第456話 西へ、西へ
ケルヴィン達は十字大橋を歩く。横を見渡せば、どこまでも続く大海原。渡る者が限られている為、自分達以外に人もいない。絶景を独占できる特等席が辺り一面座り放題で、気分良く旅に出発する事ができた。
「―――とか思ったけどさ、橋の終わりが見えないな……」
「大陸間に掛かる橋ですからね。言うなれば、船で渡った距離を歩くようなもの。普通に歩いていたら、いつ到着できるか分かったものじゃありませんよ」
「綺麗だと思った景色も、こう続くと飽きてしまいますね…… ええと、巫女様から頂いた資料によれば、橋は一定距離毎にキャンプ施設があるみたいです。橋を渡る人は馬車を使ったりして、その場所で休憩しながら渡るようですね」
「馬車使えるんかい…… まあ、国の要人が素直にこの距離を歩く訳ないもんな。ちなみにだが舞桜君や、君は料理ができるかい?」
「料理ですか? まあ、人並みにはできると思いますけど……」
「でかした!」
「素晴らしい!」
「っ!?」
急にガシッと両肩を2人に掴まれ、困惑してしまう舞桜。聞けば、ケルヴィンとメルフィーナはどちらも料理ができないらしく、旅に出る際はいつも不味い保存食を購入していたのだという。料理のできる舞桜の存在は大変ありがたいもので、メルフィーナなどは思わず涙を浮かべてまでしていた。
「そ、そこまで期待される腕ではないんですけれど……」
「大丈夫だ。俺達以下って事は絶対にないから! どっちかと言うと、量の方が大事だから!」
「うう、漸く、漸く出来立てのご飯と旅を共にする事ができるのですね……!」
「あ、あはは。が、頑張りますね……」
舞桜、やたらと強いプレッシャーにより、旅の調理担当に無事就任。
「ええっと、キャンプ場の他には両国の検問所もあるみたいです。橋の東側にデラミスの、西側にリゼア、といった具合ですね。これから俺達が目指すのが、デラミスの検問所になりますが…… あれ、かな?」
「んー?」
目に見える範囲の橋の先端、そこに小さな砦のようなものが橋の上に乗っかっていた。そこにあった橋の上に建造したものなのか、砦の部分は橋の色とは違う石造りになっている。
「橋の上に砦を作っちゃったのか。在中する兵士も大変だな……」
「一応、国防に関わる場所でもありますからね。たぶん、リゼア側にも同じような建物があるんでしょう」
「あの、このまま歩いていてはあの砦に着くのも一苦労ですし、そろそろ走りませんか?」
「む、確かに。絶景かと思った景色も変わり映えしないしな。舞桜も良いか?」
「移動に余計な時間を掛ける訳にもいきませんし、望むところですよ」
「振り落とされるなよー」
「こちらの台詞ですっ!」
それまでの観光する歩調とは一転して、獲物を追い掛けるハンターの如く駆け出した3人。障害物がなく、一直線に伸びる十字大橋は格好の競技場みたいなもの。直後に最高速に達した彼らは、突風を撒き散らしながら突き進むのであった。
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勇者である舞桜が現れて、砦は軽くお祭り騒ぎになったものの、デラミス側の検問所を無事に通り過ぎた3人。砦の食料なども分けてもらい、メルフィーナもほくほく顔。旅のスタートは好調のようだ。それから再び橋の上を疾走しつつ、キャンプ場を何ヵ所か通過。そろそろ日が暮れて来たので、次のキャンプ場で野営をする事にした。
「屋根と暖を取れる場所があるのはありがたいな。橋自体に結界が施されているのか、モンスターに襲われる心配もないし」
「安心安全ですね~」
モンスターの討伐を目的とした冒険の最中であれば、ここまで落ち着いまま夜を過ごせる休息はまずない。生い茂った獣道のどこに凶暴なモンスターがいるか分かったものではないし、明かりを灯せば火を怖がるどころか、その光を好んで近付く者もいるからだ。それに比べ、この十字大橋は安全そのものであった。神に保護された道中にはモンスターが現れる事は全くなく、途中途中に先人が残した安全な休憩所まである。危険と隣り合わせな旅をする冒険者にとって、ここは正にいたせりつくせりな天国のような場所。旅と称するにはイージー過ぎるものだった。
「さて、食事も終わった事ですし…… じゃじゃん!」
「お、出たな」
メルフィーナが保管機能付きのバッグから水筒を取り出し、3人分のカップに林檎にレモン、蜂蜜を加えた茶を注ぐ。料理がダメダメな彼女も、薬の調合の一環でこういった飲料だけは作る事ができるようだ。意外にも味は良く、疲労回復効果がある優れ物である。
「わ、美味しいですね、これ!」
「うふふ、おかわりもありますよ?」
「メル唯一の得意料理? だからな。しかし、旅の最中に美味い飯が食えるってのは、メルじゃなくても嬉しい事だ。やっぱ、人間の基本は戦いと食事だわ」
「あなた様、一部変なものが混じってますよ」
一同はゆったりと談笑する。海の上であるが故に辺りは暗く、明かりはこの場に灯した焚き火のみ。普段とは一風変わった、落ち着いた雰囲気だ。ふと、舞桜はケルヴィンを見ながら口を開く。
「あの、ケルヴィンさん」
「ん、何だ?」
「実は、お会いした時から気になっていたんですけど……」
「あ、ごめん。俺にそっちの気はないぞ。てか、メルと結婚してるって言っただろ。まあ、勇者様の性癖についてとやかく言うつもりはないけどさ」
「違いますよ! 俺にだってエミリがいます!」
「ほう、あの子はエミリというのか。メルフィーナ、メモっておくぞ」
「ええ、決して忘れませんとも!」
どこから取り出したのか、メルフィーナはメモ用紙を手元に置いて、でかでかと丁寧な字で『エミリ』と記して舞桜に見せた。
「ちゃ、茶化さないでくださいよー…… 俺が気になっていたのはですね、ケルヴィンさんは日本人かって事です!」
「「日本人?」」
声を合わせて聞き返されてしまった反応に、若干あれっと思いつつ、舞桜は説明を続けた。
「ケルヴィンさんって、俺と同じで珍しい黒い髪色じゃないですか。俺がこの世界に来る前、俺は日本って国に住んでいたんです。そこでは殆どの人の地毛が黒で、ケルヴィンさんは人種的にも東洋人っぽかったんで、そうじゃないかな、と」
「マジか。なら、俺がその日本人って可能性もあるか?」
「ワンチャンあるかもですね、あなた様!」
「え、えっと、どういう事です?」
ケルヴィンとメルフィーナはこれまでの舞桜に経緯を話す。メルフィーナとの出会いを。そして、ケルヴィンにはそれ以前の記憶がなく、転生者である可能性がある事を。
「はぁ~、そんな事があったんですね……」
「普通、他世界の転生者、意図せぬ転移者でも記憶を保持する筈なんですけどねぇ。不思議なものです」
「ま、色々苦労もあったけど、今が良ければそれで良いんじゃないか? こうして結婚もできたし、今の生活に不満もない。今更記憶なんて気にしてないしな。それよりも舞桜、この世界に転移した時ってどんな感じだったんだ? こう、世界が歪む感じか?」
「どうだったかな…… 気が付いたら眼前に綺麗な女神様がいてですね、特別な力を―――」
その後も雑談は続き、メルフィーナが食った後の空き皿が天井に届いただの、ケルヴィンが夜な夜な笑いながら愛剣を研いでいたら警邏に通報されただの、舞桜の家系は何代かに一度は誰かしらが行方不明になり、気が付けば嫁を連れて帰って来たりする伝説があるという、幾つかのユニークな話を交え、夜は更けていった。




