第528話 先覚者
リオルドとなった彼が次に目を覚ましたのは、前世の自分が死んでしまった暗紫の森の近くだった。凶悪なモンスターが集うこの場所であるが、どうやらリオルドが襲われる事はなかったらしい。さっきの出来事が夢か否かと頭の中で考えながら、ゆっくりと体を起こす。
「おっと、漸くお目覚めかい? 長いお昼寝可愛い寝顔だったね。急いで来た甲斐があったってものだ」
「!?」
不意に掛けられた声に反応して、リオルドはバッと身を翻す。
(っ! これは……)
この時、リオルドは相当驚いていた。誰知らぬ声に対してもそうだが、何よりも自身の身体能力の高さにはド肝を抜かれてしまったのだ。まだステータスの確認を済ませていないが、ちょっと体を動かしただけでその片鱗を察する事ができる、段違いの力。それはリオルドが目指し、焦がれていたものに違いない。
「どうだい? 全然体の勝手が違うだろ? 初期レベルでそれだから、これから鍛え直せばもっと凄い事になるよ」
「ええ、とても驚かされました。 ……ところで、貴女は?」
この数回の会話で何となく彼女の立ち位置を察したリオルドであったが、一応の確認をしない訳にはいかない。改めて視線を向けると、そこには青髪の女性が大岩に腰掛けていた。容姿は二十代後半、服装は冒険者のそれ、付け加えるなら美人である。
「代行者から話は聞いてると思うけど、私の名は先覚者だ。そのまま先覚者と呼んでくれ。君がなろうとしている神の使徒の一員で、これでも結構な古株なんだよ? ま、先輩みたいなものさ。短い付き合いだろうけど、よろしくしてくれると嬉しいな。研修生君?」
「……その言い方、まるで私が落第する前提のようですけど?」
「ああ、そう聞こえてしまったか。すまないね、それは思い違いというものだ。何せ、君が使徒として真に認められたら、私は使徒を引退する事になっているんだ。君を立派に育て上げる事が私に課せられたラストミッション、詰まりはそういう事さ」
「えっ、引退……? 悪の組織にも、退職とかあるんですか?」
「ぷふっ! き、君ってば面白い例え話をするんだね? 柄にもなく不意打ちを貰っちゃったよ」
先覚者は岩の上で腹を抱えて笑っている。そんなつもりは毛頭なく、真面目に質問したつもりだったリオルドは、思わず顔を赤くしてしまった。
「ふー、笑った笑った。ところでさ、君ってば眼鏡をしてるけど、目が悪いのかい?」
「ええ。幼い頃から本の虫でして、そのせいか裸眼だとぼんやりとしか―――」
「―――ねっ、その眼鏡取ってみなよ?」
「えっ?」
不意に目の前に現れ、眼鏡を取られるリオルド。驚きとかそんなやり取りの後に、リオルドはギフトとして発現した『神眼』の存在を知ったのであった。先輩兼指導役である先覚者の指示の下、次々と明らかになるリオルドの力は、万能に近いと言っても過言ではないものだった。
「す、凄い……! この力があれば、何だってできそうですよ!」
「んー、なるほどねー。リオルド君、その力は確かに凄いんだけど、あんまり乱発しない方が良いかなー。というか、今後私が良いと言うまで使用禁止ね」
「は? 禁止ですか? なぜです?」
「だって君、眼の力に体が追い付いてないんだもん。ほい、鏡」
先覚者はどこから取り出したのか、何の前振りもなく高価そうな手鏡をリオルドの前に突き出す。自らの顔を向き合わされたリオルドは、何事かと目を丸くした。
「……えっと」
リオルドが言い淀む。鏡を見せられても、どう反応すれば良いのか分からないといった様子だ。
「分からない? うーん、君ってば周りに気は配れるけど、自分の事はからっきしなタイプ? 目の力に頼るだけじゃなくて、もっと君自身の洞察力も養わないと駄目だよ」
「それは分からなくもないですが…… 結局、何なんですか?」
「顔のしわ、うっすらとだけど増えてる。君、確か二十代前半だったよね? 少しだけど、さっきより年老いた感じがするよ」
「………」
リオルドが茫然とする中、先覚者は勝手に話を進めていった。曰く、神眼の力を使えば使うほど、リオルドは寿命を消費して老いてしまう。曰く、以前と同じ交友関係、ライフスタイルを維持したいのであれば、急激な容姿の変動は怪しまれる。それは使徒としても望ましくない、と。
「そうなると、この力は全く意味のないものになってしまうのでは……?」
「今のままではね。君、頭良いらしいし、人間が進化する事は知ってるよね?」
「あ、はい。知識としてだけは。実際にそのような方とお会いした事は、残念ながらありませんが」
「いやいや、もう会ってるでしょ。それとも、そういう振りなのかな?」
「……貴女と、代行者ですか?」
「正解! さっすが~」
誘導尋問に等しいやり取りの後、リオルドは人間の進化について詳しく教えられた。一般的なモンスターと比べ、人間が進化するのは殆どない事。が、仮に進化できたとすれば、寿命が飛躍的に伸びてエルフ並みになるのだという。リオルド自身も以前にそういった内容が記された本を読んでおり、これについては完全に信じてはいないものの、それほど疑うような事もしなかった。
「要は君を進化させる! これが能力を使う大前提だ!」
「簡単に言いますけど、実際は簡単な事じゃないですよね?」
「それは当然だね。ある程度の苦労はしてもらわないと、使徒としての君の為にもならないもん。で、君が進化するまでの事なんだけど―――」
「分かってます。冒険者だった時の仲間とは、それまではまだ会いませんよ。仮に直ぐに進化したとしても、少なくとも私の顔に見合った年月が過ぎるまでは会えません」
「へえ、良いのかい?」
「貴女でも私の顔の変化に気付けたんです。何年も一緒に旅をしていたミスト達なら、一目で分かってしまうでしょう。それは使徒としての私の為にならない。そうですよね?」
「おー、良いね。情よりも優先すべきものがよく分かってる。君、やっぱり良い使徒になるよ。良い使徒じゃない私が、自信を持って保証してあげる」
「そんなもの保証されたって、全然嬉しくないですよ……」
「ところでさ、そのミストってのは君の彼女?」
「ぶふっ!」
これ以降、リオルドは先覚者と共に修行の日々を送る事となる。レベル1からの出直しの旅路、されど既にその身は過去の自分を超えており、どちらかと言えば人間を辞める為の鍛錬に近いものだった。そして月日は流れ、数年が経過する。
人間から聖人へと進化したリオルドは、自身のステータスを隠蔽する術を得て、神眼の力を制御できるまでに成長していた。一応の師であった先覚者は、リオルドが独り立ちしたのを最後に使徒を引退。西大陸へと姿を消し、世界が浄化されるその日まで、残りの余生を堪能すると笑っていたという。
使徒としての仕事をこなしながら、リオルドは各地を回ってかつての仲間達の所在を調べていた。普通であれば時間と手間を要するであろう人探しも、万能の眼を持つリオルドにとっては容易い事。数日のうちに全員の安否と居所を調査し終え、全員が生きていた事に一先ずは安心する。そして―――
「―――リオ?」
「や、やあ、元気だったうあっ!?」
肝心の再会、これをどうするか決めかねてウロウロと迷った挙句、仲間達に発見されて抱きつかれるという失態を犯してしまう。仲間達は今も共にパーティを組んで、行方の分からなくなっていたリオを捜していた。肉食のモンスターがいる訳でもないダンジョンの中に、リオの死体がなかった事を不審に思っての行動だったようだ。
「このっ、このっ! 心配掛けやがって!」
「俺は借りを作りたくないんだよっ! よく生きてたな、この大馬鹿野郎っ!」
「うわぁん、良がっだよぉぉ……!」
「すみません、すみませんっ!」
再会を果たした4人は、再びパーティを組んで冒険者稼業に精を出すようになる。使徒となったリオルドは極力以前の実力を装い、仲間達がより高みに登れるよう陰ながら支援した。それが彼にとっての贖罪だったのかは不明だが、神眼の副作用を使い寿命を減らしてまで、冒険者として共に活動したのだ。
それが功を成したのか、元々はB級が限界であっただろう彼らの最終階級はA級にまで届き、冒険者名鑑にまでその名が刻まれるに至る。特にリオルドは西大陸に存在する冒険者ギルド本部から評価されていたようで、S級冒険者でもないのに、なぜか『解析者』の二つ名が授けられていた。使徒としての名と被ってしまったのは偶然か、それとも―――
冒険者の引退後、4人は冒険者の良き模範として、各ギルド支部のギルド長として働くようになる。ミストはトラージ、リーダーはガウン、魔法使いはトライセン、リオルドはデラミスといった具合だ。それから更に年月が経過し、最終的にリオルドはパーズのギルド支部へ。冒険者を引退してかなり経つというのに、リオルドはギルドの仕事、使徒としての仕事、更には新人使徒の教育係まで命じられ、慌ただしく日々を過ごすのであった。
……が、リオルドは自らの使命を忘れていなかった。世界の浄化、それを阻止する手立てが、漸く見つかったのだ。
「―――やあ、君が噂のケルヴィン君だね」
活動報告にて、カバーイラストを公開しております。