第493話 アイスキャンディー
―――レイガント霊氷山
アズグラッド達はサラフィアに案内され、応接間に通される。応接間とはいったものの、その部屋に家具らしきものはなく、山頂の光景を見渡せる開放的な窓があるくらいだった。
「ごめんなさいね。暫くお客様がいらっしゃらなかったから、無駄なリソースは節約してたのよ。ちょっと待ってね」
サラフィアは部屋に向かって軽く息を吹きかけた。キラキラと輝く青白いその息吹は、部屋の中で舞いながら次々と氷を生成し、床から上に上がっていくようにあるものを形作っていく。それは椅子であったり、テーブルであったり、部屋を彩る装飾品だってそうだ。数秒もしないうちに何も置かれていなかった応接間には、多くの氷製家具が並べられていた。
「うん、良い出来ね。折角だから、アズちゃんが住んでるトライセン製の家具をイメージしてみたの。どうかしら?」
「無駄に凝ってるな…… いや、すげぇけどよ」
「ん、冷たくない」
「母の氷は温度さえも自在に操作できますからね。少し硬くはありますが、凍傷になる恐れはない筈ですよ」
「できれば柔らかさも再現したかったんだけれどね~。頑張ったんだけど、やっぱり氷じゃ無理だったの。ごめんなさいね?」
それからサラフィアはアイスティーと、お茶請けのアイスキャンディーを3人に振舞った。アズグラッドは飲食する前から頭を痛そうに抱えているが、シルヴィアとロザリアは美味しそうにそれらを頂いている。氷使いは頭と精神がどうかしている。アズグラッドは心からそう思った。
「ええと、それで何だったかしら? アズちゃんを付け回す悪い虫を駆除する話?」
サラフィア、今日一番の笑顔である。
「そんな話してねぇよ。飛び切りの笑顔で何口走ってんだよ…… おい、ロザリア。これが慈愛に満ちた女王とやらなのか、ええ?」
「子供に対して愛の心が特別強過ぎるだけなんです。まあ、行き過ぎて罪になる場合もあるかもしれませんが、それもまた慈愛には違いないでしょう」
「おい」
「虫……? アズグラッドの周りに虫は見当たらないけど?」
「まあまあまあ、ルノアちゃんったらホントピュア! アズちゃん、お嫁さんにするならルノアちゃんみたいな子にしなさいな。というか、ルノアちゃんで良くない? こんなに良い食べっぷりをしてくれる子なんて、他にいないわよ?」
「悪い冗談は止してくれ……」
「またまたぁ~。そういうつもりで一緒に来たんでしょ? そうなんでしょ?」
サラフィアはシルヴィアの事をとても気に入っていた。彼女と出会った時期はアズグラッドを誘拐し、成長して国に帰ってからの随分後の事になるのだが、周辺の敵対モンスターを退治したり、そのお礼にと振舞ったサラフィアお手製料理を大変美味しそうに食べてくれたのが主な要因となっている。
最初は知り合いの竜とお見合いをさせようと画策したりもしていた。しかし、人間の寿命は竜よりも短い。やはり人間の相手は人間でなれければと、サラフィアはアズグラッドの相手を探すようになったのだ。そして幸か不幸か、偶然か必然か。現れたこのシルヴィアはサラフィアのツボにピタリとはまり、勢いで加護を与えてしまうほどに溺愛。育ての母がそんな事になっているとは露知らず、アズグラッドはシルヴィアと共に帰省してしまった訳だ。サラフィアが勘違いしてしまうのも無理はない。
「しゃりしゃりしゃり―――」
この場にナグアやフーバーがいたら、それはもう大変な混乱が起こっていた。尤も仮にそうなったとしても、シルヴィアは今と変わらずにアイスキャンディーを咀嚼し続けていただろうが。
「今日はそんな話をしに来たんじゃねぇんだよ。本題に入るぞ、本題に!」
「え、お付き合いを飛ばして結婚するとか? まさか、もう……!?」
「ちぃげーーー!」
その後、ロザリアから協力要請の話が無事になされる。
「―――という事になっていまして、是非母様にも協力して頂きたいのです」
「うん、良いわよ。他ならぬ子供達からの頼みだもの。無償でやってあげるわ♪」
即答だった。
「……やけに呑み込むのが早いな? もっとこう、質問の1つもあるもんだと思っていたんだが」
「必要ないわ。だって私以外の竜王、もう全員が参加を決めているもの」
「あ?」
「え?」
「しゃりしゃりしゃり―――」
サラフィア曰く、逸早く参加を決めていた火・土・光以外の竜王、水・風・雷・闇の者達も、飛空艇攻略作戦への参加を承諾したという。どこからそんな情報を仕入れてきたのかは定かではないが、自分の所にも参加要請が来るだろうと、彼女は予め踏んでいたようなのだ。
「なっ! お、俺ら、ドベだったのかよ……!」
「まあまあ。ここはアズちゃんの国から最も遠い場所だし、仕方ないわ」
「と言いますか、なぜその事を母様は知っているのですか?」
「ふふん、これでも私は先代土竜王と光竜王の次に長く生きている竜なのです。そのくらいの事、お茶の子さいさいで把握してしまうものなのよ」
「それってかなりのババア―――」
「―――アズちゃーん? その言葉遣いは少し美しくないわ~。私、これでも年齢は3桁に収めているのだけれど~。そうね、久しぶりに泳ぎの練習でもしましょうか?」
応接間の窓から見える美しい景色が、一瞬にして猛吹雪に変化した。
「さ、行きましょうか。お仕置きの魔の領域へ」
「お、おい、首根っこを掴むんじゃねぇ! クソッ、この馬鹿力がぁっ!」
アズグラッドはサラフィアにズルズルと引きずられ、応接間から出て行ってしまった。ロザリアはそれを止めもせず、黙って見送る。
「アズグラッドも懲りませんね。幼少の頃と同じ過ちを、何度重ねれば学ぶのか……」
「しゃりしゃりしゃり―――」
「……ルノア、加減しないとお腹を壊しますよ?」
「まだ大丈夫。自分の限界は知っているつもり」
サラフィアのサービスなのか、テーブルに置かれた皿の上には今もアイスキャンディーが生産し続けられ、ひんやりとした山を築いていた。
「遠隔操作もお手の物、自分の能力で料理さえもしてしまうとは、我が母ながら末恐ろしいですね」
「ロザリアはできないの?」
「真っ当に調理すれば、これ以上に美味しいものを作る自信はあります。ですが氷竜王たる者、能力でこれくらいの事はできませんと…… 均一な規格でこれだけの大量生産、更には遠隔操作。今の私では厳しいですね」
そう口にするロザリアは手元で氷の串を生成し、その周囲にアイスキャンディーを纏わせてみせた。ロザリアが作ったアイスキャンディーは1本だけだったが、それだけに集中して作ったので素晴らしい出来だった。ただ、それでもサラフィアのものより少し優れている程度の差だ。
「今回は挑戦しないの?」
「ええ、そもそもダハクやムドファラク達にも及ばないレベルですからね。今はしません。ですが、いつか必ず……!」
「ん、ロザリアならできると思う。このアイスキャンディー、とっても美味しいし」
しゃくりとしゃくりと、ロザリアのアイスキャンディーを二口で食べてしまうシルヴィア。そのまま無表情で量産アイスキャンディーに手を伸ばすシルヴィアの姿が何だかおかしくて、ロザリアは思わずクスリと笑ってしまった。
「ふふっ。さて、母はアズグラッドの躾で1時間は帰って来ないでしょうし、その間に猪を調理してしまいますか。たまには親孝行しませんと。調理場が昔のままだと良いのですが」
「ん、楽しみ」
遠くから轟くアズグラッドの声をシャットアウトして、ロザリアは調理場へと向かう。せめて、手料理で母を驚かせる為に。




