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第520話 華々しい最期

 ―――中央海域


 ダハクの猛毒がトリスタンの体を蝕む。彼の肌、その表面に無数の斑点が生じ始め、それらが全身に広がっていく。ブツブツと徐々に突起する病の症状は、進行に伴って激痛を走らせる。常人であれば痛みでショック死してしまうほどのものだ。だが、トリスタンは使徒として生まれ変わる事で、その常人の域を疾うに越えてしまっていた。激痛では意識を手放せず、命を失わない程度には頑丈だったのだ。


「ぐ、がっ……!」


 無作為に手を伸ばそうにも、そこはダハクの生み出した天然の牢獄。光はなく、また彼を助け出そうとする者もいない。かつてジルドラが密閉空間に閉じ込められた際は、暗殺者によって救出された。その上で、自身の固有スキルを使用する事で難を逃れた。だが、今のトリスタンには何もない。暗殺者はアンジェとして第2の生を全うする為に使徒を抜け、頼みの綱であった召喚術も結界に阻まれてしまった。折角支配下に置いたジルドラも今は遠く、他の使徒の助けも望めないであろう状況。お得意の盤上遊戯であれば投了のしどころ、敗北を認めるべき場面だった。


「げ、ぐっ!」


 何か声に出そうとするも、呂律が回らず不発に終わる。既にトリスタンの体は、指先1つ満足に動かす事もできなくなっている。


(もう、言葉を発する事も叶いませんか…… 何という悲劇、凡才たる私にはもったいない最期です……! ああ、誰にもお見せできないのが残念で堪りません!)


 しかし、トリスタンは笑っていた。話す事も表情を作る事もできないのならば、せめて心の中で話し笑顔を作る。人間性が壊れてしまった彼にとっては、死に際を楽しむ事が急務であり、如何にして壮絶に劇的に死ぬかを、子供のようにワクワクしながら考えを巡らせる。


(そうですねぇ…… まずは死ぬ前に、彼らに置き土産を残すとしましょうか。とはいえ、元々その予定ではあったのですが。これは私の死後に発動する、呪いのようなもの。ふふっ、素晴らしい指し手でしたよ、シュトラ姫。ですが、少々倒す順番を間違えてしまったようですね。その時の貴女の顔と世界の終末、それらを見届けられないのが心残りですが、そんな物寂しさも味というもの。正に人生! 私は潔く受け入れましょう)


 トリスタンの肌から隆起した膨らみの1つが、パンパンに空気を吹き込んだ風船の如く破裂する。体内の汁という汁がその瞬間に飛び散り、それまでとは比較にならない痛みが彼を襲った。


「―――っ!」


 その時の形相を見た者がいたのならば、一体どんな顔をしていたと答えただろうか? その答えは闇に閉ざされ、恐らくは永遠に分からないままだろう。


(この体はやがて、劇的な最後を迎える事でしょう。それは私の望むところではありますが、やはり痛いのは嫌ですねぇ。私、変態でも異常者でもありませんので)


 なけなしの力を振り絞り、トリスタンは魔力体に残っていた2体の配下を呼び出した。シュトラに自害を封じこまれた起爆大王蟲と、唯一今までその姿を見せていなかった夢大喰縛インキュバクオーグである。大怪鳥もそうだが、彼らはトリスタンよりも強靭なステータスを誇る為か、毒による作用の進行が遅いようだった。


(これが最後の贈り物です。貴方方は私を無残に倒したかったのでしょう。この毒を見れば、そうである事が手に取るように分かります。ですが、残念ながらそれは叶いません。この夢大喰縛インキュバクオーグの力を借りて、精々安らかに逝かせて頂きます)


 バク型のモンスター、夢大喰縛インキュバクオーグは人の夢を食べて体内に蓄える。トリスタンはこの戦いに備え、様々な感情を含んだ夢をこのバクに食べさせてきた。その用途は多岐に渡るものの、シュトラの活躍によって殆どが日の目を見る事なく、役目を終える事となった。ここで下される命令こそが、夢大喰縛インキュバクオーグの最後の仕事となるだろう。トリスタンに安らかな夢を見せるという、戦況には何の意味も変化も成さないような、取るに足らない些細な仕事だ。


(―――ですが、これが貴方方にとっては、最も嫌がる事でしょう?)


 災厄の種の内部にいるトリスタンの姿は、今や誰も視認する事ができない。今更誰の目にも触れない場所でそんな事をしようと、単なる自己満足にしか過ぎないだろう。そんな事はトリスタンだって理解している。理解した上での、彼にできる最後の嫌がらせだった。


(後は、配下の処遇ですかねぇ…… ええ、私は最後まで見捨てませんとも。これはこの子達への救済です。さあ、最後の花火を、あ、げま―――)


 トリスタンの体は、もう原型を留めていなかった。全身が限界にまで膨れ上がって、もう人の形にもなっていない。所々の膨らみは既に幾つか破裂しており、その度に死に等しい重苦をトリスタンは受け続けていたのだ。そんな拷問以上の苦しみの中、最後の最後で彼は安息の眠りについた。


 夢大喰縛インキュバクオーグが埋め込んだ夢の中で、果たしてトリスタンは何を夢見るのだろうか? 尤も、その数秒後に彼の体は限界を迎える為、夢を想い描く暇があったかどうかは謎である。


 ―――ッッッ!!!


 羽帽子が舞う。膨張に膨張を重ねたトリスタンの体が一斉に爆発、その華々しい爆裂っぷりは近くにいた起爆大王蟲にまで被害を与え、これもまた誘爆。大怪鳥にバク、そこにいた全てを巻き込んだ爆発は甚大な被害を辺りに撒き散らし、ダハク自慢の牢獄をも爆炎でパンクさせた。


「うおっ!?」


 異常を察し、寸前のところで災厄の種を背より切り離したダハクは、急いでその場から脱出する。神樹の大木を思わせた頑強なる植物は、内包するエネルギーの多さに耐え兼ね、遂にはそれ自体が爆発した。爆風に乗って残骸が猛烈なスピードで飛び散る。海のど真ん中だったから良かったものの、これが大地の上での出来事だったなら、大変な惨事に繋がっていたと容易に想像できてしまう。それほどまでに壮絶な光景だった。


 ただ幸い、被害は近くにいたダハクの翼が少し焼け焦げた程度で済んだようだ。シュトラやアズグラッドは、サラフィアが作り出した氷の防御壁によって無傷、ガード達も同様である。


「ま、まさか俺が作ったあの毒が、ここまですげぇ爆発を引き起こすたぁ…… 俺自身、正直驚いたぜ!」

「それは違うわ、ダハク」

「あん?」

「トリスタンが破裂しただけじゃ、あんなに綺麗な爆発は起こらないわ。恐らく、配下のモンスターを爆発させたのよ。どんな手を使ったのかまでは分からないけれど、私が『報復説伏』で封じた筈の封印を掻い潜って」

「あー、そうなのか? ま、俺の毒で死んだのは違いねぇだろ? なら良いや!」


 それでもダハクは満足そうな表情だった。


「おーい、勝利を祝うのは良いけどよ、この鏡野郎はどうすんだよ? さっきの爆発が起こってから、全然動かなくなっちまったぞ?」


 力の限り焔槍をぶっ放したアズグラッドが、サラフィアの頭に寄り掛かりながら叫ぶ。アズグラッドの言う通り、盾の形状になって息吹ブレスと抗戦していたタイラントリグレスは、電池が切れたようにそれ以上の変化を起こさなくなっていた。但し浮遊機能だけはあるようで、その場で浮かんだままとなっている。


「迂闊に触れられないのが面倒なところね。今のうちに破壊しちゃうのがベストだけど……」


 兎も角、長きに渡って因縁があったトリスタン・ファーゼは死亡し、この世界より跡形もなく、完全に消え去ったのは確かな事。決戦における最初の勝利を飾ったのはトライセン連合――― 元相棒と母から成る2体の竜王と、誇り高き兄妹だった。

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