第521話 未確認飛行天使
―――中央海域
戦艦より天使が放出され続ける。エルピスが天空に登場した頃より、大陸に舞い降りていた天使型モンスターは、S級に準じた強さである事が確認されている。が、このおかしな鎧を纏った天使達は、それとはまた比較にならない力を宿していた。竜でいうところの古竜、悪魔でいうところの上級悪魔と、3大種族の名に違わぬ力を発揮していたのだ。そんな強大な力を携えた神の兵隊が、方舟より群れとなって出現する光景は正に絶望の証とも呼べる。しかし、だからといってそう簡単に諦める者は、ここにはいなかった。
「どぅーりぃーやっ!」
獣王祭にてガウンの名を授かったサバトもまたその1人、自在に操る愛剣、仲間との連携にて迫り来る天使を迎撃し、自身の乗り込んだ水燕を守護する。
「流石ですな、サバト様!」
「アッガスもな! こいつら、地力はクソたけぇんだろうが、連携も陣形もあったもんじゃねぇ! 自分勝手に獲物を捕捉して、馬鹿正直に突っ込んでくるだけだ! これなら行けるぜ!」
かつてA級冒険者だったサバトらは、獣王祭を経て更に強くなっていた。それもその筈、その後レオンハルト直々に崖から蹴落とされ、追い打ちに巨石を落とされ、止めに沸騰した油を流されるが如くの特訓を日々受けていたのだ。
心身共に図太くなり、ガウンの名に相応しい実力を伴うようになったと、サバトは自負している。それは妹のゴマも同様で、鉄拳によるツッコミは、サバトを吹っ飛ばす飛距離が以前の比ではなくなっていた。
「おい、ゴマ! 景気付けにアレをやる――― って、ゴマ? ゴマァーーー!? ったく、ゴマの奴はどこに行った!? 船から落っこちたか!?」
「サバト様、人の事より自分の事を心配してほしいッス! まだ天歩は使い慣れてねぇんスから、見てるこっちが冷や冷やする戦い方はぁーーー!」
「そう言うお前が落ちるな、グインっ!」
足を滑らせて落下しようとしていたグインの首根っこを掴み、ぐへっ! という間の抜けた声と共に彼を回収するアッガス。どうやらガウン代表である彼らは、この空中戦を征するべく、天歩のスキルを身に付けていたようだ。
「サバトちゃん達ぃ、ここが正念場よぉ。相手は天使なれどぉ、私達側にだって天使はいるわぁ! ファイトォー!」
「「「………」」」
空飛ぶ水燕の横を、野太い声の桃色な天使が通り過ぎて行った、ような気がした。サバトらは良い意味悪い意味でかは別として、一瞬目を奪われてしまう。そして――― 何も見なかった事にした。
「おう、さっきのは気のせいだ! 気にしないで踏ん張るぞ!」
「お、おう!」
「やべぇッス、色々な意味で吐きそうッス……」
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―――戦艦エルピス
やや気落ちしたサバトを始めとした戦艦外部で戦う者達が奮闘する一方で、クロメルと使徒を倒し、この巨大な方舟の機能を停止させるべく戦艦エルピスに侵入する、所謂実行部隊も各々の活動を開始していた。『首狩猫』の異名を持つアンジェもそのうちの1人で、持ち前の透過能力とスピードを活かして広大な戦艦を駆け巡る。
「っとと! あの子の勘によれば、ここだって話だったけど……」
アンジェが辿り着いた場所は、見慣れぬ巨大な機械設備が設けられた空間だった。複雑に入り組んだ用途不明なオブジェクトが、頻りに機械音を上げながら反復運動を繰り返している。
「……解析者、いるのかな?」
「おっと、もうバレてしまったか。いやはや、寄る年波には勝てないね」
それら機械の1つ、その物陰より解析者リオルドが姿を現す。初老を迎え白く染まりながらも整えられた髪に、目にはお馴染みとも呼べる片眼鏡。彼はギルドでよく目にした姿格好のまま、ギルドの長を務めていた時と何ら変わりのない様子であった。
「やあ、アンジェ君。まさか君がここに来るとはね。これも何かの縁なのかな?」
「あ、そっち呼びなんだね。なら、私も合わせようかな。 ……縁と言いますか、ここが大事な場所だからギルド長が護っていただけなんじゃないですか? その場合、速度的に一番最初に来ちゃう私と出会うのは必然ですよね?」
「そうとも呼ぶのかな? ……うん、このやり取りも今となっては懐かしい。あの頃は実に楽しかった。任務とはいえ、パーズの未来を担う若者達の育つ様を見守る、有意義な仕事だったよ」
「私だって楽しかったですよ。いつの間にか本物の恋になっちゃって、今の方が幸せではありますけどね」
「フッ、アンジェ君は受付嬢をやっていた頃から、少しばかり茶目っ気があったからねぇ。この神の目をもってしても、君が裏切るとは思い至らなかった…… さて、世間話もそろそろ打ち切ろうか」
「そうですね」
徐に片眼鏡を軽く持ち上げるリオルドと、ダガーナイフを構えるアンジェ。ピリリと空気が軋む。軋んだ瞬間、アンジェの姿が消えた。
―――ギィン!
特にこれといった特徴のない無骨な長剣をリオルドが取り出すと、次の瞬間には剣戟が響き渡っていた。火花が散り、合間を空ける事なく再び刃を交える音が連続で鳴る。それでも未だアンジェの姿は影も形も見当たらず、今度はリオルドの背後よりクナイが飛び交った。
「なるほど、私が教えた事は忠実にマスターしているようだね」
長剣を持たない方の空いた片腕で、放たれたクナイを素手にて掴み取るリオルド。姿が見えていない筈のアンジェに向けられた彼の表情は、子が育つ様を喜ぶ実父のよう。その顔と言葉に反応してか、アンジェはクナイが飛んできた方向とはまた真逆の方に姿を現す。
「使徒として転生してから、何年もギルド長に鍛えられましたからね。自慢の弟子として、誇っても良いですよ?」
「誇っているさ。ただ、まだまだ脇が甘いようだがね」
そう言ったリオルドが、自身の頭に指を向けて何かを指摘するような仕草をして見せた。
「……やってくれるじゃないですか」
今やアンジェのトレードマークの1つとなっている、黒フードの猫耳。その片方が半分ほど切り裂かれて、アンジェの足元へと落ちる。
「速度だけならば、アンジェ君のそれはクロメルにも匹敵するかもしれない。だがね、ただ速いだけでは私の目は欺けないよ? アンジェ君のギフト、攻撃の瞬間だけは無防備なんだから、タイミングには気を付けないとね」
アンジェがクナイの中に1つだけ混ぜ込んだ、起爆符付スローイングナイフ。爆発のトリガーとなる符の部分を剣先に突き刺して、リオルドはこれ見よがしに長剣を掲げていた。完全に攻撃を見透かされている。
「……ふー。ステータス上の数字では、そんなに差はない筈なんですけんどね。むしろ、私の方が優っている点も多いのに」
「目に見えるものに囚われ過ぎじゃないかい? ほら、仮にも私の方が長く生きている訳だしね。そういうところの差かもしれないよ?」
「最後はやけに適当な解説で流しましたね。まあ、私だって馬鹿正直に戦う気はないですよ」
「ほう?」
にこやかに答えるアンジェが次に取り出したのは、ケルヴィンと共に作り出した拘束武器、起爆符付縛鎖剣。しなる鎖が左右より挟み込むように、リオルドへと迫る。リオルドはその場で跳躍する事でこれを躱す。しかし、彼に近づく攻撃はこれだけではなかった。
「真上からの攻撃か。死角ではあるが、盲点ではないな」
リオルドの跳躍に合わせて放たれた撃鉄。それはかつての同胞、断罪者ベル・バアルによる猛烈な足蹴りであった。紙一重のところで不意打ちを躱されたベルは、その代わりにリオルドへ射殺すような視線をぶつけてやる。
「ッチ、避けた……!」
「ほう、ベル君も一緒だったのか。この組み合わせは、なかなか感慨深い―――」
「あらぁ。おじさまったら、感動するにはちょっと早いわよぉ?」
「―――っ!」
ベルの更に上空より聞こえる、やたらと妖艶な甘ったるい声。血色の大槍を構えるエストリア・クランヴェルツは、中間に位置するベルの存在を特に気にする事もなく、その大袈裟な得物をリオルドへと放ち出した。




