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第529話 未来を託す

 ―――戦艦エルピス


 意識が混濁する。遠い遠い昔の思い出が呼び起こされ、かと思えばつい最近になって見つけた一条の光明が、ふと脳裏に駆け巡った。解析者リオルドは潰れた瞼を静かに震わせながら、耳に入る声らしき音になけなしの意識を集中させる。


「馬っ鹿じゃないの!? 何で私達まで巻き込んで攻撃するのよ!」

「だ、だってぇ、そこまで考える余裕がなくってぇ……」

「大体ね、敵味方の区別くらい付けろってのよ! 最初の不意打ちの時も、私ごと貫こうとしてたでしょ!」

「そ、それは獣王様であって、私じゃないんですよぉ。しかも、黒歴史な私でしたしぃ……」

「いや、ワシの変装は外見だけでなく中身も真似るものだからな。ついつい貴殿の本音のままに演じてしまったが故の事故だ。まあ何だ、許せ」

「エストリアぁーーー!」

「ご、ごめんなさいぃ~~~!」


 何やら愉快な会話が聞こえてくる。その空気がどこか懐かしくて、夢の中にあった冒険者時代を思い出してしまいそうだった。しかし、いつまでもこうやって盗み聞きをしている訳にもいかない。リオルドは自らの状態を確認する。四肢はなく、皮膚は焼け焦げ、両目をはじめとした神眼は全て潰されてしまっていた。


(……そうか。負けたんだね、私は)


 その結果は使徒としては失格だろうが、リオルドとしては至極安堵するものだった。自分が信じた道は間違っておらず、些細な妨害であろうと、大きく成長した芽は確かな進歩を遂げていたのだ。4大国やS級冒険者、果ては勇者や魔王、敵である筈の使徒出身者を巻き込んでの連合軍だなんて、少し前までは想像する事もできなかった。これまでに出会った者達との繋がり、ここに至るまでの絆がなければ成し遂げられない、大いなる偉業と呼べるだろう。


「ギルド長、目は覚めましたか?」

「本当に君は皮肉屋だね、アンジェ君。覚める目を誰が潰してくれたと思っているんだい? 全く、誰に似たのやら」


 どうやら喉の調子だけは良いようで、会話をする程度ならば、全身が酷く痛む程度でそれ以上の支障はなかった。いや、違う。激痛を堪えてでも、自分を打ち倒した愛弟子と話したかった。


「それはもう、貴方の愛弟子ですからね。大方、意識を取り戻すまで弟子の成長に感動していた、ってところですか? ふふっ、成長しましたもんね、私!」

「いや、どちらかというとケルヴィン君に感心していたところだよ」

「ガクッ! そ、そうですか…… まあ、ケルヴィン君が褒められたのなら、それはそれで良いのかな?」

「ところでアンジェ君、私の片眼鏡は落ちてないかい? あれ、ミストからの誕生日プレゼントだったんだよ。君が粉々に砕いちゃったけど、フレームだけでも残っていたら嬉しいなぁ」

「ぐっ!? この狸、また触れ辛いところをっ……!」


 ぐぬぬと悔し声を上げながらも、アンジェは懐から小さな小袋を取り出して、それを倒れたリオルドの胸の辺りに置いてやった。


「ほら、ちゃんと探してありますよ。ボロボロですけど、ちゃんと一纏めにしておきました! ……で、ミストギルド長に何か言伝するような事はありますか?」

「ハッハッハ、言伝? 今の私はそんなに酷い状態なのかい?」

「………」


 リオルドの問いに、アンジェは答えに窮する。酷い、なんてものじゃない。手足は千切れ、全身にあった神眼は潰され、首元は大きく切り裂かれている。今生きているのが不思議なくらいだったのだ。何よりも、リオルドの顔と体は驚くほどに衰えていた。50代にしては若々しく、そして雄々しかった彼の肉体は、今では歳以上に老人のそれとなってしまっている。これが神眼を乱用した副作用である事を、アンジェは知らない。知らないが、もう長くは持たないと推測する事は容易だった。止めを刺す必要すら感じさせず、最早以前の面影は僅かながらに顔に残る程度なのだ。


「ああ、その反応で何となく察したよ。それに自分の体の事は、誰よりも自分が知っている。言伝だなんて言い方をしてくれるアンジェ君の優しさが、この老体に染みるねぇ。そこは遺言―――」

「―――ああ、もうっ! それで、あるんですか!? ないんですか!? ないのなら、さっさと行っちゃいますよ、私達!」


 アンジェが騒ぎ出した事で、口論をしていたベル達もそちらへと視線を移し出す。喧嘩を装いつつも、耳だけはそちらに貸していたようだ。


「ないよ、何もない。冒険者としてのリオはもう死んでいて、ここにいるのは残滓みたいなものさ。ミストを含め、私の旧友達なら分かってくれるだろう」

「良いんですか、それで? 結局、ミストギルド長とはどんな関係だったんですか……」

「良いんだよ。冒険者なんて、元々いつ死ぬかも分からない稼業なんだ。ミストとの関係だなんて、今は些細な事さ。それはミストだって同じ事だろう。最後に優秀な若人に見守られて死ぬ。十分に幸せな最後じゃないか。君達にはクロメルに抗う資格がある。それを確認できただけで、もう私が思い残す事は何もないよ。 ……まあ、どうしても知りたいのなら、冒険者ギルドの本部に行ってみなさい。あそこには私の先輩がいる」


 リオルドの声量が徐々に小さくなっている。たとえこの大怪我をエストリアの白魔法で治療できたとしても、迫り来る寿命の魔の手からは逃れられないだろう。


「ギルド長……」

「解析者……」

「おじさま……」


 それでも優し気な表情を見せるリオルドに、かつての同胞達の胸中は複雑だった。獣王レオンハルトだけは、バスタードソードを握り締めたまま懐疑的な様子だ。


「……でも、最後にアドバイスだけは残してあげようかな。私の神の目で見て思った、ありがたいアドバイスだ。心して聞くように」

「「「―――っ!」」」


 いつの間にか、リオルドの片眼鏡をしていた方の神眼が復活していた。レオンハルトに一歩遅れて、皆が構えを取る。


「まずはベル君、君はもっと素直になりなさい。自分の感情を抑制して、我慢する事は確かに大切な事だ。だけどね、想いを伝える事も同じくらい大切な事なんだ。嫌いな事はすんなり言える君なんだから、後はその逆を実践するのみ。もっと好きという感情を前面に押し出した方が、幸せになれるってものだよ?」

「え? あ、はい……」

「次にエストリア君、君はアレだよ。相手に合わせて性格や服装を変える癖をどうにかした方が良いね。特に今の意中の相手のライバルは、凄い色物…… コホン、凄い強敵なんだろう? それなら、君も本当の自分を曝け出して勝負した方が良いんじゃないかな? 君の場合、ベル君とは逆でやり過ぎは厳禁だけれどね」

「ほ、本当の、自分……?」

「時間がないので、レオンハルト殿はパスで」

「なぬっ!?」


 それまでとは打って変わって、流暢に次々と助言を送るリオルド。周りの皆は臨戦態勢状態のまま、目を点にしながら彼の言葉を聞き入っていた。


「最後に、アンジェ君」

「……はい」

「君はそのままで良いかな。ただ、一言だけ言わせてもらうなら――― 幸せになりなさい」

「何言ってるんですか、ギルド長。私、もう幸せですよ!」

「………」

「……ギルド長?」


 最後の言葉を言い切ったリオルドの神眼には、もう光がなくなっていた。

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