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第451話 夢に向かって苦行する

 ケルヴィンとメルフィーナが結ばれた後も、2人の生活が劇的に変化するといった事はなかった。いつものようにモンスターを倒して、いつものように美食を求める。万年金欠なので1つの場所に定住はせず、自由気ままに国を渡り歩いて欲望を満たす。以前と何ら変わらず、2人は幸せだったのだ。


 ただ、彼らと親しい者の中には何となーく雰囲気の違いに気付く者もいて、漸く自他共に認める色物夫婦となったのかと肩をすくめられる事も少なからずあった。メルフィーナの指には必ず指輪がはめられていたし、金欠で正式な婚儀をしていないくとも、察しの良い者は気付いてしまうのだろう。街中でさえも以前より2人セットで行動する事が多くなり、2人が尚更否定できなくなってしまっていたのはご愛嬌である。


 ―――そして、あの夜の告白より3ヵ月が経ったある日の事。


「デラミスの巫女が勇者を召喚した?」

「ああ、知らないのか? もう結構前に広まった話だぜ」


 となる街の酒場にて、店主の男にそう言われたケルヴィンは疑問符を頭の上に浮かべていた。


「あー…… ついこの間まで、傭兵として戦場に出っ放しだったからな。メル、お前は知っていたか?」

「んふぉ?(はい?)」


 そもそも話を聞いていなさそうなメルフィーナが、口いっぱいのパスタを詰め込んで振り向いた。口がまだ空いていないというのに、彼女の片手は次なる獲物、カットされたフルーツに伸びている。


「すまん、その口に含んでるものを先に処理してくれ」

「モグモグ、シャクッ」

「戦場っていうと、隣国のベドニアとナンクアの戦いか? まだまだ続くと思っていたんだが、兄さんがここにいるって事は、もう終わっちまったのか」

「ああ、それそれ。確か、そのナンクアって国に雇われて戦ってた。ひょんな事からナンクアの重役をモンスターから助けた事があってさ。それから腕を買われて傭兵に、って感じだ」

「はぁー、兄さん見た目よりも凄いんだな…… だけどよ、折角のチャンスだったんだ。そのまま成り上がり狙いで、家臣にでも滑り込めば良かったんじゃねぇか?」

「こちとら自由を愛する冒険者だぞ? 貴族王族の社会なんかに飛び込めるかよ。それに、ナンクアは飯が不味い!」

「め、飯か?」

「ああ、これはかなりマイナスポイントだ。主にこいつにとってな」


 先ほどよりも料理が口に含まれる速度が早くなっているメルフィーナの頭にケルヴィンは手を置き、如何に大切なポイントであるかを示す。メルフィーナのテーブルには皿が何枚か積み重なっており、そろそろ酒場の注目を掻っ攫う頃合いであった。2人が新たに足を踏み入れた場所で有名になる第一歩は、大抵がこれから始まる。


「ングング…… 食べられない事はないんですが、あれが毎日続くと滅入ります…… それに比べ、ここの料理は良い線いってますよ、店主!」

「お、おう、ありがとよ、綺麗なお嬢さん! もっと食うか?」

「是非っ!」


 目を輝かせるメルフィーナに、美少女に料理を褒められ気を良くする店主。これで食べる分量さえ間違えなければ、お代も気を利かして格安になるだろうに。と、ケルヴィンは財布の中身と愚痴を言いながら相談をする。


 ちなみにであるが、この直後に店主は背後から近づく女将らしき人に耳を引っ張られ、厨房裏に連れて行かれてしまった。ケルヴィン、これを見なかった事にする。


「で、メルフィーナ。そのデミグラスの勇者ってのは?」

「あなた様、デラミスの勇者です。そんな美味しそうな名前ではありません」

「でも、そっちの方が良かったなとか少し思わなかったか?」

「……ぜ、全然」


 そう言うとメルフィーナのお腹から腹を空かせるサインが鳴り出し、嘘がバレる。それを誤魔化すように注文をしようにも、店主は女将に連れ去られてしまっている。テーブルを叩き、2重の意味で悔しがるメルフィーナ。


「ほれ、これでも食って気を直せ」


 ケルヴィンはフォークに自分の大きな肉団子を突刺し、メルフィーナの口に運んでやった。躊躇や戸惑いなんてものはなく、一瞬でその姿を消す肉団子は、傍から見れば手品のようなものだろう。


「し、仕方ありませんね、これで我慢します。それで、ええと、勇者の話でしたっけ?」

「ああ。俺は勇者ってぇと、世界を脅かす悪者を倒すイメージを持っているんだが、その勇者で良いのか?」

「大体そんな感じですね」


 メルフィーナはデラミスの巫女、勇者、そして魔王に関わる話を簡単に説明した。


「詰まり、俺達は運良く・・・魔王が出現する時代にいるって事か。いやー、素晴らしい目標ができたな!」

「何の運が良いのか全く以って理解できませんし、そんな目標作らないでくださいよ。魔王を倒すのは勇者の仕事、一介の冒険者にできる事ではありません。さっきも説明したように、魔王には―――」

「―――魔王には『天魔波旬』って固有スキルがあって、普通は攻撃が通じないんだろ? 魔王を倒すには、勇者が持つという異世界の力が必要だ。だけどさ、よく考えてみろ。勇者の仲間になってしまえば、その恩恵に与れる!」

「……運が良ければ勇者とも戦える機会があるかも、ですか?」

「流石は俺の嫁だな! 言わなくても俺の本音を理解してくれるっ!」

「ま、まあ妻として、これくらいは当然の事ですよ。ええ、そうですとも」


 次なる肉団子を口に投じられたメルフィーナ。嫁や妻という単語に気分を良くし、腹も極小にではあるが満たされて、すっかりその気である。


「先ほどの店主の話を聞くに、勇者が召喚されてからそれなりの日数が経っていると思われます。デラミスの巫女が召喚した勇者の人数にもよりますが、基本は暫くの間を修練の期間に回す筈です」

「となると、勇者はまだ神皇国デラミスにいる可能性が高いか」

「そうなりますね。逆に魔王討伐へ旅立たれてしまうと、探し出すのが困難になってしまうかと。どちらにせよ、デラミスは東大陸にあります。勇者の情報を集めながら向かうのが得策でしょうね」

「なるほどな。東大陸か~、船代を稼がないとな~」

「確実性を取るならば、兎にも角にも急ぎませんと。無駄遣いは絶対禁止です」


 この時代はまだまだ造船技術が広まっておらず、大陸間を移動する船への乗船はとても高価なものだった。それを見越して、諭すような表情で弁ずるメルフィーナ。そんな彼女がフォークで皿の上の料理を取ろうとする。


 ―――カツン。


 しかし、そのフォークは空しくも皿に当たり、無慈悲にも皿の上にあった料理が尽きた事を甲高い音にて告げる。そして、ケルヴィンはメルフィーナの肩にそっと手を置いた。ついさっき頭に手を乗せた時よりも優しく、慈悲深く。


「……俺も何とか衝動を抑えるから、メルも頑張ろうな?」

「お、おかわりを、1食に付き1回減らすで、な、何とか……」


 交渉の末、東大陸に船で移動するまでの取り決めが打ち立てられた。


 ケルヴィン:武具の新調禁止。衝動買いも禁止。その他諸々贅沢禁止。

 メルフィーナ:食事は1日3回まで(おやつは応相談)。その都度のおかわりは大盛で5回まで(餓死寸前なら応相談)。


「よーし、今日から頑張って金を増やして、東大陸に向かうぞ!」

「うう…… 人の世とは、実に冷酷なものなのですね……」

「おいおい、お前の意見はかなり前向きに検討されているだろうが。その代償になってる俺の条件をよく見ろって。おい、目を背けるなっ!」


 味わいに味わった回数限定のおかわりを終えた後、ケルヴィンとメルフィーナは東大陸との交易のある港街を目指して出発する。メルフィーナにとってのデスマーチ、その幕開けであった。

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