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第458話 潜入

 深夜2時。1日を通して盛況であったリゼアの首都も、この時間は比較的静かなもの。精々が酒場から聞こえてくる酔った者達の笑い声、或いは詩人が語る英雄の歌だ。明日に仕事を控えた者達は寝静まり、今頃は夢の中にいる事だろう。月光は雲によって遮られ、今晩はいつになく薄暗い。


「ケルヴィンさーん、本当にやるんですかー……?」

「おい、あんまり大きな声出すなよ。この時間でも見張りの兵士はいるんだぞ」

「さっさと確認して、何もなければとっとと逃げましょう」


 そんな中、リゼア城の城壁を登る不審な影が3つ。先頭の男女が城壁面の凹凸物に手足を掛け、するすると手慣れた様子で登って行くと、やや遅れてもう1人の男が懸命によじ登る。『隠密』のスキルをB級にまで伸ばした彼らの姿は、この暗さでは喩えその場所を凝視したとしても、なかなか発見できるものではない。


「よっ、ほっ、はっ」

「ちゃー、しゅー、めーん」


 思い思いの掛け声を呟きながら登る2人は、既に城壁の天辺近くにまで達していた。ロッククライミングのプロや、名の知れた怪盗でもここまで鮮やかに、それも速く登る事はできないだろう。


(何でこんなに手慣れているんだろうか……)


 類稀なる肉体能力を活かし、それでも必死に追い掛ける勇者がこう思うのだから、たぶん間違いない。今更であるが、城壁を登っているのはケルヴィン、メルフィーナ、舞桜の勇者パーティである。


「よし、城壁上に到着、と……」

「舞桜さん、頑張ってくださーい」

「あと少し、あと少し……!」

「オーケー。ほら、俺の手を掴め」


 先に城壁を登り切ったケルヴィンが、舞桜に向かって手を伸ばす。舞桜の腕をしっかりと掴み、城壁上の通路へと引き上げる。


「ハァ、ハァ…… あ、ありがとうございます」

「おいおい、もう息を切らしたのか? まだ潜入捜査は始まったばかりだぞ?」

「俺、高所恐怖症で木登りとか苦手なんですよ……」


 リゼアの城は険しい崖の上に建造されており、正門方向以外の城壁より外側は崖下となっている。城壁には苔程度しか突起物がなく、石煉瓦の繋ぎ目も綺麗に消されているので登攀はまず不可能。故に難攻不落であるとされている。が、その上で馬鹿正直に、崖下から城壁を伝って来る輩がいるとは想定していなかったようだ。奴らは自力で壁に穴を開けて手足を置く場所を作ってくるし、断崖絶壁も歩くのと大して変わらないと思っている節がある。高所恐怖症ながらも勇気を振り絞って、先人達が作った指先サイズの小さな窪みに手を掛け、頑張って追い付いた舞桜は称賛されるべきだろう。


「城壁から観察していましたけど、見張りの兵士は一定間隔で巡回しているようですね。もう数十秒もすれば次の兵士が来てしまいますので、急いで移動しましょう」

「もろに視界に入らなきゃ、今の隠密状態なら大丈夫だと思うけどな。まずは城壁の内側に張り付いて、それから中庭、城、どっかの窓から侵入って順序かな」

「今度は降るんですね……」

「弱音を吐いてる時間はないぞ。ほら、ガンガンいこうぜ」


 崖がない分、登って来た時よりかは幾分かマシであろう壁降りへ颯爽と移る夫婦。舞桜もそれに倣って通路から身を乗り出し、内側の壁を伝うのであった。できるだけ下を見ないようにと、そう心掛けながら。


「舞桜、どうだ? 城壁を越えたから、ある程度は結界の効果も弱まっていると思うんだが……」


 ケルヴィン達が城へ侵入しようとしたのには理由がある。王城とはチェスならばキング、将棋なら王将が控える最後の砦だ。取り分け作りが堅牢になるものだし、大きな国になるだけ施される結界も強力なものになっていく。このリゼアの城に展開されている障壁も同様で、他に類を見ないほどに強大なものだった。


 ケルヴィンはS級の『鑑定眼』持ち。その技能で障壁を鑑定し、特性は既に見極めている。リゼア城の結界には物理的な防御性はないが、魔法やそれに準じた魔力を断つ力が備わっていた。要はセシリアから渡された天麟結晶も、この結界を越えなければ意味を成さないのである。結界の範囲は城壁にピタリと当て嵌まっている。とすれば、城壁の内側に入る事ができた今なら、城内に魔王がいるかどうかを確認する事ができるという寸法だ。


 結晶の色に少しでも変化があれば、先ほどケルヴィンが言った手順で更に深くへ侵入。何もないようであれば、このまま来た道を帰るだけだ。後に残るのは登る際に城壁に開けた、目立たない小さな窪みだけなので、まず見つかる事はないだろう。


「ええとですね――― あ」


 天麟結晶を確認した舞桜が、彼らしくない素っ頓狂な声を上げた。


「あ、当たりですっ! 結晶、街にいた時よりも黒く染まっています!」

「「マジですか」」


 舞桜は酷く興奮した様子で天麟結晶を2人にも見せる。街ではまだ幾分か透き通っていた結晶が、今は黒く淀んでいる。マジだった。


「まさか、旅の一国目から当たりを引くとはな。嬉しいような、楽しみは最後までとっておきたかったような……」

「あなた様、それは誰かに食べられてしまう場合もあるので、最初に食べてしまうのが正解です!」

「魔王をケーキの苺みたいな扱いにしないでくださいよ…… でも、これでリゼアに魔王がいるのは確定のようですね。ハハッ、ちょっと緊張してきちゃいました」


 舞桜は自分の体が震えている事を自覚する。特に両腕の震えは顕著で、あと少しで城壁から落ちてしまうところだった。ケルヴィンも同様に震えているようだが、こちらは恐らく武者震い。興奮した魂に呼応して、体も一緒に震えているだけだろう。


「舞桜、お前の強さは俺がよく知っている。冒険者を始めてこの2年、お前より強い奴に会った事がないくらいだ。だから、もっと自信を持て」

「……はい!」


 ケルヴィン達はお互いのステータスを把握している。ケルヴィン、メルフィーナ、舞桜の3人は全員がレベル90をオーバーしており、この数字以上のレベルをケルヴィンはこれまで目にした事がなかった。だからこそ舞桜には期待しているし、またこの城にいるであろう魔王にも希望を抱いていた。


「じゃ、ここからは麗しの魔王様を探すターンだな。舞桜、その結晶って更に魔王に近づいたら、もっと反応しそうか?」

「そう、ですね…… まだ濁り切ってないので、判別はつくと思います」

「オーケー。ある程度の場所さえ特定できれば、俺の鑑定眼で固有スキルを確認できるからな。隠密状態を維持しつつ、徐々に追い詰めていくとしよう」

「「おー!(小声)」」


 それからケルヴィン達は巡回する兵の視線を掻い潜って中庭を通り、王城へと窓から侵入。闇に乗じた隠密効果は抜群の相性で、難なく突破&突破。城内の探索をしつつ、城の上層部付近へと到達する。


「ケルヴィンさん、この辺り反応が強いです……!」

「この辺か?」


 ケルヴィンが城の中で拝借した城内の見取り図を確認する。


「あー、お偉いさんの私室が並ぶフロアか」

「如何にもって感じですね」

「ですけど、警備の目も今まで以上に厳しくなるのでは?」

「まあ、そん時は朝まで眠ってもらおう。不真面目な兵士が多くないと良いんだけどなー」

「で、できるだけ穏便に行きましょう……」


 邪魔者は気絶させる気しかないようだ。腕を鳴らすケルヴィンに、それを鎮める舞桜。メルはその様子を眺めて、おかしそうに微笑んでいる。


 ―――だが、彼らの旅の終着点は思いの外に近かった。

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