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第463話 堕天

 眼前に、見慣れない表示が出ています。システム? 代行者権限? 聖槍? 全て知らない、意味不明な文字ばかり。ですが、直感的に不穏であると思われる単語も並んでいました。


 ―――魔王の聖滅。まるで私に命令するかのように綴られたそれは、酷く嫌悪感を感じるものです。私は直ぐに、あなた様に声を掛けようとしました。ですが、動いたのは私の口ではなく、槍を持った腕の方。私の腕が持っていたものは、白翼の地イスラヘブンから持ち出した愛槍ではなく、神々しい白金の槍でした。それは視界に入っただけで、思わず見惚れてしまいそうになるほどの美しさ。触れているだけで、底知れない神聖な力を感じてしまいます。


 ……ですが、私はこんなものに見覚えがない。いつの間に持ったのかも分からない。見惚れ、高揚する裏で、私は恐怖していました。そして、私の意思は確かにここにあるのに、一切体が言う事をきかない事に気付きます。いくらあなた様に声を届けようとしても、唇が開かない。ただただ生命を維持する為の呼吸を繰り返すだけで、指先の一本も私の命令を聞いてくれないのです。まるで、別の何物かに体を乗っ取られたような…… 視界に端に、青白い光が走ります。この魔力の流れ、いつの間にか天使の輪と翼も顕現して、でもなぜ? なぜ、今……? 再び私は、魔王の聖滅という言葉を思い出しました。


「………」


 聖槍の矛先が、徐々に徐々にと方向を定めていきます。それは非常にゆっくりとした動作。だけれども、それ以上に周りは緩慢に、時間が止まっているかのように微動だにしません。 ……いえ、違いますね。周りが遅いのではなく、私の体と思考が、恐ろしいまでに速く動いているのです。


 先ほどの理解不能な文章が表示された効果なのか、実際にどうなのかは分かりません。ですが、なぜこのような光景を私の視界に、それも鮮明に理解できるよう映し出したのか。なぜ、このような仕打ちを受けなければならないのか、理解できません。理解したくありません。あの速さがあったのなら、今にだって対応できたでしょうに。何でこんな時には油断して、うっかり背中を晒しているのですか? 駄目、駄目駄目。これは何かの間違い―――


「が、あ……」


 ―――あなた様の背を突き刺し、心を貫いた聖槍が、赤く、赤く染まっていました。私の体はあなた様を、魔王を殺す為に動いていたのです。喉奥から湧き上がる嗚咽。ですが、私の口から出て来たものは、全く違うものだったのです。


聖滅する星の光ルミナリィバースト


 恐ろしく静かな私の声は、刑を執行すべく聖槍に指示を下しました。命令を受諾した聖槍は回転を開始、そして猛烈な回転音と共に眩い青白い光を放ち、あなた様の体を、傷付け、穿ち、いぃ―――



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「―――そうして私は、あなた様を、殺してしまった…… 更には、あなた様から頂いた、ブラックダイヤの婚約指輪が…… 魔王が死んだ事を告げるように、黒の書へと姿を変えて、どこかに消えてしまい、ました…… その後の事は、あなた様が夢の中で見た通り、顕現していた翼は黒く穢れ、堕天して…… 世界への、神への復讐を誓ったのです……」


 大きく息を吐いたメルフィーナは、長い長い話を漸く終えた。俺は無意識のうちにメルフィーナを抱き締めていて、こいつの体に宿る震えを、可能な限り抑えようとしていた。


「語ってくれて、ありがとうな。よく頑張ったな」

「……はい」


 メルの話は驚きの連続だった。日本にいた前世の、更に前世の俺がこの世界にいて、メルフィーナと知り合って、あまつさえ指輪を贈って夫婦になっていた。全く、完全に先を越されてしまっている。


 そして、問題のラストだ。最後には俺が魔王となって、神の代行者となったメルに倒されてしまった。大切にしていた婚約指輪は、実は黒の書が化けた姿で、それさえも失って…… ああ、辛くない筈がない。最悪最低の、反吐が出る気分だったろう。記憶を甦らせた今のメルフィーナの様子からも分かる事だが、心が壊れてしまっても仕方のない。自らの手で、最愛の人を殺すなんて考えたくもない。メルを抱き締める俺の腕が、意識せずとも強く力を加えてしまう。


 ああ、そうだな。少なからず、俺もショックを受けている。だけどさ、そんなものはメルが受けてきた痛みや苦しみに比べれば、本当に些細なものなんだ。それに、話はこれで終わりではない。まだ、メルが神になった経緯が、復讐の道を歩み出した話の続きがある筈なんだ。


「大丈夫か? それ以降のお前に、クロメルに関わる話はできそうか? 無理そうなら、日を改めよう」

「……いえ、お話ししたいです。あなた様がこの夢から覚める前に」


 唇の震えは若干収まったのか、メルは話しの続きを聞かせてくれた。その間にも背中をさすってやる。まずは、メルの体に起こった事について。


 天使の翼が黒く染まる現象は堕天したというらしく、神へ反逆する天使に起こる稀有な現象なんだそうだ。長いこの世界の歴史においても、実際に起こった記録はない。それは、そもそも天使が白翼の地イスラヘブンを離れる事自体が殆どなく、他種族と関わる事や外の世界を知らずに生きていく事に起因しているという。メルはこの堕天をする事で、何者かによる束縛から逃れたのだという。


「これは、私が神となって知った事でもあるのですが…… 私の体が別の何かに乗っ取られたあの現象は、万が一に勇者が魔王に倒された際に発動される、幾重にも張り巡らされた保護システムのうちの1つでした」

「システム?」

「ええ。魔王は勇者に倒される運命にあり、勇者は魔王に敗北した事がない。それがデラミスの歴史にある、勇者と魔王による戦いの記録です。ですが、実際には勇者が敗北する事もあったのです。あなた様が、舞桜を倒した時のように。それを防止するのが、神による間接的関与。今回は私という天使を媒介にして、勇者の代わりに魔王を打ち果たす形となったのです」

「詰まり、世界中に置かれた神柱みたいなものか…… 堕天して逃れられたって事は、その時の神様、言うなればエレアリスが、メルに関与できなくなったのか?」

「結果的にそうなりますね。天使とは神の代理人、もしくは次の神となる候補生のようなもの。だから、他種族よりも神との繋がりが濃いんです。私は神とこの世界を恨み、堕天する事でその繋がりから解放されました」


 夢の中で見た、炎の中で俺を抱き抱えるメルの翼が黒くなり、クロメルの翼が漆黒であった理由が判明した。しかし、これだけでは新たな疑問が続いてしまう。堕天した筈のメルが、なぜ神になっているのか。そして、どうしてメルフィーナとクロメルに分かれたかという事だ。俺はこの疑問をメルに尋ねる。


「疑問に思われるのは当然でしょうね。あなた様を失い、世界に絶望した直後。私はあなた様の遺体を抱えて、リゼアの国から急いで逃走しました。せめて、あなた様の体だけは護り抜こうと…… そして、その時に気が付いたんです。神の代行者となる際に転送された聖槍ルミナリィが、まだ私の手の中にある事を」

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