いて――― プリティアがカッと両目を見開いた。
「慈愛溢れる天の雌牛・最終形態・軽量型!」
何の手違いが起こったのか、俺達の眼前にピンクの化け物、ゲフンゴホン! 桃色な女神を模した筋肉が爆誕した。あまりに衝撃的な出来事であった為、詳細は省かせて頂く。
「め、女神様だ! やっぱりプリティアちゃんは、女神になる前から女神様だったんだ……!」
ダハクの顔から涙以外にも色々と流れ過ぎて、大変やばい事になっている。しかし、プリティアのインパクトがそんなダハクを優に超えている為、誰も気にしないし咎めない。驚きで声が出ないってのは、こういう時の事を言うんだろう。
「うふん。実際の理想を表に出した方が、想像も捗るってものよねん。あ、誰か鏡とかあるかしらん?」
「え、えと、私の手鏡なら……」
「あら、可愛らしい鏡ん。ちょっとだけぇ、お借りするわねぇ?」
緊張のあまり動きがカクカクしている奈々から、プリティアが手鏡を受け取る。メイクの最終チェックをしているんだろうか。あ、止めて! それ以上手鏡にウインク飛ばしたら、物理的に鏡が割れちゃうから! 俺達男性陣の精神にも止めを刺されちゃうから!
「プリティアちゃん、戦闘の時よりもミニサイズで可愛いね」
「ん、とってもエコ」
「最終形態を自由自在に操るとは、流石は私と唯一対等に戦える人類だ。まあプリティアちゃんなら、神になるくらいの事はやっちゃうだろうなって確信してたよ、このセルジュさんはねっ!」
……え、アレもっとでかかったの!? あ、いや、意思疎通でリアルな映像寄越さなくても大丈夫だから! リオン、その情報をアップデートするのを止めなさい! 送るにしても、ダハクだけに留めて!
「そ、そろそろよろしいでしょうか?」
「うん、今日もビューティフルぅ! 完璧にオッケーよん! さあ、イメージしてぇ! 最高の私の姿をぉ!」
その後、飛空艇の中より眩いピンクの光が溢れ出し、転生神の仮継承は無事に終わった。もうこれ以上、詳しく語る必要はないだろう。無事に終わった、それが全てだ。
「主、主。ダハクが出血多量で倒れた。無様にもほどがある」
「もう放っておきなさい……」