第557話 愛の語らい
―――中央海域
交差した黒き得物が2つ、同時に崩れ去る。片や死神の大鎌を連想させる死の化身、メルフィーナの魔力を使い、あらん限りの魔力超過を注ぎ込んだ大風魔神鎌。片や荘厳かつ神聖なれど、邪悪な神の力にてその性質を反転させた漆黒の大神槍。この世にはこれ以上に強力な武器は他になく、双方破壊の極みに至った頂点である。では、それら最強の武器が衝突したのなら、その結果は一体どうなるだろうか? 答えは簡単、古くからよく例えられるような、ありきたりな結末になるに決まっている。喧嘩両成敗、どちらも破壊されるのだ。
……尤も、この直後が例外的な展開に当たる。ケルヴィンとクロメルは武器が破壊されたのもお構いなしに、剣戟を再び振るい出していた。そして、その先の結果を更に再現。その後も、その後も、その後も――― 幾度となく破壊されようと、その手には新調された相棒が握られていた。
こちらの種も実に単純だが、その実態は異常の一言に尽きる。両者とも大鎌と大槍を失った瞬間に、また新たな刃を生成していただけ。但しその合間に気を緩ませる時間は微塵もなく、より速い一撃を次の攻撃へ、より強力な武器を生み出そうと、2人の世界はより濃いものへ、更なる高みへと挑戦し続ける。狙う部位は何れも致命傷となる首や顔面心臓、向かい合う最愛の人が繰り出すそんな攻撃を読み合う様子は、少しばかり方向性がおかしいだけで、愛を語り合うのとそれほど違いはないだろう。
『あの黒槍、俺の大風魔神鎌と同系統の力か! 武器の性質を真似るなんて、どこまで俺の事が好きなんだよ、ちくしょう! 興奮が、止まらないっ!』
『意思疎通を介しての危険通達も、これ以上の速さになると付いて行けなくなります! 全くもう、感情抑制ありの状況下でこれですものね! それと、鼻血を出さぬようご注意を! 折角の舞台が、台無しになってしまいますよ!』
ケルヴィンはメルフィーナによる全面的なバックアップを得て、自身の限界を疾うに超えて戦っていた。それでもクロメルの猛撃を掻い潜り、止めを刺すにはもう一手が足りない。世界崩壊へのカウントダウンが差し迫る中、これ以上に時間を掛けている暇はない。だがそれ以上に楽しい、嬉しい、愛しい。2人の女神に挟まれ、ケルヴィンは最高の時間に溺れてしまっている。善と悪の女神も、そんな彼の顔が見れて嬉しいのか、正直世界の崩壊が頭の片隅にあるのか怪しい段階にあった。
「「いつまでも無視してんじゃねぇーーー!」」
「なあっ!?」
それはケルヴィンとクロメルがぶつかるよりも早くに放たれていた、2つの竜の息吹。終焉の象徴・竜哮に押されていたダハクとボガの攻撃が、ここにきて急激に強くなったのだ。
「これは……!」
ケルヴィンと共に我に返ったクロメルが、苦悶の表情を浮かべる。全神経をケルヴィンに注いでいる状態では、火と土を司る息吹に対応できないと悟った為だ。一方のケルヴィンには、とある念話が送られてくる。
『おう、これが念話ってやつか! 変な感じだな!』
『その声、アズグラッドか? どうしてお前が?』
『いや何、ついさっきお前の仲間の赤毛がこっちに来て、やりたい放題やって帰ったと思ったら、また引き返して来てな。いつの間にか拉致られちまったぜ! で、ダハクの背に連行された!』
『……よく分からないが、取り敢えずすまん』
『すまんじゃねぇよ。ったく、状況把握して納得したぜ。放っといたらお前ら、いつまでもいちゃついていやがるからな。俺の力でダハクとボガの息吹を強化して、目を覚まさせたって訳よ! この馬鹿ップルが、もっと節度ある付き合いをしやがれってんだ! 俺が交ざるに交ざりにくいだろうがっ!』
『お、おう……』
アズグラッドの言い分は尤ものようで、微妙に滅茶苦茶であった。
『アズグラッド、分かったから静かにしろって! 水差してすんませんけど兄貴、俺達も助太刀させてもらうッス。マジで時間がやべぇッスよ!』
『エフィル姐さんの料理にありつくまで、おでは死ねない……!』
更に一際大きく、威力が底上げされていく2色の光線。それに呼応するように、また新たな念話が届く。
『王よ、気持ちは分かるが世界があってこそじゃ! コアは破壊した! 再生しようと、ここにワシがいる限り何度でも打ち砕こうぞ!』
『ケルヴィン、私も心臓を見つけて来たわ! 鷲掴みにしていつでも破壊できるから、ケルヴィンのタイミングに合わせて破壊するからねっ!』
『ジェラール、セラ……!』
機竜腹部にてジェラールが、上空よりセラが戦果を報告する。これで残るは、クロメル本体と曼荼羅のみとなった。そして血色の輪にもまた、攻撃が迫る。
「ムドファラクによる狙撃、でしたか。ダハクらを意識させる事で隙を突こうとしたんでしょうが、惜しかったですね」
『……ダハク達が活躍して、私達がミスをした? あり得ない展開。不服を申し立てる。もう一回、も~一回やらせて』
クロメルの死角より放たれたムドファラクの竜咆超圧縮弾は、寸前のところで新たに芽生えた触手達に阻まれてしまった。
―――カァーン……
曼荼羅の鐘が不気味に鳴り渡る。いつか見て聞いた、再生の音だ。すかさずジェラールがコアの残骸に銃剣の連射、セラは元に戻ろうとする神機の心臓を両手で押さえ付ける。
「慣れてしまえばこの程度の戦況、どうという事はありませんよ!」
「そうかい、嬉しいなぁっ!」
その間にも行われる斬撃の応酬、斬撃での殴り合い。心なしか、ダハクらの助力を得る以前よりも速度が増しているようだ。不利でしかないこの状況が、クロメルに更なる進化をもたらしてしまったのか。これまで身を隠していたムドファラクもが息吹攻撃に加わるも、状況は好転しない。
『クロトっ!』
「でしょうね!」
曼荼羅の真上に出現するは、心身の回復に専念させていたクロトの召喚。されどその策も、クロメルには読まれていた。荒れ狂う海に接する竜巻の1つから、触手に塗れた竜の頭がクロト目掛けて飛び出したのだ。このような姿になっても、その頭部には面影がある。クロメルが最初にもぎ取り海へ捨てた、機竜のそれだ。曼荼羅を破壊しようとするクロトへ、大口を開けながらの突貫。クロトが自らの体を幾本もの針にして阻もうとするも、竜の頭の勢いは止まらない。クロトの本体に食い掛かり、曼荼羅から遠ざかってしまう。
「残念でしたねっ! 私とあなた様の邪魔は、誰にもできな―――」
―――ズザァン!
曼荼羅から聞こえる異音が、クロメルの叫びを遮る。直後、血色の巨大な輪と鐘に幾つもの線が走り、隅々にまで伝播。音を耳にして思い出したかのうように、バラバラと細かく刻まれて崩れ落ちた。
「な、にぃ……!?」
『ウォン! ウォンウォンウォン!(とった! 僕がとった、とったよ!)』
『おっし! でかした、アレックス!』
目標を破壊する為に行われた、奥の手であるクロトの召喚。方舟での戦いを経て、クロメルはクロトを要警戒対象と見做していたのだが、それが仇となる。クロトの召喚こそがブラフで、その裏でケルヴィンによる魔法陣の隠蔽と、自身の隠密を使用して潜んでいたアレックスが攻撃。その口に銜えるは、リオンから持っていってと渡された黒剣アクラマ。相棒から贈られた黒剣から成される無数の斬撃が、邪悪なる曼荼羅の悉くを斬り裂く。
「クッ! しかし、しかしっ! これで本当の本当に、あなた様は手詰まりです! クロトとアレックスの戦力を加えたとしても、私は倒せないっ!」
「いいや、それは違う! 俺にはまだ、お前がいるっ!」
その瞬間、ケルヴィンの魔力体からメルフィーナが実体化。蒼き女神と共に杖を握り締めた死神は、最後の一振りを振り抜いた。