第535話 急造コンビネーション
―――戦艦エルピス
突然のゴルディアーナとセルジュの乱入に、状況は一気に混沌と化してしまった。流石の舞桜もこの展開は予想外だったのか、鎧越しに肩をすくめている。
「地上最強と使徒最強のお出ましか。やれやれ、これにはどうも手を焼きそうだよ」
「おっかしーなー。その言葉、私には皮肉に聞こえるけど?」
「まあまあ、フーちゃん落ち着いて。よくよく見れば良い鎧じゃない(はぁと)」
何と比べて良い鎧なのか? 舞桜は聞き返したい気持ちと後ずさりたい気持ちを何とか抑え、それ以上仕草に恐怖を滲ませるような事はしなかった。兜の下でどのような表情を作っているのかまでは確認できないが、少なくとも異性に関して真っ当な感性を持つ彼が、内心肝を冷やしているのは確かな話だろう。
「皮肉というよりも、今における事実かな。守護者が使徒に所属していた段階では、確かに君は最強だった。俺なんて比べ物にならないほどにね。但し、今においてはクロメルがほぼほぼ復活している。この力は決して俺自身のものじゃないが、それでも君を上回る力なんだ。その辺の事情は理解してほしい」
「フッフッフ、なるほどなるほど。詰まりは下剋上って奴だ!」
「うん? うーん…… まあ似たようなものかな?」
舞桜の返答には多少妥協した感があった。
「嬉しいなぁ、強い気配を探した甲斐があったってもんだよ。使徒として生まれ変わってからも、挑戦する側に回れるだなんてさ……!」
「あらん? 私とのあの熱い激闘は挑戦じゃなかったのん?」
「プリティアちゃんとは今のところ対等だし、挑戦するというよりかは、お互いを高め合う仲かな?」
「ま! 嬉しい事言ってくれちゃってぇ」
キャッキャッと口調は和やかな2人だが、その姿勢は既に戦いに備えられている。ゴルディアーナの体からは桃色のオーラ、慈愛溢れる天の雌牛が分厚く展開され、セルジュはウィルを弓の形態、聖弓に変化させていたのだ。
「リオンちゃん達~。選定者の言葉に嘘はないと思うから、私と戦った時以上に気を引き締めないと危ないよ? 無理だと思ったらさっさと離脱するこった」
「おっと、これは意外だな。そこまで俺を評価してくれるのかい?」
「うん。認めてやるよ、選定者。だからさ、1対1じゃ戦ってあげないよ。これは言わば、最強を賭けた女と男の戦い! 卑怯だなんて言葉は言わせないよ?」
「戦いに卑怯とか、そんなものは存在しない。でもまあ、女と男の戦いか。言い得て妙だね」
一部そのどちらにも属していない者もいるが、刹那とエマは歯を食い縛って意見するのを我慢した。今はそういう空気ではないと、拳も一緒に握り締めたのだ。
「何と言いますか、ケルヴィンさんから格好良く頂いた出番が、丸ごと食われてしまった感じですね……」
「でも、最高の援軍には変わりないよ。せっちゃん、シルヴィー、えっちゃん――― 絶対に勝つよ!」
「……! ええ、そうですね!」
「ん、おやつもちょうど食べ終わった。食後の運動、ちょっと激し目にやろう」
「私の太陽の鉄屑だって、聖剣に負けませんよ! ボガさんとの特訓の成果、今こそ見せてお母さんに褒めてもらう時っ!」
「あー、あー。今まで黙ってたけどさぁ、おじさんも刹那ちゃんの刀帯ベルトにいるからねー? おじさんの心と皆の心はいつも一緒だからねー? 後さっきのツッコミを堪えていた時さ、おじさんもいるって事を伝えようとしてくれたん―――」
「―――いくぞ、選定者!」
戦闘開始の合図たる叫びが各所から上がり、生還者のおじさんの声は無残にも掻き消される。先頭を走るはゴルディアーナだ。振りかぶった右腕にはピンク色の塊が集められ巨腕を形作り、これ以上ないほどに腰を切った見事なスイングの後、弾けるようにしてそれが舞桜の顔面へと向かった。
「むうんっ!」
「ハァッ!」
そんなゴルディアーナの強烈な一撃を、舞桜は聖剣にて対抗する。拮抗したのは一瞬、それより先はゴルディアーナが腕を引っ込め、入れ替えるように猛烈な蹴りを浴びせた。が、これにも舞桜は反応し、大剣にて攻撃を受け止めていた。そんな中でプリティアの後方を駆けていたリオンは、ゴルディアーナが引っ込めた拳から血が滴っているのを目にする。
(刃と拳がぶつかったあの一瞬で、プリティアちゃんの愛を貫通させてる。想像以上に鋭くて重いかも、あのウィル……!)
ゴルディアーナと舞桜の間で激しい殴り合い斬り合いが行われるも、その結果はどれもゴルディアーナの肉体にダメージが発生するだけに留まり、向かい合う舞桜の聖剣や鎧は未だ無傷。ゴルディアーナの肉体を容易に傷付ける聖剣の破壊力もさることながら、鎧の防御力も尋常ではない事が窺えた。だがしかし、攻撃を開始したのは何もゴルディアーナだけの話ではない。
「私も混ぜろよっ!」
天を駆けるセルジュが、構えた聖弓から神聖なる矢を放つ。その移動速度は暗殺者であるアンジェに次ぎ、天歩を併用して使っている為に軌道が読めない。更には放つ矢にもその特性が備わっており、稲妻が落ちるが如くの軌道で舞桜を攻め立てた。ゴルディアーナの攻撃とのタイミングも完璧で、針の糸を通すような精密な射撃で、要所要所の隙を突きまくっている。
「ナイスな援護よぉ、フーちゃん!」
「へえ、単独行動ばかりかと思えば、こんなチームプレーもできたんだね、守護者」
「ふっ、むしろパーティでの戦いの方が得意な方かもねー」
おちゃらけた口調でそう言うセルジュであったが、実際のところは心の中で舌打ちしていた。聖弓による攻撃は、ゴルディアーナが大剣を引き付けている分、その殆どが舞桜に命中している。しているのだが、あの黒金の鎧には一切の損傷が見られないのだ。
(どんなに固くたって、私の攻撃を受けて全く無傷ってのはないよねー。光属性の無効化とか、そんな感じかな? いやはや、だとしたら勇者とは相性わっるいなぁ。ウィルも魔法も駄目じゃん。ま、最悪はプリティアちゃんと一緒に聖拳なしの肉体言語でー)
セルジュの判断は即断即決。そうと決まった彼女の行動は早く、ウィルを剣の形態に戻して鞘に投げ込み、自身も戦いの火中に飛び込むのであった。宙を蹴っての飛び蹴り、舞桜の片腕に遮られてしまったものの、聖弓で穿った時以上の感触は確かにあった。
「直接でもかったいなぁ! 何それ、その鎧もウィルで造ってんの!?」
「君だって聖鎧とかいうのを使っていただろ? それと同じようなもの―――」
―――パキリ。
舞桜の足底から、何か凍て付くような音がした。それでも舞桜は視線を下げない。その音だけで足下が凍らされた事が分かったからだ。
「ん、プチ絶氷山壁」
この場で青魔法を使用するとなれば、その人物はシルヴィアしかいないだろう。彼女は舞桜の足場に小さな正方形の氷塊を作る事で足を凍結させ、自身も氷細剣ノーブルオービットを抜いて迫っていた。シルヴィアの横には高熱を発する太陽の鉄屑を振りかぶったエマもいる。
「加勢」
「しますっ!」
「あらん、好機ねぇ!」
「できる子な私も合わせるよー!」
ゴルディアーナ、セルジュ、シルヴィア、エマによる四方同時攻撃。矢面に立つ舞桜の足は固定され、瞬時にその場を動く事を封じられている。
「これで、どう?」
「んんっ! 怒鬼烈拳・改!」
「溶焔!」
「えっと、えっと――― フーちゃんの美脚!」
舞桜が動かそうとしていた聖剣の腹をセルジュが蹴り上げてそれを封じ、無防備となった鎧に向かって3人が必殺の攻撃をぶちかます。愛の詰まった拳が胸部を打撃、如何なるものも溶かす大剣が背を叩き付け、如何なるものも凍らす細剣が鎧の隙間に差し込まれていた。
黒の召喚士7巻、黒鉄の魔法使い1巻6月25日同時発売です。