第555話 捧げる一撃
―――中央海域
ケルヴィンがクロメル本体と刃を交える中、ジェラールは機竜の腹部から摘出されたジルドラと相対していた。もう1秒もしない間に、ジェラールを乗せる追躡砲火は対象へと衝突する。そんな間近に迫るこの距離になって、コアを取り巻く環境は漸く動きを見せ始めた。
人体を丸々包み込む巨大な真珠のような形状をしたコアは、それまで無防備な状態で露出されていた。しかし、ジェラールが近付くのを待ち構えていたのか、周囲の黒き触手群が再びコアを隠し、迎撃の形態へと姿を変える。触手が蠢き出来上がったものは、鬼神の如き怒りの形相。銀のコアを口に含むようにして、牙を模して先を尖らせた鋭利な触手が立ち並ぶ。それだけではない。機竜の腕であった部分が大きく膨れ上がって、肉体から分離して独立。左右のそれぞれが宙に浮き、手の平に赤く大きな目を持つ巨拳となったのだ。
クロメルに乗っ取られた後、辛うじて竜の姿を保っていた機竜であるが、今となっては面影も殆どないに等しい。醜悪な姿へと形状を歪める胴体、分離された2つの拳には今も触手と目玉が蠢いている。そんな不気味な物体の境に埋め込まれた神機の装甲だけが、それが機竜であったものだと訴えているようだった。
(まるで鬼の面に鬼の手――― いや、ジルドラの怨念が具現した姿かの)
ジェラールはこの刹那に間に起こった出来事に、仇であり宿敵であるジルドラの邪気を感じ取っていた。眼前にいる敵の造形は、とてもジルドラが考案するようなものではない。どちらかと言えばトリスタンのセンスに近く、ジルドラであれば鼻で笑う代物だ。これまで幾度となくジルドラの作品と戦ってきたジェラールは、そのようなジルドラのプライドを意図せず理解していた。だが、今のジルドラにはプライドをかなぐり捨て、全霊を以って自分を倒そうとする気概、いや、道連れにしようとする黒い心が見受けられたのだ。
(こんな状態にまでなって、まだこの世に執着するか……)
鬼は嗤う。腹を空かした獣が永い時を経て獲物を見つけたように、取り込んだジルドラの魂の声を高らかに代弁するように。
「ガハハ、よかろう! 冥府の王として、貴様の怨念を断ち切ってくれる! いざっ!」
猛ると同時に、ジェラールの魔剣ダーインスレイヴに神の魔力が供給される。
「纏ノ天壊!」
斬撃を放つ事で莫大な破壊力を巻き起こすジェラールの天壊を、メルフィーナの力を使い無理矢理に刀身へ維持。今のジェラールといえども、これを扱うには両手で剣を掴まなければならない。超攻撃特化となった暴れ馬の矛先を、眼前へと向ける。そこにはもう、ジェラールを粉砕せんと鬼の拳が振り下ろされていた。
勝負は一瞬、ジェラールは迫り来る鬼の拳を斬り払い、鬼の待つ道を突き進む。大剣ではあり得ぬ神速の剣筋に、2つの拳は瞬く間に両断されてしまった。見詰めた者に対して数多くの状態異常をきたす赤き目も、絶対共鳴と同じ状態にあるジェラールには効果がない。同様に、触れる事で発動する劣化能力の脅威に晒される事もない。
「ぐっ……!?」
だがしかし、切り裂かれて尚2つの拳は、ジェラールをただで通そうとはしていなかった。拳の表面から、或いは両断された断面から鋭利な触手を伸ばし、ジェラールの鎧を貫かんとすれ違いざまに攻撃を仕掛けてきたのだ。触手は纏わり付く荊となり、堅牢な装甲を貫通する。生身のないジェラールだからこそ大事には至らないが、ダメージは着実に蓄積される。ジェラールが苦しむその様子に、鬼の顔は更に嗤いを加速させていた。
「嘲笑うには、まだ早かろうよっ! なあ、ジルドラよ!」
呑み込まんとする触手を振り払い、大剣を雄々しく振り上げて前へと踏み込む。追躡砲火が鬼と衝突、次いで足下より出でる爆風に巻き込まれるも、ジェラールが止まる事はない。コアを囲う鬼の顔ごとその剣で両断せんと、己の鎧を無視して最大の攻撃を解き放つ。
「くぅおおおぉぉぉーーー!」
追躡砲火が鬼に深く突き刺さって足場は安定している為、落下する心配はないだろう。それでも容易く斬り伏せられた拳とは違い、鬼の顔はかなり強固なものだった。凝縮された触手の数がそもそも異なるのか、それともジルドラの呪詛を直に受けているせいか? 尤も、そんな事はジェラールにとってどうでもいい。斬る、斬る、斬る――― 触手にいくら攻撃されようとも、鬼の顔がいくら嗤おうとも、眼前の敵を斬る事だけに全ての神経、思考を集中させている。そして彼の愛剣である魔剣もまた、使い手の想いに応えようとしていた。
纏ノ天壊の輝きがピークに達した時、ジェラールは得物を振り下ろし切っていた。剣の軌跡は鬼の顔を通り、内包されたコアにまで届いている。それを証明するように、鬼の顔は左右へと大きく大きく斬り裂かれ、ジェラールを嘲笑っていた嗤いを止めるに至る。
―――バキバキバキ。
崩れ落ちたのはコアの表面、そして魔剣ダーインスレイヴの刀身だった。強過ぎる斬撃は確かに鬼を打ち倒したが、それ故にコアを完全に破壊する寸前で耐え切れず、自壊してしまったのだ。
『あと少しだったのに、残念だったなぁ?』
コアの内部より、そんな声が聞こえた気がした。ぼんやりと見える人影が、鬼の代わりに嗤っているようにも思える。
「いいや。友の無念を晴らす機会を与えてくれた事に、逆に感謝しよう」
『何……?』
周囲の触手達がジェラールの鎧を蝕む中、ジェラールは折れてしまった魔剣を保管にしまい、代わりに別の剣を取り出した。それは剣であり、銃でもある。言うなれば銃剣、ジン・ダルバの肉体を乗っ取っていたジルドラが、かつて使用していた武器だった。
『それはっ……!』
「ワシの無念は前に晴らしたからのう。今回は、戦友ダン・ダルバに譲るとしよう。さらばだ、ジルドラよ」
『や、止めろ! 止め―――』
コアに走った亀裂に刀身を指し込み、引き金を引く。メルフィーナの魔力を装着した銃剣はその力を遺憾なく発揮させ、ジルドラの肉体ごとコアを粉砕した。
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「う~~~ん……」
上空より悩まし気な声を上げるのは、先ほど自信満々に飛び立ったセラだ。悪魔の翼を羽ばたかせながら腕を組み、足下の光景を見渡している。
「む~~~……」
右に首を傾げ、その次には左に傾げる。彼女は今、持ち前の勘を頼りにケルヴィンより指示された神機の心臓部を探しているのだが、どうも上手くいっていないようである。
「……というか、その心臓あそこになくない? 全然ピンとこないんだけどっ!」
地団駄を踏もうにも、ここに地面はない。段々とイライラが募る。幸いにも今は感情の抑制効果がある為、セラの頭は直ぐに冷静なものへと戻っていった。セラは今一度頭を冷やして、改めて状況を整理する事に。
(冷静になりましょう。普通に考えれば、心臓部はあの格好良い物体のどこかに埋め込まれている。けど、私の勘は全然反応しない。って事は、普通じゃないところにあるのよね。アレ、元々はジルドラとトリスタンの共同制作って聞くし、相当捻くれた場所に設置したんじゃないかしら? それを踏まえて、心臓部を探すとなれば――― っ!)
バッと顔を上げて、機竜とは全く別の方向を見据えるセラ。そして行動の早い彼女は、次の瞬間にはもうそちらへと飛び立っていた。