第553話 転生神の寵愛
―――中央海域
全身から力が溢れる。自分の手を見れば、転生神であるメルフィーナを象徴するような、美しく辺りを照らす青と白の光で包まれていた。この光が灯されるだけで、心の底から温かさを感じる。どこまでも穏やかな心にさせてくれる。周囲の仲間達、ジェラールやセラ達もこの光を纏っていた。ボガやムドファラクにも――― ん? エフィルにはない? 義父さんもそうだ。全身を光で灯されている者と、そうでない者がいるのか?
「メルフィーナ、自ら神の座を降りますか……!」
不意にクロメルが、不満そうな表情を浮かべながらそんな言葉を言い出した。神の座を降りる。当然、これはメルフィーナの事を指すのだろう。
「……メル、どういう事だ? この光、さっき言っていた加護ってやつか? 一体何を犠牲にして付与したんだ、おい!?」
俺の肩に手を置いたメルが、心なしか存在が希薄になっているように感じる。いや、実際に若干透けている。そんなこいつの姿を見た途端に、最悪を想像してしまう。
「ご安心を。あなた様が考えている、私が消えるような事は起こりません。ただ、神を辞めただけです」
「や、辞めたって、何の為に……!?」
「世界滅亡の危機を脱する為の、最終手段を使う為ですよ」
「……対邪神復活を想定して講じられた、使徒の一時的神化現象。神の座を放棄する事で、転生神としての力を再分配する荒技です。まさか、メルフィーナの方からそれを行うとは思ってもいませんでした。良いのですか? それはこの世界にとって、諸刃の剣でもあるのですよ?」
「全て承知の上です」
クロメルは相変わらず不愉快らしく、つい先ほどまでの余裕はどこかに忘れて来てしまったかのようだった。何か、まだ俺が想定していない事が裏にある。そう確信させられた。
『あなた様、聞いてください。私が消えるような事はありませんが、訳あって一刻を争う状況です。ここからは念話が可能な者全員に対して回線を開いて、私が灯したこの光について説明致します』
『……聞かせてくれ』
『先ほどクロメルが話した通り、私が行使したのは自らの使徒を限定的に神の領域にまで至らせる権限です。此度は使徒をあなた様の配下に置き換え、その効力を発揮させています』
俺の配下…… 召喚術での契約を結んでいない、エフィルや義父さんに光が灯されていない理由はそこか。
『神の領域に至らせるとは詰まり、光を灯した者に私と同等の力を授けるという事です。私の義体が『絶対共鳴』の固有スキルであなた様のステータスをお借りしていたのを、効果範囲を拡張して私の神体で行ったものと同義だとお考えください。普通であれば使いこなせないであろう過剰な力ですが、今だけは十全に扱えるよう感覚レベルも向上している筈です』
『効力が懇切丁寧過ぎて、後の説明を聞くのが怖いな……』
『それだけではありませんよ。絶対共鳴と同じく大元である私が無事な限り、状態異常や能力低下効果も受ける事はありません。クロメルの触手に触れたとしても、今であれば全く害はないでしょう』
『反則級に凄いな。でもそれってさ、お前に何かあったら全員ピンチじゃないか?』
『ええ、その通りです。ですから―――』
メルフィーナの召喚が解除され、魔力体となって俺に宿る。
『―――このように』
『なるほど、確かにそれが一番安全だ』
義体だった頃のメルフィーナも、魔力体の際にステータスが変化される事はなかった。要はメルが魔力体の状態でも、この光の力は維持される。
『話に割って入るわよ。この力がすっごいって事は理解したわ。だけど、さっきクロメルが言っていた世界にとっての諸刃の剣、って言葉が気になっているのよね。メルも何だか急いでるみたいだし、何かまだあるんでしょ?』
セラが俺の言いたい事を全部言ってくれた。そう、そこなんだ。
『ぶっちゃけ、このままでは世界が崩壊します』
『『『『『……は?』』』』』
たぶん、念話越しに全員が聞き返したと思う。
『ですから、世界が崩壊します。だって世界を治める神が不在状態ですもん。何らかの形で古の邪神が復活し、神が使徒に力を与えてその討伐に出る。万が一にそれに失敗した時、この世界ごと邪神を滅する為の邪法なんです。分かりやすく言えば、ええと…… ラグナロク? 兎も角、私も後には引けないという事です! 私は! 私の信じる仲間に! 私の全てを擲ちますっ!』
『え、いや、ちょっと…… ええ!?』
動揺が走る。が、光の効果で直ぐに感情の起伏が抑制された。凄い便利ですね、この光! 邪法って割に綺麗だし! ……無理矢理に感情を高めようとしても駄目らしい。
「フフッ。その忙しない様子から察するに、状況を理解したようですね」
「クロメル、お前はこれを知ってたのか?」
「もちろん、私の事ですから。ですが、世界の崩壊なんてものは私と私、そのどちらも望む展開ではない筈でした。 ……ないと思っていたのですが、どうやら白い私はなかなかの勝負師だったようです。正直、この土壇場でこんな手に出るとは思ってもいませんでしたよ」
クロメルの両手に、黒塗の大槍が1本形成される。姿形はルミナリィやイクリプスにそっくりだが、規格は更に巨大なものとなっていた。あのレベルの得物を自分で生成しちゃうのかよ。
「良いでしょう。私が神の座に至る事で、崩壊を止めて差し上げます。女神らしく、世界を救うのです。あなた様、もうぐずぐずしている暇はありませんよ? あなた様だって、この世界をなくしたくはないでしょう? 私と未来永劫、戦いを楽しみたいのでしょう? ならば、武器を取りなさい。仲間達と呼吸を合わせ、共闘なさい。その神の力ごと、私はあなた様を満足させますからっ!」
猛りと共に、禍々しい魔力と殺気が迸る。今一度、意思疎通を開始。言葉は介さず、仲間の気持ちだけを汲み取る。 ……そうか、気持ちは一緒か。とんでもない事を宣言され、クロメルという難敵を前にしてるってのに、もう戸惑いや萎縮は誰も持っていなかった。俺達を取り巻く光のお蔭なんだろうけど、元からあるこの気持ちは、間違いなく最初から共有していたものだ。
『エフィル、義父さんと一緒に安全な場所に下がってくれ。ムドは狙撃が主になるだろうから、そのまま連れて行って構わない』
『……承知、しました。共に戦えない事を残念に思います。せめて、これを』
『あ、受け取ります』
エフィルが爆攻火を詠唱し、ひょっこりと一部魔力体から実体に戻ったメルに施してくれた。これにより、俺達全員の初撃の威力は2倍となる。
『ご武運を……!』
ムドファラクに乗ったエフィルが、義父さんを連れてこの場を離れようとする。反対されると思ったが、意外にも義父さんは素直に従ってくれた。
「そんな顔をするな。我だって己の力量は弁えている。愚息よ、セラを頼んだぞ。我が愛娘を護れるような男は、今のところ貴様しかいないのだからな」
「と、義父さん!?」
まさか、義父さんからそんな言葉が飛び出すとは…… 世界崩壊が近いというのは、やはり真実だったようだ。うん、これは負けられない。
『クロメルは現在、複数の命を宿しています。光竜王サンクレス、神機デウスエクスマキナ、コアとしてエネルギーを供給するジルドラ、そしてそれらの中核を成すクロメル――― 彼女を倒すには、これら4つの命の滅するのが必要不可欠と言えるでしょう』
『姫様、具体的にはどうすればいい?』
『頭部に根差すクロメルの本体、背に展開された紅の曼荼羅、神機の原動機、コアであるジルドラの破壊です。他を跡形もなく滅したとしても、1つでもどれかを残せば再生してしまいます。そういう意味でも、時間との勝負になりますね』
『要は総力戦ね。良いじゃない、面白いわ!』
話は決まった。しかし、こんな時になってもクロメルはまだ待ってくれている。本当に良い女だな、あいつは。
「……よし。やろうか、クロメル。待ちに待った、最後の至福の時間だ」