第517話 竜騎検証
―――中央海域
「偉大な王の血? フフッ、また面白い冗談を。それを仰るのなら、穢れた血の間違いでは―――」
それは一瞬の事だった。タイラントミラの巨体を盾にしたトリスタンが悪意ある言葉を紡ぐ最中、彼を囲むようにして黒騎士型のゴーレムが展開されたのだ。それは霧の中から突然幽霊が現れるが如く、何の気配も予兆もなかった不意の出来事。台詞の途中であったトリスタンの口が止まり、その代わりに猛烈な勢いで目が動く。自らの意思で動かしたのか、反射的にそうしてしまったのかは微妙なところ。何せ現れたシュトラの専用ゴーレム『ロイヤルガード』は、アズグラッドとの直線上に置かれたタイラントミラの背後にまで出現しており、彼の周囲360度を丸っと囲んでいる。どの方向を向いたとしても、ロイヤルガードの姿は視界の中に入っていたのだ。
(鏡のゴーレムを配下に置いてるからどうしたってんだ! もう分かり切ってる事なんだよ!)
(斬っても駄目、魔法も駄目なら一層の事無視しちゃうのが一番。倒す必要があるのは使役する配下じゃなくて、術者のトリスタン!)
シュトラはアズグラッドの背に隠れている間に、A級青魔法【諜者の霧】を全てのロイヤルガード達に施し、辺りに潜伏させていた。この魔法はC級青魔法【虚偽の霧】の完全な上位互換となるもので、視認情報だけでなく気配までをも包み込む霧を発生させる。その効力は極短時間で切れてしまう限定的なものであるが、疑似的に対象を同級の隠密状態とする事ができるのだ。
(―――飛び出したのと同時に、僅かな魔力の痕跡が散乱しましたね。高位の魔法による隠蔽、それも気配ごと隠してしまう代物ですか。恐らくは、力を得てしまったシュトラ様の仕業。ひ弱だったあの頃でさえ化け物だったというのに、こんな事までできるようになってしまいましたか。全く、ケルヴィン殿はとんでもない者を差し向けてくれました。私のような凡人如きに、こんな頭のおかしい生物をぶつけてくるとは……)
だが、トリスタン自身はあくまでも冷静。それどころか次の悪態を如何につくかを思考する余裕さえあったらしく、彼の表情が崩れる様子は一切ない。
「シュバルツシュティレ、ジルドラさんの作品を鹵獲したのですね。いやはや、姫君が盗みを働くとは世も末ですなぁ!」
そうトリスタンが叫んだ刹那、彼の乗る大怪鳥も同様に大口を開けた。
―――キィーン……!
耳鳴りのような音が聞こえる。そう思った直後には、10機のロイヤルガードが全て弾き飛ばされていた。シュトラはすぐさま魔糸を操作して、空中にて衝撃に抗い停止させる。
「どうした!?」
「見えない壁みたいなものに押し出された、のかな? ディマイズギリモットの能力だと思う。糸の感触からして、音の衝撃とかそういう類」
「ボガのでか声みてぇなもんか……!」
「フッ、あんな野蛮なものと一緒にしないで頂きたいものですな。ギリィのは、もっと繊細な技ですよ」
紫色の大怪鳥、ディマイズギリモットはトリスタンが使役する配下の中でも、最も古参に属するモンスターだ。元々混成魔獣団の出身で、一時期トリスタンの下にいたアズグラッドはもちろん知っているし、シュトラも幼き頃よりその存在を認知し、積み重なる知識の一部として記憶していた。だからこそ、その頃の怪鳥ハウンドギリモットにそのような能力がなかった事も分かっている。恐らくは進化の過程で新たに会得した力、能力だ。
(音と一緒に瘴気が混じってる。ゴーレムじゃなくて生物だったら、今のでも結構危なかったかな。でもこれで、残りの手持ちで未確認なのは夢大喰縛だけになったわ)
トリスタンと同じく、シュトラの心にも乱れはない。今や家族も同然のケルヴィン達と比べれば、シュトラの実力はまだまだ弱く、どう見積もっても最底辺のようなもの。それを補う為にも、シュトラは最大の長所である頭を回し、戦略で勝利を掴む必要がある。如何にして敵の手を封じ込め、詰ませるか。幼いシュトラの瞳は戦況を見据え、最善手を打ち続ける為に情報を読み解いていた。
「私を注目してくださるのは喜ばしい事ですが、もっと周囲にも気を配って頂きたいものですね」
奇襲を防いだトリスタンが涼し気に言い放つ。同時にアズグラッド達の眼前には、お返しとばかりにタイラントリグレスの巨大な拳が迫っていた。
メルフィーナが掻き集めてくれた使徒の情報には、このタイラントリグレスについても記載があった。大怪鳥と同様に、タイラントミラから進化した個体だ。先ほどトリスタンが言葉にしていた通り、このモンスターの能力も強化されているとすれば、下手な攻撃は仇となって返ってくる可能性が非常に高い。できれば触れる行為も避けたい相手だ。
(エフィルお姉ちゃんと戦った時は、物理と魔法のどちらか一方しか反射できなかった。強化内容を大まかに予測するとすれば、1つが両方を同時に反射可能にしている事。2つ目が反射した際の威力増加、もしくは吸収。全部反射可能になってるとすれば脅威だけど―――)
考えを巡らせながら、シュトラがアズグラッドの肩を軽く叩く。
「お兄様!」
「分かってら!」
その合図により、アズグラッドは懐から何かを取り出してそのまま投擲。背後のシュトラも片腕を前に突き出して、どちらかといえば低級に属する青魔法で氷柱を作り出し、迫り来る拳に向かって放った。
―――パキィ……!
タイラントリグレスの拳に1本のクナイが突き刺さり、その一方で放った氷柱が倍の大きさとなって跳ね返る。氷柱はサラフィアの体に触れるなり、自壊してしまった。次いでサラフィアは巨腕を掻い潜り、攻撃に掠る事なく回避する。
「ほう、能力の検証ですかな? 正体が掴めぬのなら、威力を抑えた攻撃で確かめれば良いと?」
トリスタンの言ってる事は正解だったが、シュトラは敢えて答えるような事はしない。それよりも優先すべきは兄との会話。本当であればクロトの分身体を使って念話ができれば最高だったのだが、どうも念話はアズグラッドの苦手分野だったらしく、混乱を防ぐ為にも直接会話ができるこの戦闘態勢で臨んでいた。
「―――というのが、今のところ所感よ」
「あー、なるほどな」
トリスタンの余裕を少しでも削るように、この会話の最中もロイヤルガードによる攻撃は忘れない。何事も同時進行並列処理でシュトラが話す。
「目まぐるしい空中戦、苛烈かつ可憐ですなぁ!」
「ッチ! 何が何でも口が減らねぇ野郎だ! なあ、シュトラ。お前の力で、あいつの行動をもっと制限できねぇか?」
「仲間を見捨てさせないっていう制限をもう埋め込んじゃってるから、それは無理よ。私の固有スキルは1人につき1つの約束事までなの。前の約束事の解除はできない事もないけれど、今の状態で私から話し掛けるのはあまり有効じゃないと思うの。散々無視しちゃってるし、すっごく怪しいわ。何よりもトリスタンとの会話自体がやだ」
「まあ、そうだけどよ……」
味方を見捨てられない、詰まりは仲間を自爆させる事もできない。シュトラが奈落の地でトリスタンにかけた呪いは未だ有効であり、彼の影の切り札である起爆大王蟲の強みを封じている状態でもあった。これ以上の会話を引き出す術は、シュトラが案じているように今のところ望めないだろう。
「だからお兄様、もうトリスタンと会話する必要はないわ。ガン無視でオッケーよ! 私が適度に支援するから、お兄様は心を落ち着かせて、だけれども戦場での猛りと勘を大切にしながら戦って!」
「お前、子供の頃よりも更にアクティブになったな…… まあ、その方が俺の性には合うけどよぉ!」
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